第11話 兄弟
揺が帰った後はまた普通の日常に戻った。
夏樹といくつか言葉を交わし、あとは勉強したりゲームしたりして過ごす。
振り返ると、夏樹はベッドの奥半分でぐっすりと眠っていた。
本人は床でいいと言ったのだが、流石に幽霊とはいえ女性の先輩を床に寝かせるのは悩ましい。
半分なら使っていいと言ったので、言葉に甘えることにしたようだ。奥側に縮こまるようにしてスペースを取っている。
今日は実りのある日だった。親友の佳代子とも心を通じ合わせた。
嬉しい半面、霊力を使って疲れてしまったらしい。
ーー一度霊力使ってたよな。茂みが風に揺れたようになったし。
ーー霊力がどうとか分からねえけど、生きている人や物体にある程度干渉出来るようになるかもな。
夏樹はすやすやと安心するように眠っている。
ーーそのうち寝る時は瞬時に着替えるようになってくれねえかな……多分まだ出来ないんだろうけど。
ーースカート少しめくれてるし。触れられないから直せないし。
それにしてもとても無防備である。幽霊なので触れられないし手を出す気もないが、生前からこんな無防備だった気もしなくもない。
肩を落とした後、机の上の問題集に視線を戻した。
その時、ノックの音が聞こえた。
「はーい」
「揺。時間いいか?」
「兄貴」
ドアから顔を覗かせたのは標だ。部屋に入るとドアを閉めた。
「どした?」
「揺、やっぱり幽霊に取り憑かれてないか?」
「ないって。顔色悪いか?」
「いや、顔色とかは大丈夫だし、げっそりしてるようにも見えないな。
いつもより元気そうにすら見える」
「特別元気とも思わねえが、それならいいじゃねえか。」
「なんというか……。ここ数日揺の話し声がするんだよ。
電話でもしてるのかと思ったんだけど、すぐ傍に相手がいるような話しぶりだったし」
「…………」
さて、どうしたものか。
目の前の兄は本気で心配そうにしている。嘘はつきたくない。
「……人懐っこい幽霊を拾った」
「!? 大丈夫なのか!?幽霊だぞ!?」
観念した揺の両肩を掴み、顔を覗き込んでくる。
「今までの奴らって取り憑いて殺そうとしたり、隙あらば道連れにしようとしたり、事故死させようとしたりばかりだったよな。
今回のはそういう奴らと違ってた。ちょっと放っておけなかった」
「危険じゃないか。お祓いしてもらった方がいい」
「お祓いした先から神社で憑いてくじゃねえか俺……。
お祓いはいいかな。悪霊になりたくない幽霊なんだけど、積極的に未練をなくして成仏しようとしてる。
俺との付き合いも成仏したら終わる。
そいつには、俺の体調が悪くなったり悪さした時点で祓うと伝えてある」
祓うとまでは言ってないが、兄貴に突き出すと言ってるのでまあ同意義だろう。
「まあ、いつもより元気そうなくらいだし、お前がそう言うなら一緒にいることで明るくなれるようなそんな奴なんだよな。騙されてないかが不安だけど」
「流石にそれはないと思いたいな。ここまで騙せてたらとんだ役者だと思う」
「わーかった。お前がそう言うなら無理やり神社には連れてかない。その代わり早く成仏させろよ。悪霊になったら大変なんだから」
「分かってるよ」
夏樹との付き合いが切れるのが少し寂しい気がした。
けれど、早めに成仏させるのが夏樹のためだ。早く夏樹を殺した犯人を見つけてやろう。
「その幽霊、どんな奴なんだ?」
「人懐っこくて明るくて、案外お茶目な感じだな。かと思えば頭も良いし不思議な魅力があるよな」
「生きてる時に会いたかったな」
「そうだな。まだ生きてたら成仏とか気にせずに交流出来たろうな」
「未練解消ってどんな風にするんだろな?」
「さあ……」
実際やってる事は情報集めと犯人探しなのだが。
「家に行ってゆっくりするように勧めたり、話したがってる親しい人と繋いだりかな」
「なるほど。あまり肩入れしすぎず無茶するなよ。
どこの誰かはもう分かってるのか?」
「知ってるよ。本人が名乗ってきたし、身元確認もできてる」
「じゃあもう大丈夫そうだな。ちなみにどこの誰なんだ?ちょっと気になるな」
「そうだな……」
揺はちらりと眠っている夏樹を見た。
先日匿ったら安心していた。兄に嘘はつけないが、無断で言うのも気が引ける。
「本人が言っていいって言ったら言うよ」
「そうか」
やがて標は、夏樹が起きる前に部屋を去っていった。
◆
カーテンの隙間から朝日が差し込み、雀の鳴き声が小さく聞こえた。
二度寝しないようにバッとカーテンを開けると夏樹が眠い目を擦った。
「んー……おはよぅ?」
「おはよう、夏樹先輩」
早めに支度しようとさっさと着替えていると、漸く目が覚めたらしい夏樹が耳まで真っ赤になって両手で顔を覆っている。
ーーこの先輩ホント免疫ねえな。
ーーこれは男兄弟いないな。
悪いことしたかとも思うが、朝は時間が無いので幽霊に気を遣ってる暇がない。
一度洗顔や食事の為に部屋を出て、また戻ってくる。
夏樹を見ると、ちゃんとセーラー服を整えて鏡の前で待っていた。
おや、と揺は気づく。
「ヘアピンついてね?」
「あっ、分かる!?」
夏樹が嬉しそうに身を乗り出してくる。
昨日までは何も髪飾りが付いてなかったが、今日は赤の小花のヘアピンがついてるではないか。
「ちょっとお洒落したいって意識したら、ヘアピンがぽんっと出てくれたよ!」
「へえ。霊力が扱えるようになったのかもな。昨日高橋先輩に存在を気づいてもらいたい時に茂みが揺れてたし」
「そうなんだ。こういうことが出来るんだねー」
「でも霊力の扱いには気をつけろよな。多分無限に湧いてでる力じゃないし、望みのまま制御出来なかったら大事故に繋がりかねない」
「あっ、そうだね、気をつけるよ!」
「まあ自分がお洒落するくらいなら好きにしたらいいんじゃね」
「ありがとう!」
力の新しい使い道も覚えてうきうき気分のようだ。
ーー聞いてみるか。
「昨日兄貴が来たんだけどさ。俺が幽霊匿ってることバレた」
「うぇっ!?」
「今の幽霊に害はないって言ったら分かってくれたよ。顔色も悪くなってないし明るくなった感じもするから多分大丈夫だろうとは。
ただ心配させすぎたくないから、夏樹先輩がいること言っていいか?顔見知りなのわかると理解するだろ」
「うん、標君だけならいいよー」
「兄貴だけのつもりだ。両親はあまり俺の霊感信じてないというか、半信半疑だから」
「? そうなんだね。」
一緒に住んでいるのに能力に対して理解が薄いのはしんどいと思う。
あまり両親と仲が良くないのだろうか?
「行くぞ」
「うん」
今日も登校しなければ。
部屋のドアを開けて階段を降りていく。
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