第30話
朝の日課を終えて寮に戻ると、今日はいつになくそわそわした空気を感じた。
ある者は入念に自分の装備を手入れし。
ある者は今日のために新調した衣装に袖を通し。
ある者は落ち着き無くしゃべり続け。
まさに大戦を前にした戦士たち、といった雰囲気だ。
今日は入学後初めての学年ランキング戦。今日の成績によって、これからの学校生活に優劣がつくと言っても良い。
上位者になって思うままに振る舞うか。下位者に落ちて虐げられるか。
この国の貴族みたいに平民を人とも思わない扱いをするのとは違って、最低限の人権は保障されるわけだけど、ランキングの上位者が下の者を見下したりバカにしたりっていうのはあるらしい。
俺はすでにランキング戦を棄権しているから、最下位が確定しているわけで、しばらくは同級生から見下されるのも確定している。
今更なので別に悲観したりはしない。わかっていて棄権を選んだわけだし。
そんなわけで、気合いを入れる必要も緊張する必要もない俺は、気楽な心持ちで会場の客席に向かった。
「ふむ。さすがはデトロイド伯爵家の跡取りだ。デトロイド家の剣技を見事ものにしておる」
「バッツ君も頑張ったけど、相手が悪かったね~」
気楽な心持ちで向かったのに、なぜか会場入り口でライザ王女に捕獲され、あれよあれよと言う間に貴賓席へと連行されてしまった。
しかもこの席、というか一室は、国王陛下と王妃殿下、ライザ王女殿下の貸し切り。正確には席の周辺に甲冑を着込んだ兵士だか騎士だかが大量に立っているが、席に座っているのは俺を含めて4人だけだ。
どう考えても場違いなんですが?
「姫様、姫様。俺、一般の観客席に戻りたいんですけど」
「そうなの?じゃあお父様、アタシたち一般の席に移動するね?」
「ま、待て待て待て待て!せっかく親子水入らずの時間がとれたんだぞ?文句を垂れる大臣共や宰相を黙らせてここに来るのに、どれだけ苦労したか。毎日毎日顔を合わせる度にランキング戦の観戦をしたいと言い続けた。納得しない大臣共は毎晩業務終了後に執務室に呼びつけ、如何に私がランキング戦に出席したいのかを語り続けた。最後の難関は宰相だったが、あいつの枕元に夜な夜な立って、出席させろと朝まで呪詛のようにはき続け、ようやく全員の了承を取ったというのに!それに、ライザが寮に入ってしまってから全く顔を見ることもできなくなったではないか。今日くらいは、せめて今日くらいは一緒にいさせてくれ~」
国王陛下、号泣である。涙ながらに娘に懇願する陛下の姿に、俺はそっと視線をそらすことしかできなかった。
視線をそらした先には、何が楽しいのか、ニコニコと笑みを浮かべている王妃殿下の姿が目に入った。
「せ、せっかくの親子水入らずです。ぶ、ぶぶ、部外者の私はこの辺で失礼します」
「待て!ソラ・タツミ!」
なぜか俺を呼び止める国王陛下。涙を流しながらこちらを睨み付けるのはやめてください本当に。
「貴様がいなくなれば、ライザまでいなくなってしまう。居心地が悪いのは重々承知しているが、どうか、どうか、ここに留まってはもらえないだろうか!」
一国の主が、娘と一緒に試合を観戦したいがために平民に懇願する。とんでもない事態ではなかろうか?
絶対に笑っている場合ではありませんからね、王妃殿下?
「「「ソラ・タツミ殿、どうか、陛下の望みをお聞き入れください!」」」
事前に練習でもしたのだろうか?騎士たちが一斉に跪いて俺に頭を下げる。貴族は平民の所有物だと宣う貴族もいるというのに、王家やその周辺の騎士たちはそうでもないのか?
