第34話
ステラにおめでとうって声をかけようと思って入場通路までやって来たら、騎士の格好をしたおっさんにステラが話しかけられていた。
もしかして騎士団にスカウトとか?と思ったが、どうにもそんな穏やかな雰囲気ではない。
ステラは青い顔をしているし、それを見ておっさんは気色悪い顔をしている。とっととこの場から連れだしてやろうと思って近づいたら、おっさんはステラの頭を掴み、壁にぶつけやがった。
もちろんシールドなんて展開していないから、打ち付けた壁には血がうっすらと付いていた。
「俺の弟子に、何してんだよ」
自分でもビックリするくらい低い声が出た。まあ、目の前で自分の可愛い愛らしい弟子がケガさせられたんだ。俺も相当キレているんだろう。
元師匠との修行のおかげで、怒りの感情をコントロールできるようになった俺をキレさせるとは、大したものだ。
「貴様がソラ・タツミか?」
「その子を離せ!」
気色の悪い表情のまま、ステラの頭を鷲づかみにしているおっさんを怒鳴りつける。
あんな気色の悪い奴がステラに触れていると思うだけで、頭の血管の2、3本は切れてしまいそうだ。
「貴様も、ザニス様に無礼を働いたそうだな?」
「ザニスサマ?なんだよそれ?新しい珍獣の名前かなんかか?そんなことより、とっととステラからその気色悪い手を離せよ!」
「どこまでもふざけたガキが。そんなにこの娘を離して欲しければ、そうしてやろう!」
クソジジイが!いきなり身体強化をしたと思ったら、ステラの頭を上に振り上げて、そのまま地面に投げ捨てようとしやがった。
シールドが展開されてない今、そんなことをされればステラの頭が割れてしまう。
こちらも身体強化して、ステラの体が叩きつけられようとしている位置に滑り込み、ギリギリのところで抱き止めることに成功。そのまま後ろに飛び退いて、気色悪いおっさんから距離をとった。
「素早いガキだ。おい!貴様もその娘と同様に、ザニス様に無礼を働いた。重罪だ。このままカルボモニス領に連れ帰り、罰を与えることとしよう」
「珍獣に無礼を働いて重罪って、どんだけ稀少動物なんだよ。カルボナーラだかナポリタンだか知らないけど、稀少動物が住み着いてるような田舎なんかに行きたくないし」
「ソラ・タツミ!貴様どこまでも私をバカにしおって!」
気色悪いおっさんの影から、真っ赤な顔のお坊ちゃんが姿を現した。もしかして、おっさんの言っている『ざになんとか』とか『カルボナーラ』とかってのは、おぼっちゃんのことか?
「おぼっちゃん、これはどういうことなんだ?アンタはステラに負けたはずだよな?」
闘技で決められたことは絶対だ。負けたお坊ちゃんは、自分の領地の領民たちを自分と対等な人として扱わなければならない。
これは神々の制約により強制的に履行させられるので、お坊ちゃんが拒もうとも、抗うことはできない。
「ステラ・ランダーは私の領民だ。罪を犯せば罰を与える。人として当然のことであろうが!」
家畜ではなく、罪人として罰を与える。これなら、人として扱っているとは言える。制約のスキを上手くついた気になってるようだけど、考えが甘い。
「ソラ・タツミが、アンタに闘技を申し込む!」
お坊ちゃんが姑息な手段を用いるんなら、こっちは正面から正々堂々と受けて立つ。俺を怒らせたんだ。その責任は、しっかりととってもらおう。
「ふん。ガキの浅知恵よ。ならば、騎士ミシリガントがザニス・カルボモニス様の代理人としてその闘技を受けよう」
「・・・・・・そうくるか」
「闘技に代理人をたてることは禁止されていまい?」
競技としてではなく、本来の闘技においては、一方的な搾取ができないよう、弱い者や高齢者などが代理人を立てることができる。
国同士で利権を争うときには、国の代理人として有名な競技者が雇われることもざらにあるらしい。
まあ、こうなる可能性もあると思って、先ほど保健室でセーラ先生に左肩の治療をしてもらったわけだけど。
