第37話





「遅い!」


 ステラさんをねぎらいに行ったタツミ君は、いくら待っても全然帰って来ない。


 試合の反省会とか、次の試合の対策とかしてるのかな?


それにしても遅いよ。もう1回戦の最終試合が始まっちゃった。久々にタツミ君と一緒にいられると思ったのに、友達のアタシより、弟子のステラさんの方が大事なのかなぁ。


「やっぱり、アタシもタツミ君の弟子にしてもらわなきゃ!」

「ふふふ、あまりソラ君に無理を言ってはダメよ?あなたは自分の立場を忘れたのかしら?」

「・・・・・・はい、お母様」


 そうなんだよねぇ。アタシ、一応イザイル王国の第一王女だから、『お願い』が『命令』になっちゃう。だから、なかなか心を許せる会話っていうのができないし、人と距離をとってしまいがちになってしまう。


 友達だって、なかなかできないし。


 本当の意味でタツミ君と友達になれたわけじゃないってこともわかってる。


 今日だって、王族の権力で無理矢理連れて来ちゃってたし。今のままじゃダメなんだよ。もっと、タツミ君から心を開いてくれるように努力しなきゃ!


 そんなことを考えているうちに、1回戦の最終試合が終わってしまった。この後は、すぐに2回戦が始まるはずだった。なのに、なぜか会場の中心には神官様が姿を現した?


「どうなっておるのだ?学校のランキング戦では、教師が審判を務めることとなっていたはずだが」


 突然の事態に、お父様も首を傾げている。


 そんな疑問は、すぐに神官様の口から答えが告げられることになった。


「先ほど、ソラ・タツミ君からザニス・カルボモニス君に対して闘技の申請がありました。神々の定めに従い、闘技が開催されることとなりました」


 タツミ君は何をやってるんだろう。ステラさんをねぎらいに行ったはずなのに、どうしてザニスなんかと闘技することになってるの!どうせザニスが難癖つけたりとかしたんだろうけど。


「なお、ザニス君は騎士ベルネス・ミシリガントが代理人を務めます」

「「「ぶ~ぶ~!」」」


 会場中には大ブーイングが巻き起こる。子ども同士の闘技に、明らかに格上の、それも国防の騎士を代理人に立てたのだから、当然のことだ。


 その当然が、この国の貴族や騎士たちには理解できない。闘技を下賎な見世物を卑下し、貴族が平民と対等に戦うなどあり得ないと思っているからだ。


 低俗な闘技など行うべきではない、そう言われ始めたの、いつの頃からだっただろう。アタシがまだ小さかった頃は、そこまで闘技を低く見る風潮はなかったと思うんだけど。


 ていうか、え?タツミ君、騎士ミシリガントと討議するの!


