第27話




「さて、カルボモニス家の小倅とのやりとりは見させてもらった。この国では、貴族を相手取ってあそこまで小馬鹿にできる者がいないからな。実に楽しませてもらった」


 ゆらゆらと、全身を揺らしながら国王は近づいてくる。片手に剣を携えていなくても十分に恐ろしい。


「それから、学校では娘のライザが世話になっていると聞く。ありがとう」

「い、いえ。陛下から御礼の言葉を賜るとは、とんでもないことでございます」

「はっはっは。気にすることはない。社交辞令だ」


 それ、思ってても直接言っちゃダメなやつなのでは?それに国王陛下、さっきから全然殺気を隠し切れていないのですが。


 どう考えてもその殺気は俺に向けられているのだが、隣に立っているライザ王女はなぜかニッコニコで笑っていやがる。


「ちょっと姫様。なんで王様、あんなに殺気を放ってるんだよ」


 小声でそう告げると、ライザ王女はコテンと首を傾げる。競技者目指してるのに、どうしてあのレベルの殺気がわからないんですかね。


「ソラ・タツミ君。さっきから、ライザとの距離が近くないかな?」

「も、申し訳ありません!」

「あ、ちょっと待ってよ」


 国王陛下にそう言われ、慌ててライザ王女から距離を取ろうとしたのに、どうして俺の腕に自分の腕を絡めてくるんだこのポンコツ王女は!


 この国の貴族は選民意識が強いんだから、貴族の長である王族が、他国の平民を紹介したり、並んで歩いているのが気に食わないんだろう。だから殺気をダダ漏れにさせているんだ。


 それなのに、俺の腕に抱きついちゃ、火に油を注ぐようなものだぞ。


「ライザ!人前で男に体を寄せるとは何事だ。早く離れなさい!」

「い~や~!」


 ほらほら、平民にひっつくもんだから、国王陛下カンカンじゃんか。俺としても、腕にやわこい感触が伝わってくるので、できれば早く離していただきたい。


「いいか、ソラ・タツミ君。私はね、ライザのところにやって来る縁談は、国内外問わず全て退けている。相手が大国だろうが強国だろうが関係なくだ。この意味がわかるか?」

「すいません、全くわからないです」

「うちの可愛い可愛い娘を、他の男にやりたくないからだああああああ!」


 とうとう我慢の限界に達したのか、抜き身の剣を振り上げてこちらに突撃してくる。それを見て、ライザ王女はよりにもよって俺の腕にぎゅっとしがみついてきたので、一人で逃げるのはあきらめてまさにお姫様抱っこする。


「うちの娘に何をするかあああああああああ!」


 お姫様抱っこがお気に召さなかったらしく、国王陛下は剣を勢いよく振り下ろす。ちょっと王様、それがあたってたら、俺じゃなくてアンタの大事な娘が斬られてたからね?


「へ、陛下、落ち着いて!」

「娘が目の前でお姫様抱っこなんぞされて、落ち着いていられるかああああああ!」


 もう言葉は通じないんだろう。ライザ王女はどうでも良いんだけど、これ以上悪目立ちして俺やステラに迷惑がかかるのは大問題だ。あと、これ以上王族からケガをさせられたくない。


