第33話 優しい決意
電話をしてから訪れた揺を、五条アクセサリー店の店長と店員は休憩室に招き入れた。
どうやら待ち構えていたらしい。
結局窃盗犯が見つかったかどうなのか?
兄が犯人であることに加え、経緯や今の状況を洗いざらい話していくーー。
「……と、こういうことがありました……」
説明は警察に話したものと同じものだ。
想定以上に酷い話に、話を聞かされた側が口に手を当てて絶句している。
「報告が遅くなり申し訳ありません。また、改めて兄がご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。兄と両親に代わって謝罪させてください」
深深と頭を下げた揺を見て、店長が頷いた。
「今、お兄さんは……?」
「殺人容疑と窃盗容疑で書類送検されてますね。警察の管理下に置かれています。
直接の謝罪は今は出来ないことをお許しください。
マスコミも騒いできてるので、俺も明日からは身動きが取りにくくなります」
「そうですか。その前に会いに来てくれてありがとうございます」
「商品の弁償の話はすみませんが遅くなります。買取という形になると思うので、必ず両親に弁償させますが、なにぶん今家が相当ゴタゴタしているので……;
俺の話がどこまで通じるか……;」
「ご両親が難ありな感じですね……;」
「ええ、とても……;」
「警察には窃盗の話は……?」
「勿論しています。余罪として追求されてますが、クレプトマニアで専門家を呼ぶところから入ってますね。恐らくそろそろ警察から此方にも連絡が来ると思います」
「分かりました」
それなら解決まで近いだろう。行くところに行き着いている
あとは警察から話が来たらそれに従って手続きを進めるのみだ。
本人からの謝罪が遅くなるのは残念だが、状況が状況だ。関係者からの謝罪が聞けただけでも大きく前進している。
「揺さん、これから大変でしょうが頑張ってくださいね」
店員が揺にエールを送った。
犯罪者の身内という立場はかなり大変なものとなるだろう。弟に罪は無い。
揺は自嘲気味に笑むと頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしました。お気遣いに感謝します」
◆
「ゆらぐ君。店長さんも店員さんも親切にしてくれて良かったね」
店を出た後、商店街を歩きながら夏樹が口を開いた。
「本当に。理性の強い人ばかりで有難いよ」
それに比べてうちの親と来たら。
言っても仕方ないのだが…。
「次はどこに行くの?」
「一度家に帰って荷造りをしてから……。本番がまだ残ってるぞ」
「本番?」
こてんと首を傾げる夏樹に微笑んでみせた。
◆
「まあ……いらっしゃい。待ってたわ、揺君」
「お邪魔します、長谷川さん」
深く頭を下げると、玄関をくぐった。
夏樹から番号を聞き出して、母親のスマホの方に掛けさせてもらった。
知らない番号を訝しく思いながらも出た母親が聞いたのは昨日聞いたばかりの少年の声だった。
一晩が経ち、夏樹を改めて悼んだ後で少し気持ちが落ち着いた頃だった。
此方からも是非会いたいと家族の意見が一致し、弟の揺だけを招き入れることにした。
「いらっしゃい、揺君!」
「来てくれてありがとう。改めて夏樹の父親の翔吾です」
「母親の恵美です」
「妹の真菜です」
自己紹介をして会釈をする長谷川家の面々に深く頭を下げた。
「改めまして、快く出迎えてくださってありがとうございます。土居揺です。
このたびは心からお悔やみを申し上げると共に、身内がした事を深く謝罪申し上げます。本当にすみませんでした」
揺からの謝罪を父も母も妹も受け入れる。
思うところが全く無いわけではないが、揺が夏樹を殺した訳では無い。寧ろ加害者を正しい道に導いた恩人だ。
それなら此方も礼を尽くそう。
「ご焼香させて頂いて宜しいですか?」
「勿論よ。夏樹も喜ぶわ」
仏壇に案内され、大きな荷物を下ろしてから座布団の上に正座をした。
改めて正面を見る。
写真の中で、夏樹は人好きのする笑みを浮かべていた。
「夏樹先輩………」
ごめんな。
小さく謝ると、手を合わせて焼香をする。
ひとつひとつ心を込めて丁寧に。
手を合わせてお祈りをすませると、手を下ろして……。
……なんだか視線を感じる。当たり前だと言われれば当たり前なのだが……。
恐る恐る振り向くと、真菜と視線が合った。
「揺君。お姉ちゃんとはどんな感じだったの?」
どんな感じとは。
