第26話
「闘技で決着だと!なんと野蛮なことか。貴族が平民に対して行うのは命令だけだ。闘技の勝敗で平民が貴族に命令などと」
最初に口を開いたのは、なんとお坊ちゃまだった。さっきまで真っ青だった顔が、すでに真っ赤に染まっている。あんまり急激に血圧が上がると倒れるよ?
それに、随分と見当違いの言い分だ。
「この国の御貴族様のルールは知りませんけどね。夫婦ゲンカから国通しの利権争いまで、両者の意見が一致しなければ闘技で決着をつける。これは世界の常識ですよ?」
「そんなもの、権力を持たない蛮族の世迷い言だ!」
いやいや、世間知らずにも程があるだろ。アンタなんの学校に通ってんだよ。
「じゃあ、お坊ちゃんはこのままライザ王女殿下にお持ち帰りされて、あれやこれやとされるわけですが、よろしいんですか?」
「ちょっと!アタシあんなのお持ち帰りしたくないんですけど?」
「ひ、姫様」
なんか助けられた見たいな顔してるけど、どう聞いてもディスられてるからね。このままだとお坊ちゃん、お持ち帰りされずにこの場で首と胴がお別れしかねないからね?
まあ、どのみち組み合わせで決まった以上、闘技からは逃げられないんだけど。
「わ、私は、ランキング戦で、ざ、ザニス・カルボモニス様に、と、闘技を申し込みます!」
唐突に、背後から聞き慣れた声が聞こえた。必死に絞り出したであろうその声は震えていたが、決意に満ちたものだった。
「平民風情が、何を・・・・・・」
「神々の定めに従い、闘技の開催を許可します」
その決意を、神々が聞き逃すわけはなく、その代行者はやって来る。
「ルールはランキング戦と同様、個人戦、基礎ルールでの開催となります」
「貴様!突然現れて、何を勝手に仕切っているのだ。私はまだ受けるなど・・・・・・」
「辞退なされるのであれば、ザニス・カルボモニス様の不戦敗となりますが、よろしいですか?」
「ふざけるな!両者の同意も無しに!」
「国を問わず、育成学校内では申し込まれた時点で全ての闘技は承認されます。入学時に、説明があったはずですが?」
そんな説明、聞いた覚えないなぁ。あ、周囲のみんながうんうん納得してるから、おそらくそうなのだろう。
「それでは、勝者の権利について、両者、ご提示願います」
「わ、私が勝ったら、私に、村のみんなにひどいことしないでください。私たちは貴方の所有物なんかじゃない。私たちを、対等な人間として扱ってください!」
瞳いっぱいの涙を、ポロポロとこぼれ落ちさせながらステラは叫ぶ。
「ふ、ふざけるな!平民風情を我々と対等に扱えだと!思い上がるなよ」
「では、ザニス様の勝利の権利は、『ふざけるな』でよろしいですね?」
「ぷぷ。ふざけないで対応すれば、対等の付き合いでも良いってわけだな」
「どこまでもふざけたことを。ならば、私が勝ったら貴様、一生俺の奴隷となれ!」
そう言って、俺を指差すお坊ちゃん。
差し間違いではないのかと、お坊ちゃんの指先から少しずれてみると、追うようにして指先を動かした。
「男色家?」
「違うわ!」
「お、おいおいステラ、このお坊ちゃまやばいぞ。お、俺で、え、エロいことをしようと・・・・・・」
「そ、そんな。ソラ君の貞操が、ザニス様に奪われてしまうなんて!」
「やっぱりこの国の貴族は頭おかしいだろ!」
「おかしいのは貴様の頭だ!貴族が奴隷相手に夜伽など申しつけるわけがなかろう!」
「待って、あいつ今、男色を否定しなかったよ?」
「ひ、姫様、違います!私に男色の趣向などありません。そこの男は、地下牢に入れ、気の向くままに暴力でいたぶってやろうと」
「それで興奮するってこと?」
イザイル王国、業が深すぎる。卒業後は、とっととこの国から去った方が良さそうだな。
