第31話
左肩をゴリゴリと回しながら選手控え室に向かうとなぜかそこは長蛇の列がなされていた。
「あれぇ、ソラく~ん。どしたん、こんなとこでぇ」
人の間をかきわけて、癒やしの女神ことエィリーンさんがやって来た。どんなところで聞いてもこの声はヒーリング効果を持っているなぁ。
「試合前にステラの顔を見ておこうと思って選手控え室に向かってたんだけど、この行列で進めなくて」
「あぁ、これねぇ。控え室の順番待ちだよぉ」
なんでも、控え室は東と西に一つずつしかないらしく、試合直前の選手しか使用できないとのこと。
更衣室は別にあるため、着替えが終わった選手が出場順に並んでいるんだとか。仮にも競技者を育成する学校なんだから、選手控え室くらい複数用意しておいて欲しいと思ったが、ろくに使わない物に金をかけるよりは、シャワー室や更衣室に金を回したってことなんだろう。
「そぉ言えば、ステラは着替え終わったらどっか行っちゃったよぉ?たぶん、この列には並んでないと思うよぉ」
こんな列に並んでいるよりは、どこか静かなところで集中した方が良さそうだ。ステラもそう考えて、どこか静かなところに移動したんだろう。俺なら絶対そうするし。
「ありがと。じゃあ探してみるよ。エィリーンさんも、2回戦頑張ってね」
「ほいほ~い」
エィリーンさんと別れて、俺は迷わず校舎裏に向かう。
初めてここを訪れたのは、ステラから手紙で呼び出しをされた時だっけ。あれからここで闘技をしたり、ライザ王女のぼっち飯を目撃したりと、色々あったなぁ。
まだ入学から一月も経っていないというのに、感慨深い気持ちになりながら辺りを見回すと、ステラは一本の折れた木の前に立っていた。あれは確か、俺が蹴り倒した木だ。その木を一瞥して、隣の木の前に移動したステラは、身体強化を施してゆっくりと腰を落とす。
そして―――
「ファイナルジャスティスドラゴスレイブレイカー!」
「だからその名前を使うんじゃねええええ!」
慌てて俺が飛び出すのと、ステラが牙壊を放って木が倒れたのは、ほぼ同時だった。
「師匠、どうでしたか?」
自信に満ちた顔でこちらに振り向いたステラに、俺は大きくため息をついた。
「技の完成度は70点。技名が-100点だ」
「ふ、ふえぇ。それじゃあマイナスじゃないですかぁ」
技の習得はできたが、最後まで正式な技名を覚えることができなかったステラである。
初めて牙壊を教えた日、ステラが俺の古参ファンだったことが発覚した。
この国では闘技の文化が発達していないため、競技者の動画を見ることがほとんどないらしい。しかも、貧しい農家では端末を持っていないのが普通で、ステラの実家もそれに漏れることはなかった。
そんなステラがどうして俺のことを知っていたのか。それは、隣国から来る商人に動画を見せてもらったのが始まりだった。
『そういえば、この間ステラちゃんと同い年の子が世界チャンピオンになったんだよ』と言って、軽い気持ちで動画を見せた商人さんは、これ以降村を訪れる度にステラに端末を取り上げられることになったらしい。
まあ、何が言いたいかというとだ。ステラは俺の動画を食い入るように何度も何度も繰り返し見ており、自分もその動きを再現しようと練習していた。そのため、身体強化を習得した後、型の習得にそれほど時間を取られることはなかった。
しかし、技を使うタイミングや相手との位置関係など、教えなければならないことが山積みで、どうにか昨日、技として形になったのは奇跡と言えるだろう。
そんな詰め込み教育の弊害として、技名を矯正できなかったことだけが悔やまれる。当時は格好良いと思って横文字を使いまくっていたが、今にして思えばよくあんな恥ずかしい技名を考えついたものだと思うよ。
競技者が行う闘技は、一つのエンターテインメントだ。ただ強いだけでは意味がない。如何に観客をわかせられるかが重要だ。
