第38話 そしてこれからも

 揺が転校してひと月が経とうとしている。

 従妹家族と相談して出来る限りの援助を受けた。

 生活資金も、これからの道のアドバイスも貰った。

 両親とは疎遠になってきているが、刑事さんから凄まじい説教を貰ったのか少し大人しくなっている。

 今まで盗んだ金品の弁償が終わり、兄の身の振り方や裁判など次のステップに移っている。


 揺は新しい学校にすっかり馴染め……てはいなかった。

 夏樹の事を聞いてくる生徒はいないものの、そもそもが元引きこもりにいきなり新しい環境はハードルが高い。

 ついつい人を避けたり、存在感を消したりしてしまう。

 それでも友人を作ったり、話し相手が出来たりしているので上出来と言ったところだ。

 下校して一人だけになるとどっと疲れが押し寄せてしまう。


 一人になるといろいろ考える。

 兄の事、引きこもって甘えてばかりいた自分の罪……。

 今日はバイトが休みで良かった。

 勉学に励みながらアルバイトでお金を稼ぎ、一人で家事もする。

 呆れ果てた両親だが、彼らのお陰で不自由なく生活できていたのも事実だ。

 今まで貯めた貯金も崩さなくてはならない。

 遊ぶ時間はかなり減って心の栄養も枯渇気味だ。

 

 生きる事は大変で、目標に掲げた自分は大きい。

 そこまで到達できるのか不安になる日は多い。


「ぐっ……!」

 後ろから悪霊に体重を掛けられる。

 バランスを崩して尻餅をつく揺目掛けて悪霊の仲間が押し寄せてくる。

 どす黒いオーラに首を絞められる。

 肩が、足が重くて動かせない。


 こんなところで時間を食っている暇はないというのに……。


 刹那、明るく優しい光が場を包み込む。

「え……?」

「こらー!!ゆらぐ君から離れろーー!」

 揺の視界の前で、長い黒髪がふわりと靡いた。

 ぶんぶんと両腕を振り回す、風を操る幽霊により悪霊が薙ぎ払われる。


「ゆらぐ君!」

 彼女が自分を見て、笑顔を浮かべた。

 そのまま座り込む自分目掛けて抱きついてくる。

「えっ、ちょっ、えっ。夏樹先輩!!?」

「はーい!」

 長谷川夏樹だ。

 間違いなく大切な夏樹先輩だ。

 夏樹は後輩に名前を呼ばれて明るく返事をする。


「なっなんで!成仏してあの世の世界を見てくるんじゃ」

「見てきたよー!聞いてよ聞いてよ。

あの後天国行きってことで通されて、テーマパークみたいなところに行ったんだよね。

楽しく遊べてのんびりも出来て、幽霊達が過ごす場所。

転生までかなり時間が掛かるってことで、そこでゆったり過ごして、自室もあるんだよね」

「なるほど」

「自室はかなり狭くてさー。三畳一間なの。家具とかは自分で取ってきて設置するんだよね。

そうしてのんびり過ごしてたんだけどさー。飽きた」

「飽きたって先輩……;」

「で、担当の人に話してみたら、じゃあ下界で暫く守護霊やってていいよって言われたんだよね。」

「は?守護霊!?ってなれるもんなのか!?」

「傍で護っていたら守護霊らしいよ?大丈夫、御守りも貰ったから!

見て見て天然石のネックレス!これを身に着けていると悪いものからある程度護ってくれるらしいの。

攻撃を受けすぎると加護が薄れて最終的には割れるけど、割れたら強制送還ね」

「強制送還機能付きなのは便利だな」

 胸元で輝く大きな天然石は勇ましいオレンジ。カーネリアンだろうか。

 近くにラピスラズリのようなアメジストのような、小さく丸い天然石もついているが、それも御守りなのだろう。

「なんか天界も大変みたいでさ。死者多すぎて人員少なくて回らないらしいの。

人が入らないし入っても大変ですぐ辞めちゃうし。

私も何日か体験してみたけど挫折したんだよね」

「どれだけ大変なんだよ;」

「で、専門員の退職が続いていて、新入りも定着しないらしいしで労働基準法違反でねー。

とりあえず雑用係を雇って首の皮一枚で繋げてる状態でさ」

「天界も下界と変わらねえじゃねえか;知りたくなかった……」

「だから管理する人が減るのは純粋に嬉しい事なんだって。下界行きは賛成して貰ったよ!」

「夏樹先輩、本当に暫く下界で過ごすつもりなのか?」

「うん!天界飽きたし、転生まで大分時間あるからね。

私はまだ長谷川夏樹でいたいの。守護霊としてゆらぐ君の傍にいたい」

「先輩……」

「やっぱり心配だもん。暫く上から様子見てたんだけどさ。

毎日生きるのやっとって感じだし。それでも勇ましく成長してたけどさ。

今だって悪霊に襲われてたじゃん」

「まあ、霊感は変わってないからな……」

「だから私に守護霊やらせてよ。本当に迷惑だったら言って貰ったら天界帰るからさ」

――迷惑……?

――迷惑なんて、そんな訳あるもんか。

 腕を回して、ぎゅっと抱きしめ返す。

 相変わらず触れられない。けれど、なんだか温かい。

 夏樹の肩は細くて直ぐに掻き消えそうだけど、でも強い存在感を感じた。

「いいのか、俺の傍で。

夏樹先輩を求めている人は沢山いるんだぞ」

「ゆらぐ君がいいんだよー。何よりレスポンスが返ってくるし。

まだまだ私としてこの世界を見ていたいから。

だから一緒にいよ!」

 また支えてくれるなら、きっと俺は頑張れるから。


「……ありがとう、夏樹先輩。

天界に戻りたくなったらいつでも言うんだぞ」

「はーい」

 二人は額を突き合わせて笑顔を浮かべた。


 そうして、揺と夏樹はまた一緒に生活を始める。

 心の支えを手に入れた二人は、先の長さに挫ける事なく、成長を夢見て歩き続ける。


Fin.

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放課後ノスタルジア 宿木翠 @yadorigimidori

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