第37話 急成長

 毅が泣いていた時間は一瞬にして、実際の時間は長かった。

 涙が枯れるまで泣いてしまいたいと。

 この熱さを涙にしてすべて洗い流してしまいたいと泣き続ける。


「俺はさ。夏樹を愛しているのに守れなかった」

「はい……。でも、發知先輩が自分を責める事ないんですよ……」

「分かってるけど、抱えて行きたいんだ。

お前もそうなんだって思っている。

標がやった事は、標がケジメをつけるしかないんだ。

だけど……その原因の一つが自分だって思っている。たとえ他の人が否定しても、お前は譲らない。

抱えて生きたいんだろ?」

「はい」

 迷いなくきっぱり言い切った揺を見て、毅はふっと表情を和らげた。

「俺もそうなんだよ。分かれ」

「はい。もう言いません……」

 毅の気持ちは痛いほど分かったから。

 これ以上なく痛感させられたから何度も同じことは言わない。

「……揺って名前なのに迷いないな」

「前までウジウジ悩んで引き籠っていましたけどね。

その所為で大事な人を二人も不幸にしてしまったので、もう迷わない事にしました」

 標、夏樹。

 二人とも支えに出来た掛け替えのない人達だ。

 二度と傍に居られないのだとしても、大切だという気持ちは失うことはない故に決して迷わない。

「……揺。お前は良い奴だよ。だからしっかりと前向いて行け」

「………ありがとうございます。優しいですね」

 お礼を言うと、思いっきりデコピンされた。

「いでっ」

「で、聞きたいもう一つの事なんだけどよ。

夏樹が幽霊になって傍に居たんだって?」

 幽霊として夏樹が標に伝えた内容は伝えたから、毅が知っているのは当たり前だが……。

 一番最初に『聞きたいことが二つある』と言っていたような。

 ということは……。

「發知先輩。夕波先輩との会話聞いてました?」

「……立ち聞きする気はなかったんだが」

「ついつい耳を澄ませたって顔してますよ」

「気になったんだよ!!いつから夏樹が傍にいたんだよ!」

「ええと、二週間前?いや、もう少し短かった気はしますね。

夏樹先輩は自分が死んだときの記憶を失っていたけど、自分が突き落とされたことは覚えていたので、頼まれて犯人捜しをしていました。

肝心の犯人が信頼する兄だったのは相当にショックでしたけど。

發知先輩と話したのもその一環ですが、途中から純粋に放っておけなくなりました」

「ってことは、つまり」

「すみません。發知先輩の告白全部本人にばっちり聞かれてます」

「うわあああああ!!!」


 じわじわと赤くなっていたのが、耳まで真っ赤になりもう湯気が出そうだ。

――怒ったり悲しんだり照れたり、そろそろオーバーヒートしそうだなこの人。

 地面に向かってキツツキの如く頭を打ち付けたり離したりしているので、額が泥まみれだ。

「なんだそれ、男同士で話すのもハズかったのに。夏樹に聞かれてたって!!!」

「すみません、幽霊になってる事伏せてて。霊感体質なのあまり知られたくないので」

「そりゃ仕方ないが。けど!!」

「まあ、結果、毅先輩の想いはちゃんと伝わったって事で。

大丈夫です、夏樹先輩も真っ赤になって挙動不審になってたので」

「傍にいるの分かってたら直接伝えてたのにいいいい!!」

「あの、ちゃんと直接聞いているので」

 いや分かる。毅が言いたいのはそういう事じゃないってことくらいは。

 両膝の間に自分の顔を埋めて情緒爆発状態だ。

「で、その、夏樹の返事は!!?」

――あ、それ聞くんだ。

「恋愛は良く分からないから、恋人とかよく分からない、だそうです。

面倒見良くて優しくて素敵だと評価は高かったですけど」

「そっかー……」

 やっぱり振られてたのかなあと肩を落とす。

 でもそれでも生きていて欲しかったとまた涙を流した。


「サンキュ。知りたい事全部知れたよ」

「大丈夫ですか。肩で息してますが」

「いろいろ衝撃が強すぎるんだよ!!本人の前でめっちゃ語ってたし!!」

「ついでに言うと、その後慰めるために夏樹先輩が發知先輩を抱きしめてました」

「嬉しいけど後から言うの反則だろ!!!」

 あの時感じた気配は気のせいじゃなかったのか。

 温かく優しい時間だったと記憶している。

 また体温が上がって自律神経が仕事をしていない。


 やがて毅は軽く頭を下げた。

「サンキュ、揺。……これからも頑張れよ」

「發知先輩も。これから行く先に幸せがある事を願っています。

夏樹先輩もそれを願ってましたから」

「夏樹に願われたなら、前向いて進むしかねえよな。

夏樹の魂が安らかである事を願ってるよ」

 軽く笑うと、ごつい手を挙げて去って行った。


「いよいよ引っ越しだな、土居」

「田口先生」

 校門前まで担任が見送りに来た。相変わらず面倒見の良い教師だ。

 揺は深々と頭を下げた。

「先生。本当にお世話になりました。

兄の窃盗の事や殺人の事、そして俺の今後の事まで相談に乗ってくださって、力を貸してくださってありがとうございました。

先生が助力くださったから超えられた部分が沢山ありました。

本当にありがとうございます」

「どういたしまして。お節介も悪いもんじゃないだろ?」

「あ、気にしてました?すみません……。

まあ今回俺も、接する人に少し踏み入ったことをしたので。

人って温かいんですね。知らなかったです」

 この短期間で土居揺は明らかに変わった。

 人の死に触れて、人の優しさに触れて急成長している。

 苦しかっただろう、辛かっただろう。

 けれどそれを乗り越えて歩いていく。

「良い顔になったな。また何かあったら連絡くれよな。

あと、髪切ったの似合ってるぞ」

「ありがとうございます。まだ慣れないですけどね……。

ただ、視界はとても良くなりましたね」

 環境を変えたら人も寄ってくるだろうか。

 幽霊は滅茶苦茶寄ってきてるけど。今も肩に重みを感じる。

 姿勢が前のめりになりそうなのを訝しく思った担任が背中を叩いて立ち上がらせる。


「ありがとうございます。それでは、行きますね」

「ああ。元気でな」


 そうして土居揺は、事件の事を極力知られていない新しい場所に引っ越して行った。

 従妹家族の力を借りて、自分の人生を生きる為に。

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