 というわけで、ライザ王女を右腕だけで必死に抱えたまま、上空へと飛び上がる。


 いくつかの足場を魔力で展開し、それを駆け上がるようにして国王の手が届かない遙か上空へ。


「クソガキがあああああ!娘を返せええええ!」


 手は届かないが、声はしっかりと聞こえて来た。そんな大声で騒がれると、集まってきた人たちに聞こえちゃうんじゃ・・・・・・今更か。


「姫様、これどうすんの?どうしたら良い?」

「見て見て、学校があんなに小さく見えるよ。こんな高いところ、アタシ初めてだよ」


 俺の気持ちなんか気にもせず、満面の笑みで大空を楽しまれているライザ王女。アンタのせいでこうなったんだから、どうにか国王陛下をなだめてもらいたい。


「俺、下に降りたら捕まったりしないよね?」

「なんで?」

「王女誘拐の罪とか?」

「ふふ、アタシのこと、さらってくれるの?」


 上空で吹く風に煽られた髪を抑えながら、ライザ王女は笑顔を向けてくる。さすがは王女殿下、何も言わなければ絵になる。


 ただ、今は見とれている場合ではないし、精神的にときめいてる余裕もない。


「あんまふざけたこと言うと、このまま落とすからね?」

「ご、ごめんって。ちょっと冗談言っただけじゃん。大丈夫、ちゃんとタツミ君のことは護ってあげるよ」


 そう言われても信用なんぞできないが、下に残してきたステラが心配だ。信用できなくても、戻るしかない。


「もしステラが捕まってたら、この高さから国王の目の前に落っことすからね?」

「そ、それも冗談だよね?」

「・・・・・・」


 ライザ王女の質問に、無言で返答する。だって冗談じゃないからね。


「う、うわあ」


 ある程度の覚悟を決めて下に降りたのに、なぜか国王陛下は縛り上げられており、口にはギャクボ・・・・・・猿轡が装着されていた。


 ドン引きしている俺をよそに、ライザ王女は随分と落ち着いた様子で、転がっている自分の父親に近づいていった。


「お父様、これでやっと落ち着いて話ができるね」

「うううぅ!ぐうううぅ!」


 娘の話に、うなり声で返答する父親。これがイザイル王家のクオリティか。


 今からでも、他国に転校しようかと本気で考えてしまうレベルだよ。


「タツミ君、とっても素敵な人でしょ?」

「ヴウウウゥ!グヴウウウゥ!」

「これからね、もっとちゃんと仲良くなりたいと思ってるの」

「う、ううぅ」


 コイツ、わざと言ってるんじゃないだろうな。どう聞いたって、友人を紹介するそれではない。本当に婚約者でも紹介してるみたいだ。国王陛下、あまりの衝撃に涙流してるじゃんか。


「それでね、タツミ君の腕、治してあげたいの」

「え?ちょっと姫様」

「タツミ君のケガは、アタシのせい。だから、どうしても治してあげたいの」


 肩のケガは間違いなくライザ王女のせい。だけど、腕の魔力神経を焼き切ったのは俺のせいだ。


 どうにかして俺の腕も治してくれようとするのはありがたいのだが、自分を貶めて嘘をついてまで、俺の腕を気にかけるのだろうか。


「ダメかな、お父様。もしダメだって言うなら、アタシ、生涯タツミ君のお世話をしようと思うんだけど」

「ヴモオオオォ!ヴバアアアァ!」

「だって、それだけのこと、してもらったよ?」

「う、ううぅ・・・・・・」


 その言葉を聞いて、国王陛下は納得したような、あきらめたような表情でうなった。


 国王陛下はうなりながら後ろに控えていた騎士に視線を送ると、咥えさせられて猿轡が外された。


「やはり、ソラ・タツミ君がそうだったか。ライザを嫁に出すくらいなら、治療を認めよう」

「ありがとう、お父様」

「良いか、治療するだけだぞ!それ以上は認めないからな!」


 話の内容は全くわからなかったが、なぜか腕の治療をしてもらえるようになった。俺としてはこれ以上ないほど嬉しい話だが、今ひとつ腑に落ちない。


 このままなし崩し的に治療を受けてはいけないような気がした。


「姫様、やっぱり治療は受けられないよ」

「貴様!ライザを嫁によこせと言うのか!」

「いや、一国の姫なんて嫁にはいらないですが」

「ふむ、ならば良い」


 いいんかい。そこは、ライザでは不服と申すか!ってキレるところじゃないのか。


「そうじゃなくてですね、このケガは俺の未熟さのせいで負ったものです。姫様に責任なんて・・・・・・」

「あるんだよ!アタシのせいなんだ。だから、アタシはそのケガを治してあげたい」

「はあ、ソラ・タツミ君。これは王ではなく、ライザの父としての願いだ。どうか、治療を受けて欲しい。あと、娘は絶対に嫁にやらん!」


 どうやら、これは断れないようだ?






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