だからド派手な魔法や技が好まれるし、いちいち技名を口にする。それができなければ、一般人の喧嘩闘技と変わりゃしない。技名を口にするのは、競技者への第一歩だと、必死に自分に言い聞かせ、あきらめることにした。
ステラがあの技名を口にしたところで、俺の過去がバレることもないだろうし、俺が考えたと思う奴もいないだろう。
「ステラ、コンディションはどうだ?」
「まずまず、ですかね」
そう返事をしたステラは、屈託無い笑顔をこちらに向けた。どうやら変に緊張していたりはしないようだ。
「もうすぐステラの試合だ。一緒に会場まで・・・・・・」
そう言いかけたところで、体に重みが加わった。
「やっと、捕まえました」
気がつけば、ステラは俺の体に抱きついていた。俺を見上げるステラの顔は、どこか嬉しそうに見えた。そう言えば、修行の時は結局一度もステラに捕まることはなかったな。
「ソラ君、私、勝てますかね」
そう言いながら、ステラは俺から視線を外した。
「不安なの?」
「不安です。相手は御領主様の息子ですし、御貴族様です。ただの平民なんかが勝てるのかなって」
そう言って、抱きつく腕の力が弱くなっていく。力が弱くなったことで、彼女の体が震えていることに気がついた。
「それに、もしゼニス様に負ければソラ君が。せっかく、う、腕を治してもらえるようになったのに。わ、私、それが不安で」
はあ、俺の弟子だというのに、そんなつまらないことを気にしてパフォーマンスを落とすとは。まだまだ修行のやりがいがありそうだ。
「いいかステラ。負けた後のことなんか気にする必要はないんだよ。もしものことなんて、その時気にすれば良いんだ。大事なことはさ、闘技を楽しむことだ」
「楽しむ?」
「そうさ。相手はどんな手で攻めてくるだろうか。こっちはどんな手でそれを叩き潰してやろうか。どうやって相手に必殺技を叩き込んでやろうか。考えるだけでワクワクする。競技者がワクワクしない闘技を観客が楽しめるわけないんだ。だからさ、緊張や不安のドキドキも、ワクワクに変えて相手にぶつけてやるのさ」
ちょっと良いこと言ったな、と思う反面、格好つけすぎてキモいことを言ったような気もする。試合前の弟子がドン引きしていなければ良いんだけど、こっちの方が不安でドキドキしてきちゃったよ。
「ソラ君、心臓がドクドクいってます。いつもの、私みたい」
そう言って、ステラは俺の胸に耳を当てた。
すいませんいつもドクドク心臓が爆音上げてたのは俺なんですそれをステラさんの心音だって嘘ついてました!
「こ、この速度で身体強化すればお坊ちゃまなんて楽勝だから」
「わかりました、師匠」
言い訳をしながらステラの頭に手を置くと、彼女は穏やかに笑みを浮かべた。
試合前の激励ができたのかどうか微妙なところではあるが、ステラを闘技場まで送り、貴賓席まで戻った。
俺の姿を見た瞬間に国王陛下が舌打ちしたような気がしたが、気のせいであって欲しい。
本当は俺だって一般の観客席に戻りたかったのに、あんたのためにわざわざ戻ってきてやったんだから、舌打ちじゃなくて感謝をしてほしいものだ。
「タツミ君、こっちこっち!もうステラさん入場してるよ!」
入場直前まで一緒にいたんだから当たり前でしょ、などと思いながらも、ライザ王女に促されるまま、貴賓室から身を乗り出すようにして会場に目をやった。
どうやら先ほど口にした不安は、上手く消化できたようだな。
ステラは落ち着いた表情で、対面のお坊ちゃんを見据えている。体にも余計な力は入っていないようだ。
それに対するお坊ちゃんは、公の場だというのにふてぶてしい態度でステラを見下している。ふん、そんな態度でいられるのも今のうちだぜ。
「あ~、お父様?」
「は~、よりによってこんな場にあんなものを持ち出すとは」
王女と陛下は、そっくりな仕草で頭を抱えていた。
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