第29話




 果たして俺は何をしているのだろうか?


 身体強化の修行をしていたつもりが、なぜか訓練場の中心で同級生の女の子と抱き合っている。その意図は全くわからず、わかるのは、ステラの香りと柔らかさ。それから、うるさいほどに高速で鳴り響く俺の心音だ。


「トクトクトクトク・・・・・・」


 ちょっとステラさん人の胸の中で人の心音口ずさむのやめてください!声を出す度に胸に温かい息がかかるし、唇が胸元にあたってくすぐったいんです。


「いける気がします」


 そう言って立ち上がったステラは、俺から距離を取って目を閉じる。身体強化を始めたのだと思い、俺は眼鏡をかけてステラを見つめる。


「おお!できてる」


 先ほどに比べて、明らかに魔力の循環速度が早くなっている。どうしていきなりできるようになったのかわからないけど。


「ステラ、そのまま俺を捕まえて・・・・・・」


 そう言いながら、俺も身体強化して後ろに跳躍する。


「捕まえました!」


 ステラから目を離したわけではなかった。しかし、俺が身体強化を施してから後ろに飛ぶまでのほんのわずかな隙に、ステラは俺の背後に回り込み、両手でぎゅっと俺の体に抱きついていた。


「よくやった」


 一言そう告げて、ステラの腕の中から抜け出す。


 今の状態で本気で抱きしめられたら、俺のか細い体は粉々になってしまうかもしれないからね。


「初めてでよく俺の背後まで回り込めたね。あれだけ速度が上がったら、急な方向転換は難しいのに」

「動画で何回も見てたので、イメージ通り体が動きました!」

「動画?」

「あ、いや、身体強化の、動画です」


プロ・アマ問わずに自分の技術を動画にして投稿している人もいるから、そういうのを見て勉強していたんだろうか。中には動画を細かく編集してわかりやすく解説してくれる人もいるので、見るだけで勉強になるものも多いからな。


