第33話





「勝者、ステラ・ランダー!」


しんと静まりかえった闘技場の中心で神官さんがそう告げると、どっと会場が湧き上がり、大歓声が響き渡った。


この歓声が私に向けられたものだと思うと、照れくさいような、誇らしいような、複雑な気持ちだった。ただ、この胸の高鳴りだけは偽りのないもので、興奮しているのだということだけはわかった。


こんな胸の高鳴りは、2年前に行商人の人からソラ君の試合を見せてもらって以来だと思う。





『World Championship Under 15』


15歳以下の子どもたちが戦う、闘技の世界大会。そこに映し出されたのは、全身を甲冑で武装した騎士と、道着を着た少年だった。


 騎士は自分の背丈と同じくらいの長さの槍を持ち、道着を着た少年は無手だった。


 何も知らなかった私は、こんなの試合にすらならないんじゃないかと思った。だって、あんなに高そうで硬そうで立派な装備をした人相手に、ちょっとボロくなりかけてる道着を着た人が勝てるわけない。


 闘技なんて、人同士の殴り合い、ただの低俗な見世物だって大人たちが言ってた。


 領軍の騎士様が無抵抗な領民を殴りつけるのと同じで、この試合も騎士の格好をした人が無手の少年を痛めつける見世物なんだろう。


 貴族様は、そんな見世物が大好きだから。


 この領地を管理している領主様の一族は、定期的に領軍を引き連れて村にやって来る。


 視察、なんて言っているけど、私たち領民を殴って、蹴って、泣き叫んでる姿を見て笑いに来てるんだ。領民なんて、家畜と同じだと思ってる。対等な人間だとは思っていない。


 税金だって、搾り取るだけ搾り取って、手元にはほんの少しのお金と食料しか残らない。弟たちはいつもお腹をすかせていた。


 お父さんもお母さんも、毎日ふらふらになるまで働いてた。


 これは仕方がないことなんだと、騎士様や貴族様に逆らってはいけないんだと、そう思っていた私にとって、道着を着た少年の姿は衝撃的だった。


 試合開始と同時に、騎士の格好をした人は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。何が起こったのか、最初は何もわからなかった。


 騎士の格好をした人は壁に埋もれ、騎士の格好をした人が立っていた場所には、道着を着た少年が何かを叫びながら拳を突き出していた。


 きっと、彼が騎士様を殴り飛ばしたんだろう。


 道着を着た少年はその後も立ち上がった騎士様相手にひるむことはなく、一方的にボコボコにしていた。


結局闘技はすぐに終わり、彼は一切の攻撃を受けることなく、騎士様を退場させてしまった。


 その姿が、私の中の何かを変えた。


 領民で、平民の私でも、強くなれば騎士様だって殴り飛ばすことができる。彼みたいに強くなれば、家族や、村の人たちを領主様たちから護ることができる。


 端末と呼ばれる動画を視聴するための魔道具を持っている人は、村には誰もいなかった。だから私は、行商人のおじさんが村にやって来る度に、端末を貸してもらって彼の動画を見ていた。


 彼が戦っている動画を、何個も、何回も視聴した。私があまりにも真剣に動画を視聴していたら、行商人のおじさんが『競技者育成学校』のことを教えてくれた。


 それから私は、ソラ君動きをマネするように、突きの練習を繰り返した。体力も必要だろうと思って、山の中をたくさん走った。


 筆記試験があるって聞いたときは泣きそうになったけど、泣きついたら行商人のおじさんがただで参考書をくれた。


参考書が無いから泣きついたんじゃ無くて、お勉強ができなくて泣きついたんだけど、さすがにお勉強を教えてはくれなかったので、体作りの合間に必死になってお勉強も頑張った。


 頑張って、頑張って、無事に育成学校に合格できたときには、家族みんなが喜んでくれた。村の中には、いい顔をしなかった人もたくさんいたけど、「ステラは自分のなりたいものになりなさい」と、両親が背中を押してくれた。





 無事に入学式を迎えた日、隣の席に座った男の子を見て、息が止まる思いをした。少し身長と髪が伸びて、目がなぜか深淵を覗いているかのように濁っていたけれど、何回も何回も動画で見返した少年。WCSU15最年少優勝者、ソラ・タツミ君だった。


 私からしたら有名人で、私のヒーローで、私の憧れの人。


 ソラ君と同じ学校に通えるなんて、夢にも思ってなかった。もしかしたら、ソラ君とお話ししたり、一緒に練習とか、できたりするかな?


