第30話 毒親

 標が自首をした日の夜、土居家は混沌に包まれていた。

「ちょっと、どうなってるの!!?」

「俺が知るか!!」

 母親は家で息子の帰りを待っていた。

 いくらなんでも2人とも帰りが遅すぎる。

 揺には既読スルーされ続けているし、標に至っては既読すらつかない。この反抗期不良息子め。

 半分キレていると家の方の電話が突然鳴り響いたのだ。 

 相手は警察からで、息子の標が窃盗と殺人で自首をしてきたというのだ。

 弟でなく兄の方かと尋ねれば、刑事は訝し気に肯定してきた。

 何かの冗談だと言うが、本人は落ち着いた様子で罪を打ち明けており、取り調べに対して非常に協力的。

 窃盗に関しては証拠も既に提出しているという。

 パニックに陥った母親は仕事中の父親に鬼電をして直ちに帰宅させた。


「なんで殺人をしているのよ!」

「だから知らねえって!」

 息子に盗癖がある事は知っていた。春頃に本人から打ち明けられたから知っている。

 けれど一時の気の迷いだと思っていたし、標は強い子だからとうに克服していると思っていたのだ。

 それが克服出来てなく繰り返していたことすら驚いているのに、何がどうなって人を殺したのか。

「大概相手が酷い事をしたんだと思うが……。カッとなってはずみで突き飛ばして打ちどころが悪くて……とかだろう」

「そうよね。とりあえず警察署に来るように言われているから、今から支度して行かないと」

「俺はもう出れる」

「戸締りがまだよ……」


 その時家族のグループラインが鳴った。

 思わず標を連想するが、送信元は弟の揺だ。

「母さん、来る支度出来たか?

兄貴は今のところ落ち着いているみたいだ。別室に案内されているから待ってる。

俺は参考人の事情聴取終えてる。父さんにも連絡よろしくな」

 メッセージを読んで、思わず悲鳴を上げた。

 揺の行動が早すぎる。連絡が入ったのは同時期だと思っていたから、あまりのスピードに慄いていると夫が横から画面を覗き込んできた。


「これは……。自首する前に揺に相談したんじゃねえかな。

そして揺と一緒に警察署にいるパターンじゃないか」

「揺は余計な事を……。なんで止めてくれなかったの。母さん達に相談してくれたら上手い手を考えてあげたのに」

 自首よりも罪を隠す方にひた走りそうな思考だ。

 自分達が息子に全く信頼されていない事など露程も思わずにわなわなと震えている。

「とりあえず弁護士の準備か」

「先に車の準備をして頂戴っ」

 ぎゃあぎゃあ。


「母さんも父さんも遅いな」

「通常はそれくらい掛かるものだ。揺君が早すぎるくらいだよ。

はい、お代わりの緑茶だよ。煎餅もあるからね」

「ありがとうございます」

 別室で深く身が沈み込む椅子に座りながら揺は刑事から差し出されたお茶を受け取って口に含んだ。

 自分はとうに事情聴取を終えており、やる事もない。

 一人にするのも不安と言う事で、老年の刑事が傍についてくれている。

「すみません、ご迷惑をおかけして……。兄を宜しくお願いします」

「ああ。少年鑑別所じゃ済まないかもしれないが」

「ああ、普通の大人と同じく刑務所行きでしょう?18歳ですからね。兄貴も分かってますよ。

それを承知の上で自首してきてますし。

そもそも自殺する気満々だったんだから、自殺を踏みとどまってくれているだけでまだマシです。」

「ああ、手でナイフを握って止めたって言ってたね。大人としては無茶なことをって言うべきだけど……よく頑張ったね」

「ありがとうございます。先に病院行ってきたんですけど、手当はもう終わってるので大丈夫ですよ。暫く病院に通いますし」

「そうしてくれな。お兄さんは今よりもその後の方が大変な気はするなあ……」

「でしょうね。先に俺達が逃げ道を塞いじゃったんで。出来る限り身柄は押さえておいてください。

切にお願いしますね」

「それは勿論……。拘留中に自殺なんてされたらこっちも大変だから……」

 その時、コンコンと強めにノックがされて、若手の女性警察官が入ってきた。

 揺を気にしながら、老年の刑事に耳打ちをする。

 老年刑事が頷いていると、揺が外を気にしているのが見える。

「ああ、長谷川さんが到着したんですね」

「エスパーーッ!!?」

「こら、日下部」

 ぴえっと飛び跳ねた部下をやんわりと注意すると、刑事は揺に向き合って。

「どうして長谷川さんの方だと分かったんだ?

自分の両親の方だと普通は連想するんだが」

「……勘ですよ。インスピに自信があるので」

 本当は、夏樹が泣きながら名前を呼んでそっちに行っちゃったからだ。

 そう、夏樹も自分についてきていたのだ。

 戻ってこないところを見ると、警察の話を家族と一緒に聞く方針らしい。

――まあそうだろうな。

――俺は気にしなくていいから、家族と一緒にいてやれ、夏樹先輩。

「俺の両親まだかな。俺は長谷川さんと会わなくて大丈夫ですか」

「今、あちらさんも混乱していて情緒迷子だから会わない方がいいよ。

君はお兄さんを説得して連れてきてくれたのに、下手すると家族だからってだけで強く当たりかねないし」

「……覚悟しているからいいですよ」

 なんだか廊下が騒がしい気がする。

 夏樹が文字通り飛んで戻ってきた。

「ゆらぐ君、大変!土居家のお母さんとお父さんが刑事さんにいきなり標君の擁護を始めてるし、弁護士の手配もしててもうすぐ到着するらしいし、それを聞いたうちの妹が唖然とするわお母さんが泣くわお父さんが睨むわで一側触発状態になってる!」

「本当にどうしようもねえな!!」

 揺が立ち上がったのと同時に部屋にいた刑事二人が現場に飛んで行った。

 目の前で扉が閉まったので、どうすることも出来ずに揺はとりあえず元の位置に座って待っている事にした。


「……………」

 10分経過。

 夏樹は現場の方にいるので話し相手が居ない。最も監視カメラがあるので下手に話せないのだが。


「…………………………」

 更に15分経過。

 なんだか喧騒が酷くなっている気がする。

 弁護士はもう着いている頃だろうな。

 

 揺は小さく部屋の扉を開いて、様子を伺った。

 見れば両親は自分の考えを曲げずに状況も知らずに標の正当性を主張している。

 流石に怒りが込み上げてきたのか夏樹の父親が苦言を発していて、売り言葉に買い言葉と言わんばかりに父親が言い返している。

 流石にまずいと大人数人がかりで双方を押さえて引き離しに掛かっていて、とりあえずそれぞれ別の部屋に連行する方針のようだ。

 夏樹の母親はずっと泣いているし、妹は無言の圧を放っているし、夏樹はずっとおろおろしている。


「父さん」

「揺」

「揺君!?」

 部屋から顔を出して口を出してきた揺に、事情聴取をしてくれた老年の刑事が狼狽する。

 駄目だよ部屋の中に隠れていて、と顔に書いてある。

ーーすまんおじさん。

 心の中で優しい刑事に謝りながら揺は口火を切った。


「長谷川さん。……このたびは本当に申し訳御座いませんでした。

謝って許される事じゃないのは重々承知の上です。

ただ……兄に代わって一先ず謝罪させてください」

 深深と頭を下げる揺を見て、長谷川家が毒気を抜かれた様子だ。

「あ、その……君は?」

「夏樹先輩を殺してしまった、土居標の弟の揺と言います。

俺は……夏樹先輩にはとても良くしてもらっています。尊敬する先輩で、放っておけない感じの人です」

「お姉ちゃんの後輩さんだったの?親しかったの?」

 妹の真菜が声をかけてくれる。

「はい。何があってこうなったのか、兄の口から聞いたので、主観的にはなりますが説明は出来るつもりです」

「そう……」

 真菜が両親を振り返って相談の姿勢に入る。

 長谷川夫妻は娘に頷き、一旦身を寄せあった。

 揺は身体を左に向けると、実の両親をジトッと睨んだ。


「父さん、母さん……。心底呆れたよ。

弁護士を呼ぶ前にやることあるだろ。

まずは警察の人の話を聞いて、兄貴に何があったか正確に知ることだろ。

もう相反するイメージを兄貴に押し付けるのはやめてくれ。解放してやってくれ」

「揺。何を言ってるの?」

「標が何も無く人を殺すわけが無いだろ。不慮の事故かなんかで」

「だからそういうところが問題だって言ってんだよ!!」

 一喝すると、場が凍りついた。

「なんで兄貴の盗癖を放っておいたんだよ。知ってたんだろ。

昔から兄貴にプレッシャーばかりかけて、そんなんだから兄貴が病んだんだよ!

夏樹先輩に殺される非なんて何も無かった。あの人は兄貴を助けようとしてた…!!治療を勧めて病院に連れていこうとしてたんだよ!」

「……!!」

 長谷川家の誰もが息を呑んだ。

「それなのに、殺すなんて選択しか取れなかった……。そんな風に追い込んだのは父さんと母さんだよ!!

俺だって気づいてやれなくてずっと守られてた。

こんなんだから、最悪の事態になっちまった。もう、解ってくれ……」

 絶句する両親を一瞥して、揺はドアを握る手に力を込める。

「……あと、呼ぶ弁護士は精神病に強いのにしてくれな。

責任能力を軽いものにしたいわけじゃねえよ。

たまに意識飛んでる間に盗んでる、突き落とした時もその延長って言ってたから、面会が出来る人の中で兄貴の理解者を作ってやってくれ。

罪を償うにあたって治療は必須なんだから。

今来てくれている弁護士さんは、見苦しいものを見せてすみません…」


 言うだけ言うと、揺はドアを閉めた。

 土居家の大人が絶句しているうちに、刑事達はさっさと別々の部屋に連れて行った。

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