第28話





「とゆーわけで、王家からたんまりの研究費をもらった。こんだけありゃ、3年なんてけちくせーこと言わねーで、もっと早く治せるかもな~」


 久しぶりに保健室にやって来て早々、セーラ先生のご満悦な笑顔に迎えられた。


 アンタ、それは研究費じゃなくて俺の治療費だからね?早く治してもらえるのはありがたいことだけど、目的は俺の治療で、研究じゃないからね?


「肩の治療をほっぽり出して何やってるかと思ったら。どうやって国王陛下からこんな大金をせしめてきたんだ?こりゃ、国家予算じゃなくて王家の私産だぞ」

「そんなの、お姫様に聞いてくださいよ。また自分のせいだって言ってごり押ししようとしたんです」


 ライザ王女は、グルグル巻きに縛り上げられた国王陛下と一緒にどこかへ行ってしまった。


 金額は知らないが、なぜ他国の留学生でしかない俺にこんな大金を出してくれたのかは、俺が一番聞きたいところだ。


「姫様か。少年、姫様の弱みでも握ってんのか?」


 姫様の弱み、といえば一つだけ握っている。彼女がぼっちで、昼休みは一人さみしく校舎裏でお弁当を食べていることや、実技の時間に組む相手がいないことを。


 ライザ王女、そこまでして自分のぼっちを父親に知られたくなかったのか。


「初めてできた友達だって喜んでたからな。友達が困っていたから、何かしてやりたかっただけかもしんねえけどな」


 そんなんで10億以上の大金を父親に出させるとか、姫様の友情が重すぎるんですが?


 どちらかと言えば、ぼっちを父親に隠したいのだろう。


「まあ、理由なんて少年にはどうでも良いだろ?恩情を与えるのは王家の役目だし、恩を受けたと思えば、これから少年が返していけば良いんじゃねえの?」

「そんな、適当な。相手は王家ですよ?」

「つっても私産をよこしたわけだからな。国王としてじゃなく、一人の人としてってことだろ?だったら少年も、一人の人としてその恩を返していけば良いのさ。少年の両腕と釣り合うだけの恩をな」


 そりゃ、相当大きな恩情をかけられたものだ。俺にとっての両腕は、競技者としての生命線と言って良い。


 釣り合いを取るなら、競技者としての全てをこの国にかけないといけなくなるな。


 それが目的でこんな高額の金を?いやいや、ないだろ。この国は競技者や闘技を低く見ている。優秀な競技者を確保したい、なんてことに金をかけることはしない国だ。


 となると、結局最初の疑問に戻る。なぜ俺にこんな大金を?


 答えは国王陛下とライザ王女しか知らない。国王陛下とは、おそらくもう話をする機会なんてないだろうし、ライザ王女も話してくれなさそうだ。


 だったら俺は、世界一の競技者になって、母校はイザイル王国の養成学校だと高らかに宣言しよう。そして、もしこの国に競技者として助けが必要になったときには、真っ先に駆けつけてやろう。


「腕の治療を始めるには、ちょっとばかし時間をもらいてえ。少し、研究したいことがあってな」

「わかりました。俺としては、この腕が治るんなら、いつまでだって待てます」

「おうよ。それは任せとけ。んで?肩の方はどうすんだ?結局ランキング戦も欠場にしたんだろ?」

「今は、ステラの修行に少しでも専念してやりたくて。なので、セーラ先生にお願いがあるんですけど・・・・・・」


 セーラ先生に一つのお願いをして、保健室を後にした。あまり使いたくない方法だが、おそらく最後には必要になるだろうからなぁ。






「はっはっは、捕まえてごら~ん」

「ま、まま、待って、はぁ、はぁ、くださ、はぁ、はぁ」


 訓練場の一つを借りて、俺とステラは追いかけっこをしている。


 キャッキャウフフと砂浜での追いかけっこではない。身体強化を行った全力の追いかけっこだ。


 ステラは身体強化を取得したばかりなので、まずは動く練習をと思っての追いかけっこだ。


 ちなみに俺が身体強化を取得したばかりの頃は、元師匠にどこかもわからない大森林のど真ん中に置き去りにされて、魔物たちから逃げ回る訓練をさせられていた。あの時は、何度魔獣にお尻を噛まれたことか・・・・・・


