放課後ノスタルジア

宿木翠

第1話 出会い

 長谷川夏樹はせがわなつきは一人思案していた。

 誰もいない教室で、机の上に座って足をぶらぶらとさせている。


――私は幽霊だ。

 夏樹にははっきりとその自覚があった。

 というもの、物を何も掴めないのだ。

 人に触れようとしても透けて突き抜けてしまう。

 話しかけても返事は一切ない。此方が見えていない。

 今も机の上に座っているけど、感覚としては宙に浮いているような感覚だ。


――参ったなあ、どうしよう。

 死んで直ぐにお迎えが来るのかと思いきや、天使も死神も来る事もなくひたすら放置プレイをされている。

 そもそも人ならざる者を見ないので、そういった者がいるかも不明だ。

 幽霊の仲間と思しき人は何人か見た。

 明るく話しかけてみたものの、一人は何も見えていないかのように素通りされ、一人はとりあえず挨拶を返してくれた。

 幽霊でも見たような顔をして目をぱちくりしていたような気はする。幽霊だけど。


 ゆるり首を傾げて悩み顔だ。

 別に恨みの塊でもない。何故か未練が見いだせないのだ。

 普通に暮らして笑って、勉強して良い大学を目指して。

 それだけだった。

 未来に夢見ていたわけでもない、やりたいことがあったわけでもない。

 別に大きく苦悩していた覚えもない。

 人並みに笑って楽しんで努力して、悩みもあった。

 それだけだ。終わってしまえば呆気なかったなあと思う。


 しかし、未練がないならどうして成仏が出来ないのだろうか?

 人は死後、修練を積んで仏様になるのではなかったか?


「あ」

 夏樹はぽむっと手を打ち合わせた。

 思い当たる事がある。

――私を殺したのが誰か分かってないからか。


 長谷川夏樹は事故死ではない。当然自殺でもない。

 屋上で景色を眺めていた時に、誰かに突き飛ばされたのだ。

 それは然りと覚えている。


 けれど、前後の会話やそれが誰であったかが全く思い出せないのだ。

 まるでぽっかりと穴が開いたようだ。

 何度心に問いかけても何の記憶も思い出せない。導いてくれない。

 こんな事は今までなかった。


――死んだショックかなあ……。

 死んだショックで記憶喪失。

 意味が分からないが、そういう事らしい。


 しかし早速手詰まりだ。

 記憶がない、手掛かりもない、協力者もない。

 一体ここから何が育つというのだろう。


 しかし神は夏樹を見捨てていなかった。


 教室に一人の少年が入ってきた。

 前髪の長い、表情のない少年だ。

 クラスメイトではない。何度か見た覚えはあるのだが……誰だろうか。


「………」

「………!」


 目が合った、気がした。

 彼はきょろきょろと周りを見渡して、何事もなかったかのように踵を返す。


「待って!ねえ、待って!!」

 夏樹は机を蹴り、ふわふわと漂いながら少年にタックルする勢いで飛びついた。

 すかっと空気音が聞こえるが知った事ではない。

「聞こえてるんでしょ、見えてるんでしょ。ねえ、少年っ!」

「…………」

 彼は何も返してくれない。

 少年の首を絞める勢いで抱きつきながら、なんとか話を聞いて貰おうとする。


「あ、後ろに怖い顔をした怨霊が」

「うぇぇっ!!?」

 少年が背筋を引きつらせ、怨霊を見ないように此方をぐりんっと向いた。

「嘘だよ★」

「…………」

「ほら、やっぱり聞こえてるんじゃん。話を聞いてよ少年ー。お姉さん困ってるんだよー」

「聞こえてない、聞こえてないデス……俺は何も聞こえてないデス……」

「さっき反応したじゃん。もう遅いよ。

君幽霊見えるんだよね?幽霊に構われやすいんじゃない?」

「あんたのような奴はまあいるから……」

 観念した。にししと夏樹は笑って、少年の頭を撫でる。

「だいじょーぶ、私が守ってあげるよ!なんで死んだか分からない新米幽霊だけどさ。

ボディーガードでも何でもやるからね」

「……頼りない……」

「あー、生意気だぞ!」

 ぷぅと膨れてつんつんと頬を突っつく。触れられないけど。


「私は長谷川夏樹だよ!少年のお名前は?」

「……土居揺どいゆらぐ……」

「ゆらぐ君かあ。変わった名前だね!改めて宜しくね!」


 これが二人の出会いだった。

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