第14話




 昨日は散々眼球を焼かれたせいか、思いのほかゆっくりと眠ることができた。


 そのおかげで朝のランニングを再開させられたのだが、どうにもおかしな状況に陥っていた。


「ひ、姫様。ど、どど、どうしてこんなところでランニングしてるんですか!」

「自主練なら誰でもやってるでしょ?ランダーさんはなんでランニングしてるの?」


俺としても、どうしてステラとライザ王女が一緒にランニングをしているのか、聞いてみたいものです。


「わ、私は、師匠に修行をしてもらってるんです!」

「師匠?」


 ステラが不穏なことを言い出したので、ライザ王女の視線がこちらに突き刺さる。


 その視線から逃れるように、一気に走るペースを上げたが、こちらをしっかりと見据えていた二人はぴったりとペースを上げてついてきた。


「タツミ君、師匠って何?」

「師匠とは、武術などを教える先生のことであります」

「じゃあ、アタシもタツミ君のこと、師匠って呼んでも良いよね?」

「よくありませんが?」

「だって、身体強化を教えてくれるって言った!」

「言ってないですけど?お願いはされたけど、了承はしていませんよ!」


俺は自分の戦い方を模索している状況なのだ。そんな俺が、誰に戦い方を教えられると言うのだろうか。


ステラにだったら、元師匠に習った技術を教えることができるだろうが、それは俺の心をひどくえぐっていく。


指導に心を砕く、なんて言葉もあるけど、ステラの指導を続けていたら本当に俺の心が砕け散ってしまいそうだ。


「ぶー!せっかく友達になったんだから、身体強化くらい教えてくれてもいいじゃんか」

「いつから友達になったんですか?」

「え?」

「え?」


 王女殿下にいきなり友達だよね、と言われても、ハイそうです。なんて答えられないじゃん。


 だから確認の意味も込めて質問したつもりだったんだけど、言い方が良くなかったようだ。


 ライザ王女は足を止めて、ハイライトの消えた瞳でこちらを見つめていた。


怖いわ!


 お姫様というだけあって、容姿はとても整っている。深いブルーの瞳にハイライトが消えて見つめられたら、どこまでも吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。


 背筋に悪寒を感じた俺は、慌ててライザ王女の元まで駆け寄ってしまった。これが失敗だった。


 がっちりとライザ王女の両手に掴まれた俺の両肩は、ミシミシと悲鳴をあげ始めた。


「アタシたち、友達だよね?」


 目が!全く笑っていない。


口元では笑みを表現しているというのに、こちらを覗き込む深い深い青い瞳は、一切の感情を読み取ることが出来ない。


 そして俺の両肩だ。昨日の常識はずれな身体強化を施しているようで、女の子が使って良い握力のレベルを優に超えている。


・・・・・・ステラは例外だけど。


「いだだだだだ!ひ、姫様!手、手を離してください!」

「ねえ、友達、だよね?」


 くっそぉ、またこのパターンかよ!


 なんでどいつもこいつも故障個所をさらに破壊しようとするんだ!


 そこは身体強化して護れないんだから、やめてくれ~~!


「ねえ、友達でしょ?友達だよね?ねえ?」

「は、はい!友達です!友達になりました!だから早く手を離してくれ~!」

「よし!言質取ったからね?」


 両手を離し、柔らかく微笑む。今度は瞳にもしっかりと感情が乗っていたようだが、そんなことはどうでも良い。


「肩、骨、ヤバイ」


 ライザ王女から解放された肩は、未だにひどく痛みを伴っている。いや、めっちゃ痛い!


 嘘だろ?これ、肩の骨粉々になってないよね?取り返し、つくんだよね?




「ふっふふ~ん、友達ができたよ~」


 保健室に向かう途中、何が嬉しいのか王女殿下は鼻歌交じりに軽やかなステップを踏んでいた。


 こっちは痛みでそれどころでは無いというのに!