「じゃあ、今の感覚を忘れないうちに、もう少し追いかけっこをしようか。今度は、俺ももう少し速度を上げるから」

「あの、ソラ君は、本気だとどれだけ早いんですか?」


 本気の速度か。腕をケガしてからは脚力を中心に訓練していたから、基礎能力はかなり上がっていると思うんだよね。


 闘技だと、シールドの残量を気にしなきゃいけないから、身体強化にばかり魔力を回せなかったから、速度を意識したことなんてないなぁ。


「じゃあ、俺も本気で逃げてみるか」

「わ、私も、捕まえられるように頑張ります!」

「できれば優しく捕まえてね。シールドは展開してないんだから」


 高速移動中に衝突事故でも起こせば、お互いの体がどうなるかわからないもんね。


「それじゃ、いくよ」


 かけ声をかけて、一息でステラの横を通り抜ける。距離を大きく離したところで、ステラがこちらに向かって走り出すのが見えた。


 そのままステラに背を向けたまま、訓練所の外周を走り回る。まだ今までの訓練と変わらない速度で走っているのだが、徐々にステラとの距離が縮まって来ている。


 本気って言うのがどれだけなのかわからないが、まだ体には余裕がありそうだ。


 一歩足を踏み出して、加速する。


 シールドを展開していないせいか、全身で空気を押し出しているような圧力を感じる。


 さらに加速する。


 全身に感じていた空気の壁は、さらに分厚くなった。だけど、それを押し返しながら走るのはすごく気持ち良かった。


 もう一段加速しようとして、左肩に違和感を感じた。


 元々両腕には身体強化ができないため、生身の体では圧力に耐えられなくなってきている。それに、左肩の骨はどこぞのお姫様によって粉砕されたままだ。


 残念だけど、これ以上の速度は今の俺には出せそうにないな。


「そ、ソラ、君・・・・・・早すぎ、ですぅ・・・・・・」


 どこかから、かすれるようなそんな声が聞こえてきた。


 やっべ。走るのが気持ち良すぎて、ステラのことをすっかり忘れてた。慌てて足を止めて周囲を見渡すと、目の前でステラが四つん這いになっていた。


「ごめんステラ。速度上げるのに夢中になってた」

「全然・・・追いつけ・・・ません・・・でした」


 言葉を発することも困難な程、ステラの息はあがっていた。ホントゴメンナサイ。


 この調子だと、魔力も相当消費させちゃったよな。


 仕方がないので、身体強化の修行はここまで。本日の残り時間は、牙壊の型を教えることにした。


 型と言っても、古武術のように古くから受け継がれてきたものではない。元師匠が創始者で、俺たちの世代でまだ二代目だ。粗削りな部分も多いし、適当な部分もかなり多い。


 俺も初めてこの技を教えてもらった時、「相手の顔が向いてない方から、低くかがみこんで上に拳を振り抜く!」と言われて、実際の技とのギャップに唖然としたもんだ。


「まずは技の入りからゆっくり教えていきます」

「はい!」


 うむ、良い返事だ。だいぶ体力が回復したようで安心しました。


 正直、元師匠のように感覚で物を教えるのは難しい。なので、俺はゆっくりと一つ一つ教えて行こうと思います。


「まず、相手の死角に回り込む。相手の死角を作る技術もあるが、時間が無いのでここでは省きます。まあ、今回は相手の死角=視線の裏側とでも覚えとけば良いだろう」

「視線の裏側?」


 視線の裏側とは、相手が向けている視線を直線にした場合、頭を挟んで後ろ側のことだ。正面に視線が向いていれば後頭部。左に向いていれば右側頭部って感じかな?


「裏側まで回り込む。ここまでは今のステラでも出来るようになった。次は、技の入りってわけだ」


 ただ単に相手の死角に入り込んで殴るだけでは技にあらず。相手の死角に入り込んだ時には、すでに攻撃を繰り出す準備が整っていなければならない。


「相手の懐に入る最後の一歩。この一歩で、状態を一気に下げる。そして、次の一歩で状態を引き上げると同時に拳を打ち込む。良いかな?」

「ゆ、ゆっくり見せてもらっても、良いですか?」


 ステラの要望通り、ゆっくりと実演を行う。まず一歩目で状態を低くして、次の踏み込みで体を持ち上げる。それと同時に拳を地面すれすれから空へと突き上げる。


 師、曰く、「昔技の練習しとったら、これで古龍の牙をポッキリ折っちまったんだよ。牙折りなんて名前よりは牙壊って方がカッコいいだろ?」とのことだ。その後元師匠と古龍がどうなったかは知らないけど。


「も、もう一回見せてください!」


 どう言われたので、何度となく動作を繰り返してやる。なぜか途中から端末を取り出して、画像を記録していたのだが、後で復習にでも使うのだろうか?


「あ、あの。ど、動画も撮影して良いですか?」

「別に良いけど、マギチューブに流出とかはしないでよ?」

「そ、そんな勿体無いこと絶対しません!」


 勉強熱心なんだよね?視線が、教えを乞うものとは別のものに感じるのは気のせいだよね?


 深くは考えないようにしながら、さらに何度か同じ動作を繰り返していく。


「そ、ソラ君。いえ、師匠!お、お願いがあるんですけど!」


 なぜか急に息が荒くなり、頬を染めたステラは、かなり興奮しているようだ?見とり稽古の何に興奮したというのか、ちょっと心配になってしまう。


「はいはい、今度は何?」


 ステラの様子が心配になったが、本人は楽しそうにしていたので、こちらは平静を保つように軽い返事を返したのだが、この後のステラの言葉を聞いて、それが間違いだったと知ることになった。


「あの、技を繰り出す時に、『ファイナルジャスティスドラゴスレイブレイカー!』って叫んでもらって良いですか!」

「やめろー!人の黒歴史をほじくり返すなー!あんな技名、二度と叫んでたまるかあああ!」


 それは昔、俺がこの技を使う時に叫んでいた恥ずかしい技名だった。





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