「ええと……。向こうからグイグイと寄ってきた出逢いでした。
本当に人懐っこくて……」
かと思えば二面性があったりしたり。
言葉を途切れさせると、真菜が適当に解釈してうんうんと頷いている。沈黙は金。
「気が付けば俺も放っておけなくなってました」
「うんうん。お姉ちゃんと付き合ってたの?」
「!? いや、そういうのは全然……」
面食らって両手を交差させて否定する。
「だよねえ。恋愛不器用さ満載だもん。モテる癖にさ」
「ですよねえ……」
毅の事を思い出した。一途に想われていたし。
後ろを振り向くと、夏樹が上下に飛んでむすーっと膨れているが、見なかった事にしよう。
「生前、夏樹がお世話になりました」
「いえ、此方こそ夏樹先輩には良くしていただきました」
父親が本題を繰り出した。
こう考えてみると、真菜の会話の振り方はアイスブレーキングな気がしてならない。姉妹揃ってコミュ力高いな。
「……だからこそ、兄が犯人だった事には心苦しく思っています」
「………ですよね。慰めたりは少し出来ないですが……」
「そこまで手は借りられませんよ。これは俺が一人で向き合うべき問題です」
そうだ、前を向いて進まなければならない。
これからは兄の力を借りずに、一人で進まなくては。
先が遠すぎて眩暈がしそうだ。
くいっと身体が後ろに引かれるような感覚。
夏樹が後ろから優しく抱きしめてくれている。
触れられないはずなのに、空気が心地良かった。
「………夏樹先輩……」
少し口元を緩めて名前を呼んだ。
恵美がゆるく首を傾げる。
先程から様子を見ていたが、時折後ろを見たり、急に微笑んでみたりと少し挙動がおかしいような?
「揺君はこれからどうするの?凄い量の荷物持ってるけど」
「ああ。家にマスコミも押し寄せてきているので、暫く近くのカプセルホテルとかネカフェ難民決定かなと」
「!? カプセルホテル!?ネカフェ!?難民……?」
「お父さん。カプセルホテルは狭い本当に寝るだけの場所で、ネットカフェ難民は、ネットカフェで寝る人みたいな。
行動が家のない人のそれだね」
「両親には呆れ果ててるのでそのうち荷物を纏めて親戚の所に一旦身を寄せて、一人で再出発する予定です。
兄をあんな風に追い詰めたのは、家族の問題だから。
助けても言えなかった、助けてくれる手を跳ねのけるしか出来なかった。気づいてあげられなかった自分が、呪わしいです。
ただ、兄の事は見捨てる気はありません。
定期的に面会して、ちゃんと罪を償えるように取り計らう予定です」
「……君のような弟がいて、標君は幸せだと思うよ」
「………そう自信を持って言えたら良かったんですけどね」
結局自分は守られるだけで頼られなかった弟だ。
夏樹はそんな自分こそが彼が壊れるのを留めたとそう言ってくれるけど……。
「長谷川さんはどうされますか?
両親を裁判とかで打ち負かすのはどうぞやってくださいって気持ちなんですが」
「ゆらぐ君!?」
後ろで夏樹が慄いているが、華麗にスルーした。
「じゃあお言葉に甘えるかも……?まだ今後の事は未定です」
「どうかご武運を。今後の行く先に納得のいく道があることを願っています」
揺はもう一度仏壇の夏樹を見た。
そして、自分の後ろに座る夏樹に視線を移してから、小さく深呼吸をした。
「長谷川さん。
……夏樹先輩は本当に素敵な方です。
兄の犯罪を見て迷わず手を差し伸べてくれるような。
きっと今も、長谷川さん達を見守ってくれているような、そんな人達です。
俺の事もきっと応援してくれている、そんな気がしてならないです」
「……確かにそうかもしれないわね」
母親が頷く。夏樹は本当に優しい子だった。
身に沁みるくらいに解っている。
「……なんとなくですけど、夏樹先輩がここにいてくれている気がしませんか?」
雰囲気が柔らかくなっているような、どこか懐かしいような心地。
「……そうですね。きっと夏樹は私達の事を見守っていてくれているでしょう」
「夏樹は優しい子だものね」
「お姉ちゃん……。会って、話したいな」
「夏樹……」
恵美の瞳から涙が零れた。
自分より先に旅立った夏樹を思うと、涙が溢れてしまう。
「……夏樹先輩ならいますよ、ここに」
もう躊躇いはない。
優しいこの家族を、夏樹先輩を幸せにしよう。
揺は自分の後ろを振り返って、夏樹を真っすぐ見つめた。
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