「そ、ソラ君、大丈夫ですか?」


 ステラは心配そうな顔で、何度も背中をさすりながらついて来てくれた。友達とは、こういう子のことを言うんだと思いますがね。


「セーラ先生、いますかー?」


 まだ明かりも点いていない保健室の扉を、ライザ王女は躊躇いもせずにガンガン叩き始めた。


早朝の学校で、明かりが点いて無ければまだ出勤して無いんじゃない?と思わないらしいライザ王女は、扉を叩く手を止めようとしない。


「おーい、セーラせんせー!」

「だー!うっさいわボケがー!」


 突然、怒鳴り声と共に勢いよく扉が開く。肩の痛みを忘れて思わずびくりと震えてしまうほどの迫力だ。


 だが、声の迫力とは裏腹に、保健室の中か洗現れたのは、ステラよりも頭一つ小さい少女だった。


 腰まで伸びた青い髪は、あちこちはねっかえっており、目元には薄っすらとクマが出来ている。なんか不健康そうな女の子だな。


「セーラ先生、いたんなら早く出て来てよ」

「うっせえ!誰だこんな朝早くって、げぇ、姫様じゃん」


 セーラ先生と呼ばれた少女は、ライザ王女を見て明らかに嫌そうな顔をした。って、先生?


「げぇって何?あ、そんなことより、アタシの友達がケガしちゃったの。診てもらえる?」

「姫様に友達ぃ?なんだ、こりゃ夢か。ならもっといい夢見せろってんだよ」


 あくびを噛みしめながら、セーラ先生はくるりと向きを変え、部屋に戻ろうとした。


「ふっぎゃあ!いで、いでででで!」


ところを、ライザ王女に全力で阻まれてしまう。


「痛いんなら夢じゃないよ。ほら、アタシの友達」


 そう言いながら、俺を指差す姫様。なんとも嬉しそうな表情ですけど、その友達がケガしたの、アンタのせいですからね?


「おいおい、マジかよ。しかも男だと?まさか、システィナにやられたのか?ケガですんで良かったな、少年」


 全然宜しくありませんが?言葉の端々から嫌な予感がする。システィナってどちら様?ケガですまなかったら、どうなるって言うんです?


「あっはは、システィナは今謹慎中だもん。何もできないよ~」

「ったく、あいつのせいで入学早々何人の生徒がここに運ばれたと思ってやがる。おかげでこっちは寝不足だっての」


 これもまた、深入りしてはダメな気がする。システィナという人の話は聞かないことにしよう、そうしよう。


「んで、少年。どこをケガしたって?」


 セーラ先生は自分の身長と同じくらいの大きさの魔法杖を担ぎながら訊ねてきた。


「両肩を、握りつぶされました」


 ちらりと王女殿下に視線を向けながら告げる。その視線を追った先生は、ライザ王女を睨み付けたが、睨まれた本人は小さく舌を出しただけで、反省は全くしていないようだ。


「んじゃ、ちょっと診てみるから、こっち入って横になれ」


 先生に言われるまま保健室に入室し、ベッドに仰向けになって横になる。その動作をいちいち補助してくれたステラは、きっと俺の友達だ。セーラ先生の頭をわちゃわちゃ撫でまわしている自称友達とは違って。


「ああ、横になる前に上、脱がせば良かったな。少年、自分で脱げるか?」

「いや、肩が全然動かなくて。悪いけどステラ、手伝ってくれない?」

「うぇ!さ、さすがに服を脱がせるのは、ま、まだ、無理ですぅ」

「脱がせるの?アタシがやったげるよ」

「ちょ!やめ・・・・・・いだだだだだ!」


 今度は身体強化を使っていなかったようだが、ライザ王女は強引にシャツをたくし上げていく。動かなかった肩をゴリゴリと動かされた俺は、泣きながら悲鳴をあげることしかできなかった。


 そんな俺を見て、姫様は嬉しそうに笑うのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る