第4話 情報収集

――標君だ。

 土居標。夏樹のクラスメイトである青年である。

 揺の2つ年上の兄である。


「ただいま兄貴。さっさと帰りやがって」

「悪い悪い。まさか迎えに来てるなんて思わなかったんだよ;」

「まあ予告してなかった俺も悪かったし……」

 ごろごろしながら頭を掻く。

――この兄弟は仲が良さそうだね。

――いつも一緒に帰ってるのかな?

「帰り遅かったけど大丈夫だったか?幽霊に憑かれたりしてないだろうな?」

――うぇっ。

 揺はそんなに取り憑かれやすいのだろうか。

 だから標は行動を共にしている事も多いのだろうか。

 弟を害意ある幽霊から守るために。

――おおー、弟想いだー。

――でも私、これ取り憑いてる状態なのかなあ。

 思えば抱きついたりしてくっつき虫だし。

 でも折角見つけた協力者を手放したくない。手放したくないぞー。

「大丈夫だって。悪意ある奴に取り憑かれたらげっそりするだろうし。

その時に教えてくれたら大丈夫だから」

「そっか。なら良かったよ」

――ゆらぐ君、ありがとう!

 自分の事を兄にも言わずにおいてくれている。

 匿ってくれるということだろうか。それはとても嬉しい。

 他にも晩御飯の会話などした後、標は部屋を去った。


――標君、家だと更に気さくだなあ。

――もともと話しやすい人なんだけどねー。

 クラスメイトであり、それなりに話す事のあった相手だ。

 私は友人と思ってるけど、向こうもそう思ってくれていたらいいな。


「ゆらぐ君。黙っておいてくれてありがとう!」

「どういたしまして。夏樹先輩は俺が恐れるタイプじゃないし。

なんというか、害意を感じないから。

でも身体が重くなったりしたら兄貴に突き出すからな」

「はーい。悪さしないように気を付けます!

多分悪意持ったり、身体に物理的にのしかからなかったら大丈夫だよね」

「だと思うぞ。抱きつくのも控えること」

「ええー」

 宣告に夏樹はふくれっ面だ。そんなに抱きつきたいかこの先輩。

 渋々ながら了承したようだ。後輩兼協力者の健康を脅かしたくないし。

「そういえば、標君は霊感あったりするの?」

「兄貴はまるでないな。夏樹先輩の事も視えてなかったろ」

「そうだね、視えてなかったね」

「気配を感じ取る事もないし、当然お祓いとかは出来ないけど……。

鈍感だから俺が金縛りとかで動けなくなってても物理的に運んだり出来るんだ。

たとえば幽霊に足掴まれて踏切に縛り付けられても無理やり引き剥がせる」

「おおっ、頼りになる!」

 想像してうんうんと頷いた。

 それなら弟を護る事が出来る。幽霊に取り憑かれていることが分かれば対処のしようもあるだろう。

 ってちょっと待って。

「ゆらぐ君、そんな経験してきたの!?電車に轢かれかけたの!?」

「何度も死ぬかと思った……。

踏切で誘われたり、山で誘われたり、海で溺れさせられそうになったり……。

奴ら未練のある霊は道連れを欲してる。

霊感が強いと目を付けられやすいみたいだ」

「大変だったね……」

「現在進行形で厄介ごとに首突っ込んでるし」

「それはごめん!気を付けるから!気を付けるからー!」

 でも離さないけど。全力で護るから!

「その代わり、俺結構ひきこもりだけど大丈夫か」

「いいよいいよー。外は危ないもんね!」

 そんなに何度も死にかけていたら不登校になっていてもおかしくない。

 日常に取り入れた上で、気配を消して順応している揺はなんだかんだで強いと思う。

「夕飯食ってくる」

「行ってらっしゃい」

 手を振って見送る。

――なんか恋人同士の会話っぽい!

 色づいた事を思ってみたりする。

 一緒にご飯を食べられない時点で恋人とはかけ離れてるけど!


 一人でいる間、標とのクラスでの出来事を思い出してみる。

 風紀委員だからしっかりしているし、頭もいい。

 一緒に日直したりするのも楽しかったなあ。

――もう見えないのは寂しいけど、元気そうなのは良かったな。

 うんうんと頷きながら、空中で横になった。


 揺が部屋に戻ってから、彼はノートパソコンを立ち上げた。

 自分専用のものだ。

 調べごとをしたり、家で勉強をするときに使っている。

 あと、オンラインゲームも結構好きだし。


 夏樹が亡くなった時の報道を調べてくれるというので、揺の後ろから画面を覗き込んだ。

 物体にも触れられず調べ物も満足に出来ないから非常に助かる。

「ゆらぐ君、どう?」

「まず事件当日。一応ニュースには載ってる。

金蓮花高校の女子生徒が屋上から落下し死亡した。

警察は事件について調べ、関係者から詳しい話を聞いている……」

 同級生へのインタビューなどもあったようだ。

 彼女が死ぬなんて信じられませんとか、いきなり同じ学校の人が亡くなって動揺していますとかそのあたりだ。

――うう、学校の皆、迷惑かけてごめんよ……。

――死んだの多分私の所為じゃないけど。

「被害者生徒の、つまり夏樹先輩の名前は出てないけど、ネットニュースとか掲示板とか探したら出てるな。

個人情報のモラルのへったくりもねえ。

特に対人トラブルも無さそうでクラスの人気者で優等生。

両親にも話を聞いたところ、イジメなどの被害の報告もなし。

自殺の要素はないとされて、トラブルも抱えてないから殺人の可能性も薄い」

「で、フェンスが錆びてて老朽化してたから、フェンスに凭れていて落下したって事故確定かあ。

警察の結論は妥当とは言えるね」

「地に足をつけた捜査ってとこだよな」

 うーんと夏樹は考える。有力な情報はこれと言って出ていない。

 確かに自分は対人トラブルに心当たりはないし、イジメの加害者でも被害者でもない。

 周りから見てもその評価だったという事か。

 被害者個人情報は出ているようだが、加害者の見当もないから、周りに被害は及んでいないか。

 とりあえず確定情報が出てきたのは収穫と言える。


「ありがとう、ゆらぐ君。

明日屋上に行ってみて、何か思い出せないかやってみるよ。

家にも戻ってみる」

「どういたしまして。そういえば、夏樹先輩はなんで屋上にいたんだ?憶えてるか?」

「もともと屋上好きなんだよね!お昼は週二で屋上で、残りの日は皆と食べてたよ。

放課後もたまに上にいるよ。

昼休みはそれなりに人が居るんだけど、放課後はほぼいないね」

「屋上かあ……俺は普段行かないから分からないな」

「行かないの?」

「幽霊に憑き落とされたくないじゃん……」

「ああ……」

 夏樹は頭を抱えた。苦労性過ぎないかこの子。

 その後、物思いに耽る。前髪が揺れて茶色の瞳が影を帯びた。

「なんというか……高いところから景色を見たら、ちっぽけな自分が大きく見えるよね。

……それが、ひどく安心するの」

「先輩……?」

「夕焼け空も凄く好きで、天に近いから綺麗に空が見える。

その光景が、凄く好き」

「…………」

 夏樹は独特の感性を持っているなあと思う。

 決して悲観的ではない。前向きだけれど……心の中に空虚さを感じる。


 何も言うことが出来ず、揺はパソコンを閉じた。

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