 でも、どうしてソラ君が、イザイル王国にいるんだろう。彼の実力があれば、こんな『落ちこぼれ学校』と呼ばれるところに入学する必要なんてないはずなのに。


 その理由を知ったときには、ソラ君と闘技ができた喜びよりも、悲しみの方が勝ってしまった・・・・・・嘘です。本当はソラ君とお話ができて、ソラ君のことが知れて、すごくうれしかったです。


 でも、そんなことを思ってしまったからでしょうか。村のみんなのことを忘れて、一人で学校生活を満喫していたからでしょうか。私の前にザニス様が現れたのは、きっとその罰だったのでしょう。


 ザニス様はカルボモニス家の中でも評判が悪く、村々を巡っては子どもたちに暴力を振るっていました。私も、何度も何度もお腹を蹴られたことがあります。


 どうしてザニス様が育成学校にいるの?貴族のご子息なら、騎士学校か王立学校に通うはずなのに。


 食堂で再会したときには、ザニス様は私のことはわからないみたいだった。でも、取り巻きで一緒にいた男の子が、私がカルボモニス領の領民だと伝えたみたい。


 ザニス様たちに囲まれたときには、きっともう、この学校にはいられないだろうなって思った。


学校にいられても、ずっとザニス様の言いなりになって過ごすんだろうなって思った。


ソラ君やクラスのみんなと、楽しくお話ししたり、ご飯を食べたりできなくなるんだろうなって思った。


 そんな時、私を助けてくれたのはソラ君だった(あと、リーゼントの人も)。


 助けてくれただけじゃない。ソラ君は、2週間もつきっきりで、私に戦い方を教えてくれた。


 自分のケガのこともあるのに、私のことを優先してくれた。そのことが、すごく、すごく、嬉しかった。


 いきなり水着になれって言われたときは、さすがにコイツ何言ってんだって思ったけど、信じて良かった。





 歓声が鳴り止まない闘技場を後にして、入場用の通路に入ると、そこには顔を真っ赤にして明らかに怒っているザニス様が立っていました。そして、その隣には甲冑を着た中年の騎士がいました。


 その顔に、見覚えがあった。


 騎士ミシリガンド様。


 私の家族や村の人たちに暴力を振るい続けてきた騎士様だ。あの人のせいで、普通の生活ができなくなった人が何人もいた。


 お父さんも、もう少しで腕を切り落とされそうになった。


 私も、鞭で何度も何度もぶたれたことがある。


「カルボモニス領の領民でありながら、領主一族であるザニス様に恥をかかせたな。重罪だ」


 口元を気色悪く上げて笑う。何度も見た顔だ。この顔をした後は、立てなくなるまで村の人に暴力を振るっていた。


「ざ、ザニス様は、と、闘技に負けました。だから、わ、私たちを対等な人間として・・・・・・」

「黙れ!平民の分際で、騎士に意見するつもりか。貴様はこのまま領地に連れ帰る。領主一族に恥をかかせたことを、たっぷりと後悔させてやろう」

「き、きゃあ!」


 ミシリガント様は私の髪を掴み、頭を壁に叩きつけた。


 ぶつけたところが痛い。


 頭を打ったせいか、目が回って吐き気がする。


 村にいたときは、これが当たり前だった。どうして忘れてたんだろう。これが日常で、今までの学校生活が夢だったんだ。


「俺の弟子に、何してんだよ」


 まどろみの中で、ソラ君の声が聞こえたような気がした。


 最後にソラ君の顔が見られるなんて。ソラ君に弟子だって呼んでもらえるなんて。本当に、素敵な夢でした。





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