第36話





 おっさんは両脇に携えた魔剣の柄に手をかけ、迷うことなく抜き放つ。


 一つは紅の刀身をした長剣。炎をその身に宿したかのように紅く、強烈な熱量を孕んでいるようだ。


 一つは白銀の刀身をした短剣。透き通るような刀身からは、全ての物から熱を奪い去ってしまいそうな冷たさを感じる。


 国的にはこの魔剣が領地にないことがわかると、他国から攻められる可能性があると頭を抱えていた。


それほど強力な魔剣が、今俺の目の前にある。その剣にはどんな力があるのか、どうやって打ち倒してやろうか。


 そんなことを考えると、楽しくて仕方がない。


「あんまりガッカリさせないでくれよ、おっさん」

「抜かせ!ここからは、一方的に痛めつけるだけだ!」


 その言葉と同時に、白銀の短剣をこちらに向かって一振りする。もちろん物理的に届く距離ではないが、おっさんの足下からこちらに向かって、一瞬で地面が凍り付いていった。


 氷属性の魔法が封じられた魔剣か。見たまんまだな。


「足止め、かな?」


 会場中に吹き荒んだ冷気は、闘技場一面を凍りつかせた。それは俺の足元も例外では無く、足首から下が張り付いたように動かない。


「言っただろう、一方的に痛めつけると!」


 おっさんが紅の長剣をこちらに向けると、切っ先から炎の塊が噴き出してくる。炎の塊は爆ぜるように加速すると、真っ直ぐにこちらに向かって飛んでくる。


 ただ、それだけだった。


 氷の魔法で足を封じ、動けなくなったところを高火力の炎魔法で攻撃する。作戦としては実にシンプルだが、ハマれば強力なコンボ攻撃になるだろう。


 でも、こんな見え見えのコンボ、ハマる奴なんているんだろうか?


 氷魔法に触れた瞬間、足には魔力を集中させ、炎を付与している。燃えるように熱を持った俺の足は、すぐに氷を溶かしてしまったわけで。


「イスズ流拳闘術・脚の型・爆脚!」


 炎を纏ったまま、真っ直ぐに飛んできた火球を蹴り返す。着弾の際に爆発を巻き起こし、火球はさらに速度と威力を増しておっさんに向かって行った。


「ぬ、ぬおおおおお!」


 ギリギリのところで前転を決めて回避したようだ。そのまま直撃して終わってたら、さすがに興ざめだっただろう。


「貴様、なぜ動けるのだ!」

「氷を溶かしたからだけど?」

「バカな!フレアブレズの氷が、易々と溶かせるものか!」


 まあ、かなり魔力を消費したから易々と、ではないんだけど。こういう時は強がってみせるもんだよな。


「ぷぷぷ。俺の炎で溶けるくらいだから、大した威力じゃないんじゃない?」

「く、クソガキが!もう良い!これで終わらせてやる!」


 大して煽ったわけでもないんだけど、おっさんは一人でぶち切れてしまった。


 おっさんが白銀の短剣と紅の長剣を握りしめると、ぞっと背筋が冷たくなるほどの魔力が溢れ出す。


「フレアブレズ・エクスプロム!」


 短剣からは視界を白銀に覆うほどの猛吹雪が溢れ出し、対となる長剣からは紅蓮の炎が渦を巻いて噴き上がる。


 二つは左右から俺目掛けて襲い掛かり、ぶつかり合った氷と炎は大爆発を起こして闘技場の地面を吹き飛ばした。


「はぁ・・・はぁ・・・どうだ、魔双剣フレアブレズの威力は」

「まあ、結構すごいんじゃないの?」

「な、なななあぁ!」


 急激な魔力消費のせいで、肩で息をしていたおっさんは、俺の顔を見ると急に大口を開いて息を止めてしまう。


 さすがに息しないと死んじゃうから、ちゃんと呼吸してね?


「な、なぜまだ退場していない!」

「なぜって、あんな如何にも必殺技ですって攻撃が来たら、避けるに決まってるじゃん」

「左右から迫り来る攻撃を、避けることなど・・・・・・」


 まだ理解できていないおっさんに、にっこりと微笑んで人差し指を空に向けた。


 おっさんは俺の人差し指を見てから、空を仰いだ。


「空を、飛んだとでも言うのか?」

「まあ、そんなところかな」


 正確には身体強化で飛び上がって、爆発が起こる前におっさんの後ろに着地したんだけどね。


「今の攻撃、魔剣に蓄積された魔力だけじゃなくて、自分の魔力も相当使ったんだろ?今ので決められなかった時点で、おっさんの負けだよ」




ベルネス・ミシリガント シールド残量

83


ソラ・タツミ シールド残量

24095




 すでに結果は明白だ。魔剣は蓄積された魔力は無くなったし、おっさんも魔力を使った攻撃手段は無くなった。


俺の攻撃がかすりでもすれば退場。何もしなくても、数分でシールドを維持できなくなるだろう。


「き、貴様は何者だ!なぜこのような力を持っている!」

「俺はソラ・タツミ。ただの留学生で、あんたが散々バカにした、平民だよ」

「平民が、こんな力を持っているわけがない!平民は非力で、無能で、我らに搾取され、痛めつけられるしか取り柄の無い劣等種だ!」

「じゃあ、俺に負けるアンタは、劣等種以下ってことだ」

「違う!騎士は選ばれた存在。断じて、平民などには負けん!」


 そう言って、双剣を構えて突進してくる。


 長剣を振り下ろし、短剣で突きを放つ。そこから長剣の切り上げにつなげ、短剣での薙ぎ払い。


 身体強化を使わずに、高速でこれらを続けざまに繰り出すのはよほどの技量が必要だろうが、こちらの動きを全く見ていない。ただ力を誇示するだけの、独りよがりの剣だ。


「っぐは!」


 だから簡単に足を払われて転ばされる。


 何が起こったのかわからないのか、おっさんは口を開けたまま空を見上げている。


「誰かを踏みつけるだけのアンタが、騎士なんて名乗るなよ。まあ、これでもう騎士じゃなくなるか」

「ま、待て。待ってくれ。こ、今回の件は謝罪する。だから、ひ、引き分けにしよう」


 何言ってんだこのおっさん。闘技に引き分けなんかあるわけないじゃん。


 お互いに譲れないから戦っているんだ。どちらかが勝つまで、終わりはない。


「き、貴様とあの娘からは手を引こう。なんだったら、私からご領主様に口添えして、騎士に取り立ててやっても良い。国防の騎士となれるのだ。これ以上の名誉はないだろう?それに、騎士となれば領内の平民は自由にできる。痛めつけようが犯そうが、誰に咎められることも・・・・・・」

「イスズ流拳闘術・脚の型・風絶ち」


 不快なことを気色の悪い顔でしゃべり続けるおっさんの首に、一閃を叩きこむ。シールド残量が尽きたおっさんはそのまま退場していった。


 実際に首と胴を断ち切る事が出来なかったのが残念で仕方ないが、これでおっさんは騎士では無く、ただのおっさんになったわけだ。自分が散々踏みつけてきた、劣等種とやらに。


「勝者、ソラ・タツミ!」


 神官の宣言と共に、会場中から喝采が巻き起こる。


 試合前の歓声以上の祝福の声が、闘技場を揺らしていた。勝利の余韻に浸りたいところだが、こちらも色々と限界なので、客席に軽く手を振るって、通路へと入って行く。


 あと少し。


 もう少しで、観客席から姿が見えなくなる。


「ここなら、大丈夫か、な」


 壁に寄りかかろうとしたところで、足に力が入らなくなり、そのまま前のめりになって倒れてしまう。


「無理しやがって」


 頭の上から、セーラ先生の声が降ってくる。こうなることがわかっていて、ここで待機してくれていたんだろう。


「そ、ソラ君?え?セーラ先生、ソラ君、どうしちゃったんですか?」

「ステラ?目が、覚めたんだ」

「わ、私のことなんかどうでも良いです。そ、ソラ君こそ、大丈夫なんですか?」


 大丈夫じゃないよ。全身が焼けるようにヒリヒリするし、足なんかもう動かせそうにない。


 でも、競技者だったらさ。


 勝った時くらい、カッコつけなきゃダメだろ?






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