「はぁ、はぁ・・・全然、追いつけません」

「だいぶ身体強化の持続時間が延びてきたね。あとは、もう少し速度を上げられるようになろうか」

「はぁ、まだ、はぁ、早くなるんですか?」

「だって、俺はまだ全然本気出してないし。最低でも今の俺に追いつけるようにならないと、攻撃を当てることも難しいんじゃないかな」


 そうは言ったが、身体強化だけ見れば、同学年の中では確実に上位に入るだろう。


 あの怪力だから、身体強化して殴るだけで相手のシールドに大ダメージを与えることができそうだが、それを当てる技術が圧倒的に足りないのだ。


 だから、一瞬で相手に近づいて必殺の一撃を叩き込むための技術を会得する必要がある。


 イスズ流拳闘術・牙壊(がかい)


 俺が昔、闘技で使っていた技の一つであり、初めて元師匠から教えてもらった技だ。


 牙壊をランキング戦までに取得する。そうすれば、あのお坊ちゃまだけでなく、Aクラスの生徒にも勝てるかもしれない。


 ただ、時間が圧倒的に足りないのが問題なんだけど。


 牙壊は一瞬で相手の意識外に踏み込んで、強化した拳を叩き込む。実にシンプルではあるが、それ故に身体強化で加速した体を自在に操れなければお話にならない。


 ステラはまだその前段階。身体強化して高速で動くけるようにならなければ、技の修行には移れないんだよなぁ。


「ステラ、まだ身体強化にはなれない?」

「い、いえ。そんなことはないです。力はすごくみなぎる感じがします。今なら、この訓練場を殴り壊せそうです!」

「お、おう」


 それは是非ともやめていただきたい。絶対にその状態で俺を殴るのもやめて欲しい。風圧だけでも壁に大穴があきそうだからね。拳を躱しても、風圧で圧死しそうです。


 でも、そこまで力が溢れている感じがするのなら、どうして速度は上がらないんだ?


「身体強化をして、そのままそこに立っててくれる?」

「わ、わかりました」


 魔力の流れを見ることができる眼鏡。もう返さなくても良さそうなそれを使って、ステラの様子を見る。


 淀みなく、全身に魔力を循環することができているようだが、その動きは実にゆっくりだった。


 魔力循環の速度が遅いから、身体の速度もあまり早くならないのだろうか?


「魔力の流れをもう少し早くできそう?」

「や、やってみます」


 ステラは瞳を閉じて魔力の循環を試みる。意識して多少速度は上がったが、それでもほとんど変わっていないような気がする。


「う~ん。なら、全身に流す魔力の量を増やしてみる?今のステラなら、この倍くらいは流しても大丈夫そうだけど」


 身体強化の修行を始めてから、ステラの魔力量はかなり多くなった。今の倍くらいなら、1時間くらい強化を続けても魔力切れにはならないだろう。


 再び目を閉じて集中したステラは、俺の要望通り先ほどの倍で魔力を流し始める。しっかりと一定量、一定速度で循環できている。


 試しにもう一度追いかけっこをしてみたが、結果は先ほどとほとんどかわらなかった。


「やっぱり、魔力循環の速度を上げてみるしかないか」

「あ、あの・・・・・・それなら、私に良い案が、あるんですけど」

「本当!なら、早速試してみようよ」


 そんな方法があるなら、すぐに言ってくれれば良いのに。そう思ってステラに視線を向けると、なぜか彼女は、両腕を広げて俺を待っていた。


「ステラさん?なに、それ」

「こ、この前みたいに、ぎゅっとしてくれれば、できると思います」


 この日、俺の心拍数は過去最高値を記録しただろう。






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