「神々の定めに従い、闘技の開催を許可します。闘技のルールを決めてください」
「スタンダードで良いか?」
「構わんが、貴様、本気でこの俺と闘技をするつもりか?」
おっさんの気色悪い顔から、ニタニタとした笑みが消え去る。
こちらを品定めでもするような視線を向けられて、思わず尻を押さえてしまった。まさかと思うが、主従でそっちの趣味じゃないだろうな。
「次に、勝者の権利について提示してください。今回は、できるだけ明確にお願いします」
闘技終了早々に、お坊ちゃんが制約のスキをついたから、神官さんもややご立腹のようだ。
「ステラ・ランダーとソラ・タツミの身柄の確保だ。罪人として身柄を拘束し、カルボモニス領に連れ帰って罰を与える」
お坊ちゃんはすでに勝ったかのように、自信満々と言った表情でそう告げた。よほどこのおっさんの強さを信頼しているんだろう。
「それじゃあ、俺が勝ったらお坊ちゃんとおっさんの身分を剥奪。それから、カルボナ?なんとか領?ええっと、ステラの出身の領地への立ち入りを禁止するよ」
「身分の剥奪だと?この私に、平民として生きろと言うのか!」
「どうとでもとってください、お坊ちゃま。まあ、そちらが勝てば良いだけでしょ?」
これ以上内容を深掘りされないように、とっとと話を流す。ステラにケガをさせておいて、そんなものですむと思うなよ、ボンボンめ。
「それでは、闘技の開始は今すぐ、と言いたいところではありますが、別の闘技を中断するわけにはまいりません。あと5試合ほどで1回戦の全ての試合が終わりますので、その後、ということでよろしいでしょうか?」
「構わん」
「俺もそれで大丈夫です。試合前にステラを保健室に連れて行っても良いでしょうか?」
「ええ、問題ありません」
神官さんからの許しをもらったので、俺はステラを抱き上げて保健室へと向かう。抱きかかえたステラは、規則的な呼吸を繰り返していたので少しだけ安堵した。
「ということで、ステラをお願いします。俺は気色の悪いおっさんと闘技してくるんで」
「ちょちょちょ!どういうことだか全っ然わかんねえよ!」
ステラの治療をお願いして保健室から退室しようとしたところで、セーラ先生に呼び止められた。俺としてもどうしてこうなったのかはわからないので、文句ならお坊ちゃんとおっさんに言って欲しいところだ。
「相手は国境を任されてる騎士なんだろ?学生が、そんなの相手に本当に勝てんのかよ」
「さあ?」
「さあって、負けたらお前もこっちの嬢ちゃんも罪人としてしょっぴかれんだろ?命の保証だってねえんだぞ」
勝てるかどうかなんて、やってみなきゃわからない。まあ、勝負にステラの命が乗っている時点で負けるつもりはないけど、勝算は全くない。
両肩の骨折は治してもらったけど、結局のところ、腕の魔力神経は焼き切れたまま。イスズ流の技はほとんど使えない状態。シールドを展開するにも、莫大な魔力を消費する始末だ。
「せめて、シールドの消費魔力が抑えられればなぁ」
「シールド?そうか、そう言えばあれが・・・・・・」
俺の独り言を拾ったセーラ先生は、荷物の山?に突入し、ごそごそと何かを探し始めた。ごそごそと動く度に大量のほこりが舞っているんだけど、ここ本当に保健室なのかな?
「ゲッホゲッホゲホ!ほれ、これを餞別にくれてやろう」
「うわ!」
セーラ先生が何かを放り投げてきたので、思わず悲鳴をあげてよけてしまった。ゴミかと思ったのでつい、ね。
「バカヤロウ!そいつは貴重な魔道具なんだぞ。しっかり受け止めろや」
「魔道具?ゴミじゃなくて?」
「愚者の腕輪。国宝の魔剣には劣るが、今の少年にはぴったりの魔道具だよ」
そう言いながら、セーラ先生はほこりまみれの腕輪を拾い上げた。
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