第24話
身体強化の修行を始めてから3日。ステラが仰向けで浮かび上がってくることはなかった。
意識を失って背中が顔を出すか、愛らしいお尻が顔をのぞかせるだけである。そろそろステラのお尻の形を覚えてしまいそうなほどです。
身体強化を行うとき、魔力が均等に体内を循環しないと水面に沈む。これは、体のどこかに余計な力が入っていないかを確認するのに非常に有用で、お金のかからない修行方法だ。
死ぬ思いをすれば大抵なんとかなる、とは元師匠の言であるが、俺もそう思っていた。しかし、ステラはこの3日間、何度も溺れて死にかけながらも、未だに身体強化を習得できていない。
俺の予定では、すでに身体強化を習得し、次の段階に進んでいるはずだった。ランキング戦までにステラが攻撃を当てられるようにするためには、最低でも次の段階まで習得する必要がある。
「人に教えるのは、難しいなぁ」
独りごちながら、ステラのお尻を眺めてため息をつく。
「さて、今日も救出活動に勤しみますかね」
「ッゲッホ、ケホ・・・ハァ、ハァ、す、すいません。また私・・・・・・」
意識を取り戻して早々、瞳いっぱいに涙を溜めるステラ。や、やはり女の子にこの修行方法は酷だったか?いや、あいつは普通にやってたんだけどな。まあ、あいつは普通の女子とカテゴリングするのは間違ってる。そもそも、魔力の扱いがほぼ素人の相手に、いきなりこれはハードルが高すぎたか?
ああ、待って待って、このまま泣き出されたら今後どうやって指導したらいいか全然わからん。
泣かれる前にどうにかしようと、慌てて右腕でステラの体を引き寄せ、その体をぎゅっと抱きしめた、んだけど何でこんなしたの俺!
「あ、あの、そ、ソラ君?」
うおおい!泣かずにはすんだようだけど、胸の中でステラの困ったような声が聞こえてくる。ど、どうしたら正解になるのこれ?
「す、ステラ」
「は、はいぃ!」
思わず名前を呼んでしまったが、俺はこれから何を告げるのか?これじゃあ告白でもするみたいな感じになっている。
自慢ではないが、俺の生涯で告白したこともされたこともないぞ。それなのに、水着姿の美少女を抱きしめるとか、キャパオーバーの事態に頭は大混乱だ。
「お、俺の心臓の音が聞こえるか?」
混乱した末に口をついた言葉がそれだった。いっそ死んでしまいたい。
「はい、すごいドクドクいってます」
「お、おおう」
ステラに聞こえるほどに俺の心臓は高鳴っているらしい。やばい位に体が熱くなってきた気がする。
血液がもの凄い勢いで体中を駆け巡って・・・・・・
「血液が、体中を・・・・・・」
「そ、ソラ君?」
「そうだステラ、血液だ!」
「はい?」
体内を循環しているのは魔力だけじゃない。血液だって、体の末端まで循環している。
「ステラ、俺の心臓はなんでドクドクいってると思う?」
「え、えっと、水着の女子を抱きしめて興奮してるから?」
「違う!血液を体中に巡らせるために、心臓はドクドク動いてるんだ」
「な、なるほど?」
どうやらまだ納得してくれていないようだ。まあ、俺でもいきなり抱きしめられて、唐突にこんな話をされて納得なんてしないけど。
さすがに、泣かれるのが面倒でとりあえず抱きしめちゃいました。女の子を抱きしめて心臓がドクドクいってます!なんて正直には話せないので、身体強化の修行にかこつけて納得させるしかない。
それに、これはある意味でちょうど良いのかもしれない。魔力をほとんど使ったことのないステラは、魔力を操作するイメージが乏しい。だから体内に魔力を循環させることができないはずだ。そうであってくれ。
「魔力も血液と一緒に体に巡っているイメージをすれば、上手くできないか?」
「け、血液、ですか?」
ステラから体を離して、じっと彼女を見つめる。ステラは戸惑いがちにこちらを見つめ返すと、小さく頷いた。
「や、やってみます」
ステラはゆっくりと瞳を閉じて、一定のリズムで深く呼吸を始めた。おそらく魔力の循環を行っているのだろう。徐々に負担になってきたのか、額には汗が滲み、首を傾げたタイミングでその汗は滴となって胸元に・・・・・・ゲフンゴホン。懸命に循環させようとしたが、どうやら上手くいかなかったようだ。
「イメージなんて人それぞれだし、急にできるようにはならないよ」
そもそも、こんな言い訳で適当にでっち上げて言ったアドバイスでできるようになれば、こんなに苦労はしないわけだし。
「あ、あの。お、おお、お願いがあるんですけど」
「どうしたの?」
「も、もう一回、ぎゅっと、してもらえませんか?」
「ぎゅ?」
ぎゅっとしろ?ぎゅっとしろってなんだ?このタイミングでぎゅっとしろ、なんて言われたら、抱きしめろってことか?なんで?身体強化の訓練で、なんで抱きしめる必要があるんだ?