 ブーイングが巻き起こる中入場してきたザニスは、明らかに怯えている様子だ。それに対して騎士ミシリガントは、不気味に微笑んでいる。


「魔剣フレアブリズだけでなく、騎士ミシリガントまでここにいるとは。カルボモニス家は一体何をやっておるのだ!」


 お父様の一声で、思考の海から引き上げられる。


 魔剣フレアブリズと騎士ミシリガントがカルボモニス領にない。そう思われれば、隣国から闘技を申し込まれる可能性は非常に高い。


 グリスト近衛騎士団長を向かわせたとは言え、王都からカルボモニス領までは、王族専用の魔導列車に乗っても1日はかかる。


 もしタツミ君の闘技が始まってすぐに隣国から利権をかけた闘技の申し込みでもされれば、護りを失ったカルボモニス領からほとんどのものを奪われてしまうんじゃないか。


「周辺の領地から騎士を動かすわけにもいかんし、魔剣フレアブリズを抜かぬように騎士ミシリガントに命令するしか・・・・・・」

「「「わあああああぁ!」」」


 お父様の声をかき消すように、会場中から歓声が響き渡った。貴賓席の中には幾重もの結界が施されているけど、響き渡る大音量の声は、確実に貴賓席まで震わせていた。


 生徒たちが歓声をあげた理由。それは、遙か格上の騎士に挑む生徒が会場に姿を現したからに他ならない。


 大歓声に一瞬動揺したようだが、タツミ君はすぐに落ち着きを取り戻して闘技場の中心まで歩いて来た。


 ドクンと、心臓が跳ね上がった。その理由はわからないけど、あそこに立つタツミ君の姿から、目を離すことができなかった。




 試合開始と同時に、タツミ君の姿が消える。さっきのステラさんと全く同じ動きだ。


 アタシもタツミ君に身体強化を教えてもらえれば、あんな風に動けるようになるのかな?などと考えていたら、騎士ミシリガントの真横に、タツミ君が出現した。それとほぼ同時に、タツミ君の蹴りが放たれる。


 騎士ミシリガントは余裕を持ってその蹴りを剣で受け止めたが、次の瞬間には剣が粉々に砕け散り、護る物が何も無くなった騎士ミシリガントの顔面に、タツミ君の蹴りが直撃した。


「け、剣をただの蹴りで砕いたというのか?入学したばかりの生徒が?」


 後ろで控えていた騎士の一人が驚きの声をあげていた。アタシだってビックリだよ。木でできた模造品でも砕くかのような気軽さで剣を砕かないでよ!


「信じられん。騎士ミシリガントがここまで一方的にやられるとは」


 国防を任せられるのは、国でも指折りの騎士たちだ。騎士ミシリガントもその例に漏れるわけがない。強いからこそ、王家秘蔵の魔剣を貸し与えているんだから。


「ついに抜いちゃったかぁ」


 武器を失った騎士ミシリガントは、迷うことなく魔剣を抜き放った。せめてこれが、国同士の闘技だったなら、世界中に配信されることはなかったのに。


 おかげさまで、イザイル王国が所有する魔剣の一つが、世界中に知られることになってしまった。


「ば、バカな!なぜあの氷から抜け出すことができるんだ」

「あの炎をけ、蹴り返すだと!」


 魔剣を使っても、騎士ミシリガントが優生になることはなかった。


闘技が始まってみたらあまりにも一方的で、騎士ミシリガントは双魔剣フレアブリズの特性を全てさらけ出して負けてしまった。


「姫様、騎士ミシリガントはこの国でも上位の実力を持つ騎士です。国防の任で何度も他国の騎士に勝利しています。それほどの騎士が、まるで子ども扱いだ。あの少年は、一体何者なのですか?」

「ともだち!」


 そうじゃない、という空気が流れたけど、今はそれ以上語れない。どうせあなたたちだって、競技者や闘技を低く見てるんだから。


 だから、この国は・・・・・・


「さてと、それじゃ、アタシはタツミ君のところに行ってくるね?お父様たちも、騎士ミシリガント・・・・・・身分の無いベルネスたちに用があるんじゃない?」


 さっきのベルネスの話しぶりから、カルバモニス領の統治体制に問題があるのは明白だ。彼を始め、特権階級にある者たちへの事情聴取は必要だし、場合によっては粛清する必要だってあるだろう。


 そういう政治的な面倒臭いことは、国王陛下に丸投げして、アタシは大切な友達に、おめでとうって伝えに行かなきゃ!




 そう思ってタツミ君が退場した通路に向かったんだけど、そこにはなぜか、顔面が陥没している、たぶんベルネスだろう男と、やけに立派な装飾を施された剣の柄を握りしめて半べそかいてるステラさんがいた。


「ひ、姫様!こ、これは違うんですうぅ!」


 何が違うんだかわからないけど、ステラさんが握りしめてる剣の柄って、もしかしてだけど、双魔剣フレアブレズのじゃないよね?


 柄があるのに、刀身が無いのはなんでなのおおおおおおぉ!






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