第19話 わるいゆめ

 保健室に友人に付き添われて向かった海南は、ふくよかなスタイルの保健教諭に出迎えられる。

「あらまあ!顔も唇も真っ青!震えてるじゃないの」

「寒気が止まらなくて……」

「生理?寝不足?とりあえず寝ていきなさい…!」

「すみません……」

「先生。少しだけ付き添っていいですか?」

「柚子……」

 海南がか細い声で親友を呼ぶ。

 出来ればずっとついていてほしい。きゅっと服の裾を掴んだ。

「ううーん……。仕方ないね、15分だけだよ」

「ありがとうございます!」

 ほっとした顔の少女二人を、真ん中のベッドに案内した。

 靴と靴下を脱いで、上着を脱いで、横になる海南を、親友の柚子が見守る。

 手を握ってもらうと少し調子を取り戻したようだ。

 やがて海南は微睡みに落ちていく。


 柚子は時計を確認して、心配そうな顔で海南を見た。

 さっきの教室での様子を思い返す。どうしたんだろう。休みがちでもあるし心配だ。

 海南は眠りについているし、睡眠を取れば少しは体調も良くなるだろう。あとは保健の先生に任せよう。

 カーテンを静かに閉め、先生に戻ることを伝え、海南を託して柚子は教室に戻った。

 入れ替わりにベッドの傍の椅子に腰かけたのは夏樹だ。

 疑念は尽きない。海南が自分を殺したかもしれない。何かあって、カッとなって殺した後、良心の呵責に苦しんでいるのかもしれない。

 それなら、自首して罪を償って欲しいし、心の中の蟠りは失くしたい。

 犯人でないなら、体調が悪そうなクラスメイトの力になりたい。

ーー柚子ちゃんは異変に気づいたから、きっと支えてくれるよね。

 実際、出来ることって何だろう。

 夏樹は丸椅子に腰掛けたまま、両足をぶらぶらさせる。

 自分では対話をすることも儘ならない。揺の力を借りるべきだろうか。

ーーミナミちゃん。

ーー最初に出会った時は、海南って名前に惹かれたっけ。

ーー皆がミナミって呼ぶから、私もそうしてたな。

 名前を誉めたら嬉しそうに表情を綻ばせた。

 明るくて愛らしくてマスコットのような彼女だ。

 何度か帰りに一緒に買い食いをしたことはある。

 けれど、彼女との友情は育たなかった。

 特に喧嘩をした訳では無い。お互いもっと仲の良い相手がいただけだ。だから、夏樹と海南の関係は普通のクラスメイトだ。

 だからこそ分からない。

 夏樹の死後、海南の欠席が増えているのは何故なのだろう……?


 海南の様子を伺っていると、突然彼女がカタカタと震え始めた。

「ミナミちゃん?」

 ビクリと肩が跳ねる。

 眠りについていた彼女はいつしか目を覚まし、顔を真っ青にしていた。

「や、やぁ………」

 小さな身体が震え、縮こまっている。

 頭を抱え、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「あたしじゃない、あたしのせいじゃない……!!」

 ふるふると頭を振り、必死に否定する。

「あたしのせいじゃないから、来ないで、来ないでええええ!!」

 何か幻覚を見たような視線の動き。

 自分が見えているのかとも思ったが、海南の目は虚ろで、焦点が定まっていない。

「!」

 海南はベッド横に置かれていた洗面器を手に取り、明後日の方向に投げ飛ばした。

 カランカランと音を立てて落ちる洗面器。

「どうしたの!!大丈夫…!?」

 物音を聞き付けて保健教諭が駆けつけてきた。

 夏樹をすり抜けて、暴れる海南の手首を掴んだ。

「あ、あ、あ………」

「しっかりしなさい……!!」

「やだ、怖い………来ないで………許して………」

 先生に抱き込まれる形で捕まった海南は、ずっと震えていた。

 その後夏樹が見守る前で保健教諭は部屋の戸締りをし、海南の家に連絡をした後、病院に連行した。

 幻覚を見ているのを疑ったようだ。

 病院にも付き添ったが、海南の様子は改善することは無かった。

 母親の呼びかけにもまともに答えられない様子に、誰もが戦慄する。

 薬物の検査などもされたようだが、結果は陰性だった。

 そのまま母親により精神科に連れていかれた。

 精神科の通院自体はしているようで、カウンセリングと投薬治療の方針のようだ。しかしお薬の量は増えたようだ。様々な精神疾患が疑われているのを確認した後、夏樹は静かに部屋を出て行った。

「…………。」

 感覚的にはかなり濃い色のグレーだった。

 けれど、どう対応するのがいいのだろう?

 下手したら不登校になりかねない状態だ。

ーーどうすればいいんだろう?

 時期を待って、海南に接触したい。


「そりゃ大分怪しいな」

「だよね………」

 家に帰った後、揺に報告したら思った通りの反応が返ってきた。

「夏樹先輩が見えてるわけじゃないんだな?」

「私も見えてるのかなとは思ったんだけど、視線はぼんやりだったよ。私のいない方を見て喚いてたよ」

「うーん……。幻覚を見る系の精神疾患っぽいけど、俺は医者じゃないから分からねえよ。

 前はそんなことなかったのか?」

「私の知る限りなかったよ……」

 揺はふむ、と天井を見ながら考えた後ーー。

「仮に夕波先輩が夏樹先輩を殺した犯人だったとして……。夏樹先輩はどうしたいんだ?」

 問われた言葉に夏樹は瞳をぱちくりとさせる。

ーー私?

ーー……私は……。

「反省はして欲しいし、罪は償って欲しいよ……。心の中に大きな悔いを残したまま、人を騙して過ごして欲しくない。きっと、心が大きく歪んじゃう……。

 私の中に大きく恨む気持ちはなくて。そりゃ死んだのは悲しいけど、呪い殺すとかそんな気は一切ないよ」

「そうか。じゃあ決まりだな」

 揺は大きく頷いた。

 首を傾げる夏樹の前で、シックなレターセットとボールペンを取り出した。

 夏樹にいくつも質問をしながら、揺は手紙を執筆していく。


 夕波海南様。

 ミナミちゃん。出来たらお話したい。

 私はミナミちゃんをどうこうする気は無いし、寧ろ助けたいと思っているよ。

 呪い殺したいとか全く思わないから。

 だからどうか、気持ちを楽にしてほしい。


「差出人どうする?」

「んー、匿名で!」

「分かった。じゃあこれで完成な」

 付属の封筒に入れて封をした。

 準備は完了だ。

 海南と接触する準備をしなくてはならない。

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