「あ、あの、あのね。ソラ君の心臓の音を聞きながらなら、出来る気がするんです」
「なるほど?」
全くわからん。わからんが、そうすれば出来ると言うんなら、やってみようじゃないか。どうせ今のままだと何も進展しないし。
「こ、こうかな?」
「きゃ、う、うん。大丈夫、です」
ものすごく恥ずかしい。ステラは俺の胸に顔を埋めると、俺の背に手を回して抱き着いてくる。今度は自分でもわかる程、心臓が高鳴っている。
「う、うぅ・・・・・・」
俺の心蔵の音とは別に、もう一つの心音が胸から伝わってくる。こちらも俺に負けじと高速で鼓動している。
い、いったん落ち着こう。ステラは俺の心音を聞きながら魔力を循環しようとしている。ということはつまり、かなりの高速で体内に魔力を循環させかねない。
いきなりそれでは難しい。最初はゆっくり、全身の隅々まで行き届くように意識した方がいいはず。
「ステラ、そのままで大きく深呼吸をして」
「すー、はー、すー、はー」
「うひゃ!」
深呼吸しろと言ったのは俺だけど、ステラの顔が俺の胸の中にあることをすっかり忘れてた。ステラが息を吐く度に、温かい息がこちらに吐き出されて妙にくすぐったかった。そのせいで、俺の心拍はさらに早くなっていく。
「すー、はあ、ソラ君の匂い、なんだか落ち着きますぅ」
こっちは全然落ち着きませんけどね。深呼吸のおかげで、ステラの心拍はだいぶ落ち着いてきたようだ。
「ステラ、ドックン、ドックンって音の方に集中して。そっちが俺の心音だよ」
嘘です、そっちはステラの心音です。
「俺の心音に合わせて、ゆっくり魔力を流して。ゆっくり、心臓から肺、胸を通って肩へ。どっちの肩に流れたかな」
「・・・・・・たぶん、右です」
「じゃあ、右肩から腕へ、そして指先まで行ったら、右の脇を通って右足へ」
「・・・・・・はい」
そうして、魔力の流れる方角を支持していく。全身まで巡ったあたりで、身体強化の授業で使った眼鏡を通してみてみると、ゆっくりと、しかしムラ無くしっかりと魔力が循環しているのがわかった。
こっそり眼鏡をくすねておいて正解だったな。
「それじゃあ、今度はドクドクいってるステラの心音に集中して」
「・・・・・・はい」
「その速度に合わせて、さっきみたいに魔力を流してみよう」
高鳴る心音は俺の物ですが、ばれなきゃオッケーです。それに、俺の心音が高鳴っているおかげでステラの身体強化が見る見る上達していくし。
ステラの体内の魔力は、俺の心音に呼応するように、急速に速度を上げて彼女の体内を駆け巡っていった。
「ステラ、完璧だ。身体強化、合格」
プールでの特訓は意味が無かったのか?
いやいや。この後ステラをプールに放り込んで、魔力が無くなるまで身体強化の練習をやらせましたとも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます