第35話





 セーラ先生にもらった腕輪を右の手首に装備して、俺は闘技場まで戻ることにした。ステラはケガを治してもらった後、まだ眠っていたので保健室においてきた。


 彼女が目を覚ましたときには、全てがうまく終わっていれば良いなぁ。





 先ほどまで活気に満ちあふれていた通路は、今は閑散としていた。


闘技場まで続く道を一歩一歩踏みしめていると、二年前の世界大会を思い出す。あの時も、通路は自分の足音が響き渡るほどに静まり返っていた。


 そして、長い通路を抜けると、世界が一変した。


「「「わあああああぁ!」」」


 俺が姿を現した瞬間に、大地が揺れるような大歓声が響き渡る。その歓声は、世界大会の決勝にも負けていなかった。


 さっきまではここまで盛り上がってなかったじゃんか。あくまで個人的な闘技なんだから、もっとひっそりとやらせてくれよ。


「ソラ~、負けんじゃねえぞコラアァ!」

「ソラく~ん!が~んばれ~!」


 リーゼントくんやエィリーンさんまで、声を振り絞って応援してくれているようだ。こういう時って、どんなにうるさくても身内の声は聞こえるんだから不思議なもんだよな。


「バカな奴め。闘技などしなければ、これほど大勢の前で恥をかかずにすんだものを」


 闘技場の中央まで歩くと、騎士のおっさんが不機嫌そうにそんなことを言ってくる。どうやらおっさんはもう勝った気でいるらしい。


 貴族に仕えている騎士と一般の学生とでは、勝負は目に見えているのかも知れないけど、それは相手をなめすぎなんじゃないか?


 いや、違うな。おっさんの腰には先ほどまでお坊ちゃんが装備していた魔剣がぶら下がっている。余裕な理由は間違いなくそれだろう。


 子ども同士のケンカに国家機密級の魔剣を持ち出すとか、大人げなさすぎる。


「これは貴様ごときに抜かんから安心しろ。これを抜いたら、痛めつける間もなく終わってしまうからな」


 どうやら俺が魔剣を見つめていたのに気づいたようだ。気味の悪いことを言っているが、表情は真剣そのもの。さすがに戦いの前に気を抜くことはしないらしい。


「もし危なくなったら、すぐにその剣を抜くことをオススメするよ」

「ふん。万が一にもあり得んことだ」


 再び不機嫌そうな顔をしながら、おっさんは別の長剣を取り出した。


造りは何の変哲もない鋼の剣だ?


「おっさん、その剣を使うのか?」


 思わず本気で尋ねてしまった。だって、ただの鋼だよ?


「貴様など、この剣で十分だろう?」

「あ、そっすか」


 まあ、腐っても騎士だ。何も考えずにただの鋼の剣を使っているなんてことはないだろう。


「それでは、ただいまよりザニス・カルボモニス対ソラ・タツミの闘技を開催します。ザニス君は騎士ミシリガントが代理人として戦います」


 いつの間にか姿を現した神官が俺たちの紹介をすると、歓声に包まれていた会場が、一斉のブーイングの嵐に変わる。


 そりゃあ、子どもの闘技の代理人にプロの騎士なんか連れて来れば、批判されるのは当然だろう。


 お坊ちゃんはかなり狼狽えているが、残念ながらおっさんは涼しい表情で受け流している。


「フィールド・オン!」


 今日はこの後も試合が詰まっているためか、ブーイングを鎮めることもせずにフィールドが張り巡らされた。


「両者、シールドを展開してください」

「おっとと」


 言われて通常通りにシールドを展開しそうになって、慌てて止めた。今日は腕輪のスイッチを一つ押すだけでよかったんだ。


 セーラ先生からもらった『愚者の腕輪』には、純白の魔石が一つはまっている。それを押すだけでシールドが自動で展開されると言ってた。


 言われた通りに魔石を押すと、全身からするりと魔力が抜かれる感覚があった。それと同時に、全身にシールドが展開する。


それはもちろん、両腕にもだ。


 意識的に魔力で包み込む必要が無いだけでもありがたいのに、いつものように大量の魔力を消費する必要も無いようだ。


「これは、すごいな」


 今まではシールド展開と同時にガンガン魔力を失っていたが、この腕輪があれば、昔のように魔力を使って技を出すことが出来る。しかも、相手は国境を守護するこの国の騎士。強敵だ。


 こんなにワクワクするのは、随分と久しぶりな気がする。思わず口元が緩んじゃうよ。


「ステータス・オープン!」




ベルネス・ミシリガント シールド残量

4638


ソラ・タツミ シールド残量

28366




「「は?」」


 表示された数値を見て、おっさんと同時に間の抜けた声をあげてしまった。


 いやいやいや。だって、国防を担う騎士なんだよね?シールド残量4638って、ルーキーをやっと卒業できるかどうかってレベルの数値じゃん!


 二年前のU15の世界大会だって、おっさんより数値が上の選手はたくさんいたよ?


 しかも、明らかに俺のシールド残量見てビックリしてるし。


 ま、まあ?ビックリしてるのはこっちを油断させるためかもしれないし?むしろそれしかシールド残量がないのか?って驚いてるだけかもしれないし?


 元師匠だって、シールド残量で相手の力量が測れるわけじゃないって言ってたしな。


 剣技主体の騎士なら、魔力なんて身体強化以外には使わないかもだし、油断だけはしないようにしよう。


 一つ大きく息を吐き、相手を見つめる。もう、周囲の歓声やブーイングは聞こえない。耳に届くのは、俺とおっさんの発する音だけだ。


 いい具合に集中できている。


 もう一つ息を吐いて、ゆっくりと腰を落として構えをとる。全身に巡る魔力に意識を伸ばす。


 いつでも身体強化を展開して飛び出せる。


「それでは、闘技、開始!」


 その声と同時に、身体強化を施して一息で加速する。


「イスズ流拳闘術・脚の型・牙壊!」


 わずか数瞬の間におっさんの左側に回り込んで牙壊を放つ。


「ふん。それは先の試合で見たわ!」


 拳で放つ牙壊に比べ、足で放つには一瞬の隙が出来てしまう。それに、事前にステラの牙壊を見られていたせいもあってか、俺の足にタイミングを合わせるようにおっさんの鋼の剣が直撃する。


 さすがは国防の騎士と言ったところか。


 タイミングを合わされてしまった俺の牙壊はおっさんの鋼の剣に防がれて・・・・・・


「「は?」」


 おっさんの鋼の剣は根元から砕け散り、そのまま俺の蹴りはおっさんの顔面にクリーンヒット。


 おっさんの体は宙を舞い、闘技場の端っこまで吹っ飛んで行った。


 今までこんなこと経験したこと無かったが、牙壊は文字通り、おっさんの牙を破壊してしまった。




ベルネス・ミシリガント シールド残量

1598


ソラ・タツミ シールド残量

28245




 おっさんはシールド残量を1000以上失う大ダメージ。さらには自分の武器さえも失ってしまった。


 だって鋼の剣なんだもん!


 ただの鋼が、身体強化した渾身の攻撃を防げるわけないじゃん!


 さすがに魔力でコーティングくらいしてると思ったよ?だって、ただの鋼の剣なんだから!


 仰向けで転がってるおっさんは、何が起こったのかわからないと言った表情だ。


 この国、どんだけ闘技に疎いんだよ!


「ま、まさか、剣を蹴り砕かれるとは。貴様、なかなかやるようだな」


 そう言いながら立ち上がるおっさんに、俺はどんな返答をするのが正解なんだろう。


 そう言えば、腕輪のおかげでシールド残量は身体強化に使用した魔力だけで済んだ。セーラ先生、ありがとうございます!


 久しぶりにワクワクする試合が出来ると思ったのに、現実逃避しかできなかったよ。


「良いだろう。こちらも、本気で相手をしてやる」


 ため息を一つ吐いてからおっさんに視線を戻すと、彼は魔剣の柄に両手をかけていた。





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