第32話 心の寄りかかり

 翌日の朝、揺の家に行くと、げっそりとした様子で出迎えられた。

「ゆらぐ君、大丈夫……?」

「全然大丈夫じゃない……。自分の親がどうしようもなさすぎて呪いそうだ……。

優しい刑事さんから連絡貰ったから、今の状況伝えといた……。

釘刺してくれるとは言ってくれてる。

まだ両親が中にいるから、移動しねえ?」

「いいよー……」

 がっくりと肩を落とす揺を労わりながら、二人は移動した。

 早くから開いているカラオケボックスをチョイスし、おひとり様で入室する。

 時間は2時間、ワンドリンクでいいか。


「あれからどうなったの?」

 夏樹は首を傾げて尋ねる。

 自分は家族に付き添って家に帰ったが、あの後はどうなったのだろうか。

「まず、うちの両親に事実を伝えるところからから入った。

内容が受け入れられなかったようで、ぎゃあぎゃあ喚いていたらしい。

繰り返し説明されて、とりあえず話は受け入れたが、兄貴との面会を望んでるようだ。

勿論断られたもんで、板挟みになる弁護士が可哀そうだな。

まあ呼ばれた弁護士が冤罪系や罪を軽くするのに有名な人だったから、選び直して仕切り直しだな……。

今の弁護士も受けてはくれそうだったけど、得意分野ではないとは言われた。

なんかもう俺がメインで弁護士捜ししてる……」

「うわあ……」

 夏樹は頭を抱えた。思った以上に酷い状況だ。

「今となっては、『ここまで育てたのに恩知らずめ!』とか言い出してるから掴みかかりそうなの頑張って堪えた……。

俺まで傷害罪で捕まるわけにいかないんで……。

全部刑事さんにチクっておいたから、もう滾々と説教されろ……」

「両親のリハビリが必要だね……」

「絶対行かないだろうけどな。専門家に説教してほしい……」

 揺は机に突っ伏した。

 夏樹が頭を撫でてくれているような気配がする。触れないけど。

「ゆらぐ君、これからどうするの?」

「兄貴のサポートは徹底してするつもりだ。弁護士捜しから始まって、面会をして……。

流石に金銭面ではどうしようもないんで、費用は全部親持ちにさせる予定だよ。

あとは……家を出る」

「!」

 思い切った事を言い放った揺に夏樹は目を丸くする。

「そうだね、それがいいね。悪影響しかないし」

「関係者にスマホの電話番号教えておけば行けるだろ。

叔父さんと叔母さんと従妹に今の状況を伝えたら、出来る限りにはなるけど力にはなってくれると言ってくれたよ。

一緒に住むのは厳しそうだけど、ご飯を一緒に食べたり月々の家賃程度にお金を貸してはくれるみたいだよ。」

「お、やったじゃん!」

「貯金はそこまでないから、食費に悩むけど……。

それも含めて刑事さんに相談して、相談口を紹介して貰おうと思ってるよ。

高校出たら働くしかねえな。あと2年、ちょっと長いな」

「2年なんてあっという間だよー」

「そうかもな」

「転校して引っ越しもする。従妹の家の近くに引っ越すつもりだよ。

アパート探しもあるから忙しいな。やる事沢山あるから」

「ゆらぐ君」

 夏樹は正面から見据えて微笑んだ。

「本当にお疲れ様。標君が犯人って知ってから……ううん、私と出会ってからとてもよく頑張ってくれたよ。

心から感謝しているよ。

お疲れ様。これからが大変だろうけど……頑張ってね。応援しているからね」

「ありがとう。夏樹先輩」

 揺は夏樹を真正面から見ると、深々と頭を下げた。

「兄が本当にごめんなさい。謝って済む話じゃないのは重々分かってるよ。

だけど、もう一度謝らせて」

「……うん、解った。ゆらぐ君に責任はないと思ってるんだけど、責任感を抱えて前に進むつもりなんだよね?

なら止めないよ」

「ありがとう。あとその……ちょっと凭れかかっていいか……」

「触れないけど、それで良かったら」

「充分だ」

 揺は夏樹に近づいて、身を傾けた。

 優しい雰囲気に癒される気がした。

 ああ、撫でてくれているのが分かる。

 頑張ったね、って辛かったよねって沢山寄り添って声を掛けてくれる。

 ああ、なんだか泣きたくなる。

 これから沢山頑張らないといけない。一人で悩むことも行動することも格段に多くなる。

 支えて貰わないと挫けそうだ。

 それでも、今まで兄が頑張ってくれた分、俺が踏ん張らないといけない。


 分かっている。

 きっと夏樹に残された時間は残りわずかだ。


 ひととおり慰めてもらい、寄りかかると息をついた。

 顔を上げる。

 もう引き籠ってばかりの弱い少年ではいられない。


「さて、行くか」

「まずどこに行くの?」

「散髪」

「えっ」

 夏樹は揺を二度見、三度見した。


 理髪店から出てきた揺を見て、夏樹が顔を輝かせて寄ってきた。

「おおーー!さっぱりしたね!前も後ろも切った?」

「視界が全然違う……」

 目を覆っていた髪を、眉の上で切って貰った。

 後ろも伸びていたので改めてショートになるまで切った。

「いいね、似合うよ!

やっぱり銀色の瞳かっこいいよね!これだと良く見える」

「ありがとう。幽霊も寄ってきてるけどな……。目のせいかな……」

「あっ、本当だ。悪霊はあっち行け!」

 普通の幽霊はまあいいとして、悪霊はダメだ。 

 どす黒いオーラを放つ悪霊を追い払った後、夏樹は長い髪を揺らして振り返った。


「うん、お兄さんそっくりだ」

「サンキュ。純粋に嬉しいよ。兄貴の事は今でも大好きだから」

 まるで孤独に差す光のようだった。

 でも、光と頼り過ぎたが故に追い詰めてしまった。

 もっと頼りにしてほしかったけど、それが出来なかったのは俺のせいだ。

「兄貴の良いところを見習って、ああいう風に追い詰められないように気を付けるさ」

「そうしてね。ずっと見守ってるからね」

「ああ、ありがとう。夏樹先輩。じゃあ次は五条アクセサリー店だな」

 昨日行けなかったから、店長が気にしているだろう。

 ちゃんと報告をしなければならない。

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