第31話 長谷川家
長谷川家と土居家は別々の部屋に通された。
夏樹の父親、母親、妹はテーブルについて、緑茶を飲んでいる。
彼らからは見えないが、夏樹の姿もあった。
「父さん……母さん……真菜……」
動揺、怒り、悲しみ、そして疲労。
沢山のマイナスの感情を抱かせてしまった。
無理もない。加害者側の両親が特殊すぎたのだ。
人が一人死んでいるにも関わらず、自分達は悪くないのスタンスを崩さない。これに怒り狂わない人は聖人である。
「強烈だったな……なんだあの親」
「酷いわあんなの……」
「それに比べると弟さんは随分とマトモに思えたよ。というか比べるのも弟さんに失礼」
「そうだな。状況もかなり把握しているように見えたし……」
警察からの電話で知らされた内容はこうだ。
長谷川夏樹は事故死と思われていたが、実は屋上から突き落とされ殺された。
突き落とした相手はまだ高校三年生でクラスメイト。
彼は良心の呵責に耐えきれず、自殺を図ったが弟に説得されて自首してきた。
犯人である青年は落ち着いており、取調べに対して協力的。罪を償う姿勢でいる。
ところが詳しい話を聞きに来てみればあれである。
「自首を勧めてくれた弟というのがさっきの揺君なんだろうな」
「犯人っていうお兄さんも、そりゃ心から許せないけど法の裁きを受けるのが良いから……。罪を償ってほしいわね……」
「弟さんはお姉ちゃんと仲が良かったというし、思うところありそうだよね。
少し落ち着いてから、向こうが良かったら話したいよ」
「そうだな……。でも向こうもごたごたしてたからな……」
揺は犯人である兄と話して状況を把握していると言った。
もしかしたら張本人である標よりも説明できるかもしれない。
でも今は負担を掛けるだろうか。
こちらも冷静ではないから、時と場合によっては強く当たってしまうかもしれない。
それは避けたい。
夏樹はハラハラしながら後ろから様子を見ている。
良かった、自分の家族は冷静だ。
ーー心配要らなさそうかな……?
ーーでも最後まで見守ろう……。
揺もそうすることを願っているように見えた。それなら甘えよう。
コンコンとノックの音がした。
緊張を抱いた面持ちで父親が「どうぞ」と返事をすると、扉が開いて老年の刑事が入ってくる。
「大変お待たせして申し訳ありません。
また、相手方の家族と鉢合わせさせてしまい申し訳ありませんでした。
此方で把握している状況を説明させてください。」
長谷川家全員が会釈した。
刑事が椅子に座り、長い説明が始まった。
◆
「………そんな……」
「ひどい……。夏樹に殺される理由なんてないじゃないのっ。殺され損だわっ…!」
説明が終わった。
真菜が衝撃に声を漏らす。
母親は説明の途中から嗚咽を漏らしており、耐え切れなかったようでぐずぐずと泣いて、ティッシュを差し入れされている。
父親は呆然として前を見た。
これが真実だと言うのか。
説明された内容は、事実そのものだった。
揺は刑事に兄と夏樹の間で何があったか聞いたままを話した。
つまり、夏樹に窃盗現場を見られ、話をするために呼び出した夏樹を、意図を知ったうえで突き落としたというものだ。
事故死と判断された後はそのまま黙っていた。
ただし、揺が幽霊が見えるのは伏せたので、兄が自殺を図ったのは、夏樹に夢枕に立たれたからという事にしてある。
夢に見るようになり、追い詰められた標が自殺を図ったというものだ。
揺は兄の様子の違和感に気づき、アクセサリー店での窃盗に気づく。
兄の部屋に入って自殺願望を確信し、兄を呼び出して話をしたという筋書きに変わっている。
「……標君はどうしていますか……?」
父親が低く呻く。
「彼は現在も取り調べ中です。その後は書類送検されて、身柄は拘留される予定です。
弁護士に会ったり、揺さんと会ったりする事は出来そうですが、他の方の面会は控えさせる予定です」
「……それがいいでしょうな」
今会ったら掴みかかっていつまでも殴ってしまいそうだ。
揺の話を聞いた後なら分かる。彼も悪い教育の被害者なのだと。
それでも娘の命を奪った事をとても赦せそうにない。
あの親と面会させるのは論外に思えた。悪い方向にしか動かないだろう。
「でも、今になって自首してきたのは夢枕に立たれたからって……?」
真菜が訝し気に呟いた。
「我々も分かりませんが……。彼の心の底にあった良心の呵責により、寝入り始めの状態で夢に夏樹さんが出てきたと考えています」
――私の存在が言えないからそうなっちゃうよねえ。
――私はここにいるんだけどな。
せめて家族には気づいてほしい。
夏樹は浮いた状態の儘で上下に移動するが、彼らは自分の姿が見えていない。
「その他にも彼は精神的に病んでいると思われる発言が多々ありますね」
「それは……。精神鑑定をして責任能力がなくて無罪になったりはありますか……?」
父親が眉を顰める。
流石に娘を殺しておいて無罪は御免こうむりたい。
「精神鑑定自体は行われるでしょうね。
罰が減らされるかは私には分かりません。
ただ、加害者である標さん自身が、自分が無罪になる事を望んでないんですよね。
ちゃんと服役をして懲役をして、罪を償う事を望んでいます」
「そうですか」
それは良い事だ。求刑通りの罰とはならなくても、しっかりと服役をしてくれるならこちらの気もいくらかは収まるというもの。
ただ、あの親がいる。
良い弁護士を雇って息子の無罪を主張してくる気がしかしない。
揺も弁護士自体は適切な人を選ぼうとするだろう。
自分も身内が罪を犯したら裁判の手続きは整えるだろうと思うから。
これからの手続きや、その他詳しい話を聞いてから長谷川一家は帰路についた。
光の少ない寂しい闇の下で一台の車が走っている。
父親は車を走らせながら、ぽつりと呟く。
「明日は仕事を休む。明後日も出来るなら、と言ったところだ。
改めて夏樹を悼みたい……。あの子が浮かばれない。
それと法について調べて……。専門家の話を聞きたいな。いずれ裁判だ」
「そうね。相手がどう出てて来るか分からないから……。
本人は会ってないから分からないけど、親がああだし」
「本人が罪を償いたいなら、それなりの刑は必要だしね。
そうじゃなきゃこっちも気が収まらないし。私も調べてみるよ」
夏樹の家族は戦う気満々だ。
後部座席に座って話を聞きながら夏樹はハラハラだ。
――どうしようゆらぐ君。
――父さんも母さんも真菜も闘志に燃えている……。
下手に復讐とかで殺傷沙汰を起こさないだけ家族の冷静さに感謝しなければならないのだが……。
標が無罪になるのは夏樹も望まないが、罰が重すぎて再出発出来ないのもなんだか成仏しきれない。
今日はひとまず家に戻って部屋で休もう。
明日は揺に会いに行きたいところだ。
彼も手の怪我に加え、精神的に相当消耗しているはずなのだから。
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