「見て見てタツミ君、同じクラスのシーリングさん、次の試合みたいだよ~」
こんな状況なのに、ライザ王女は平気な顔して試合を観戦していらっしゃる。自分の父親が号泣しながら平民に懇願してるというのに、何も感じないようだ。
「わかった。わかりました。今日は一日、ここで観戦させていただきます」
「おお!ありがとう、ソラ・タツミよ」
「「「ありがとうございます。ソラ・タツミ殿」」」
陛下と一緒に、護衛の騎士団も一斉に頭を下げる。もう好きにしてくれ。
「ところで姫様、試合の準備とか大丈夫なの?」
そろそろ1回戦も折り返し、といったところだが、ライザ王女は制服姿のまま。控え室に移動するそぶりも見せない。
「アタシ、試合出ないよ?ほら」
「ぶあ!」
ライザ王女は自分の端末を俺の眼前に突き出してくる。それはトーナメント表ではなく、その横に小さく記載された棄権者リスト。俺の名前の下にライザ王女の名前もしっかりと記載されていた。
「ちょちょ、なんで棄権なんてしてるの!姫様なら、1回戦で負けても下の中くらいにはランキングされたはずでしょ?棄権なんてしたら、ほぼ最下位確定じゃん」
ランキング戦では、1回戦に負ければそのあとの試合はない。どうやって細かく順位をつけるかというと、前回のランキングを反映する。今回の場合は、入試の成績だ。同順位の生徒は、入試の成績順にランキング順位が振り分けられる。
ライザ王女の場合は、入試の成績でCクラスに振り分けられているので、1回戦で負けたとしても、中の下から下の中くらいまでの順位には収まるはずなのに。
「だって、棄権すれば間違いなくタツミ君と同じクラスになれるでしょ?」
「そんなことのために、わざわざ棄権したの?」
「そんなこと、じゃないよ。大事なことだよ」
ライザ王女、いくらぼっちになりたくないからって、そこまですることないと思うんですけど!
「嫌、だったかな?」
伏し目がちにこちらをうかがってくるライザ王女よりも、視線で人を射殺せそうな表情で睨み付けてくる国王陛下の方に意識が行ってしまう。
これ、どう答えるのが正解なの?
陛下的には、どう答えるのが正解だと思っているのかお聞かせ願いたいんですが。
「ひ、姫様?もうすぐステラの試合があるから、その前に顔を見に行きたいんだけど、良いですか?」
とりあえず、返事をせずに逃げることにしよう。まだステラの試合が始まるには時間があるけど、寄っておきたいところもあるし。何よりこの空間から解放されたい。
「それじゃあ、アタシも一緒に・・・・・・」
「ライザ、無粋なことをしてはいけないわよ」
「お母様?」
ここに来て初めて王妃殿下の声を聞いた。さすが王妃様だよ、空気読める!
「ソラ・タツミ殿。ソラ君と呼んでも良いかしら?」
「ええ、どうぞ」
「ふふ、ありがとう。あなたの事情は大体聞いています。それに、あなたのお弟子さんと、カルボモニス家のことも。我が国の貴族が、ご迷惑をおかけして本当にごめんなさい」
「とんでもない。あんなの、迷惑のうちに入りません。今日中には解決しますから」
「あら、お弟子さんのこと、信頼しているんですのね」
ステラはまだまだ未熟だけど、あんなお坊ちゃんに負けることは無いだろう。どちらかと言えば、お宅の旦那と娘の方がご迷惑をかけてくれてますけど。
「お弟子さんばかりでは無く、ライザのこともよろしくおねがいしますね。この国はイズミの国と違って一夫多妻も可能ですから」
「え?はぁ、わかりました?」
なんかよくわからんけど、行っていい雰囲気になったので、逃げさせてもらうことにした。
とりあえず、セーラ先生のところによって、用事をすませてこよう。
この後、保健室から俺の絶叫が学園中に響き渡ることになったが、ランキング戦の盛り上がりのおかげで、その声を聞いた者はほとんどいなかったらしい。
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