「お待ちください。これはステラ様とザニス様の闘技です。無関係のソラ様を勝利の権利とすることは・・・・・・」
口を挟もうとしてきた神官の肩に、そっと手をかける。せっかく面白くなってきたのに、こんなところでご破算にするわけにはいかない。
闘技はエンターテインメントなんだから、面白くしないとダメだろ。
「お坊ちゃんが勝てば、俺が奴隷でもなんでもなってやる」
「そ、ソラ君。それは」
大丈夫だ。そう伝えるために、ステラの頭に手を置いて、彼女の瞳を見つめる。
「ステラが勝つんだ。問題無いだろ?」
ステラは俺の目を見つめ返し、深くうなずいた。
「神官さん。こちらはなんの問題も無いよ」
「・・・・・・わかりました。それでは、正式な闘技として受理いたします」
そう言い残して、神官は姿を消した。
これで、逃げ隠れはできなくなった。まあ、最初から逃げる気なんてないけどさ。
「お坊ちゃんも、これで逃げられなくなりましたよ?」
「ふん。私は逃げるようなことはしない。貴様も逃げるなよ」
捨て台詞を残して去って行く雑魚キャラのように、お坊ちゃんは去って行った。実力的にはまさに雑魚キャラなのだが、貴族と言うだけでどうしてあそこまで偉そうに振る舞えるのか。
「はっはっは。相続権を持っていない三男とは言え、貴族相手によく言ったな」
お坊ちゃんが去って行った方角とは別の方から、一人のおっさんが大勢の騎士を引き連れてやって来る。
騎士を引き連れているということは、そういうことなのだろう。俺はステラを後ろにかばいながら、ライザ王女から距離を取ろうとして、がしっと手首を捕まれてしまう。
「ちょっと姫様、離してくれる?そっちの手、この前セーラ先生に治してもらったばっかりだから」
「逃げなくても良いでしょ?せっかくお父様がタツミ君に会いに来たのに」
「一国の王様が俺なんかに会いに来るわけないだろ。姫様に会いに来たんじゃないの」
「違うもん。さっきお父様に紹介したい人がいるって言ったから来たんだよ」
「ちょっと!それ、うちの国じゃ結婚相手を親に紹介するときに言う台詞なんだけど!」
「もう!結婚相手でも友人でもなんでも良いから、ちゃんと挨拶して」
それはなんでも良くないだろ、と思いながらも、ライザ王女に腕を掴まれたまま、ずるずると国王陛下のもとへと引きずられていく。
そんな俺の姿を見て、ステラは俺から視線をそらした。確かに自国の国王の前に出るのは嫌だよね。俺だって嫌なんですけどね。
国王陛下は、ニコニコと笑みを浮かべて人の良さそうな空気を纏っている。
「お父様、紹介いたします」
そう言って、ライザ王女は俺を手で指し示した。
「・・・・・・?」
紹介します、と言われたきりで、いつまで経っても紹介していただけないのですが?そんな視線を向けてみる。
「自分から名乗るんだよ。ちゃんと挨拶してって言ったでしょ」
「だって、姫様が紹介しますって言ったから、紹介してもらえるのかと思って」
「この人はアタシが連れてきた人ですよって意味だよ。国王陛下に名乗れるなんて、とっても名誉なことなんだから」
「そんなの知らないよ。他国の国王相手に名乗ったからって、別に名誉でもなんでもないし」
「そろそろ良いかな?」
顔を近づけていつまでもヒソヒソ話していたのがいけなかったのか、国王陛下は笑みを浮かべながらも、眉がピクピクしている。
「失礼しました、陛下。イズミの国、ムサシ出身、ソラ・タツミと申します」
「ソラ・タツミ君。とりあえず、ちょっとうちの娘から離れてくれるかな?」
そう言って、国王陛下は笑いながら帯刀していた剣を抜き放った。
穏やかな空気はどこへやら。陛下の纏っていた空気が一瞬で凍り付いた。
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