第23話
「お~う、ソラよう。今日は授業どうすんだこらあ!」
「今日も肩の治療があるから休むよ」
「わかった。センコーには俺から言っとくぞこら!」
リーゼント君を見送って、俺ももそもそとベッドから這い出す。昨日の夜はあんまり眠れなかったから、二度寝でもしようかな?
「い、いかんいかん。ひきこもりの思考に戻りかけてる。こんなんじゃ、世界最強なんて夢のまた夢だぞ!」
両腕をケガして半年間、それはそれはひどい生活をしていたが、あの状態に戻ってしまうのはまずい。
最近のメンタルの上下は、あの頃の状態に非常に近い。ここで踏みとどまれなければ、落ちるところまで落ちて行くぞ。
ええい、授業はサボったが、やるべきことをやろう。
セーラ先生の治療は放課後の予定。ステラの修行は、今日はどうするか決めて無かったな。ステラ起きなかったし。
端末にも連絡は着ていなかったから、今日は普通に授業に行ったんだろうか?それなら、今日は自分の鍛錬に集中できる。久しぶりの修行三昧だ!
『そ、ソラく~ん、起きてますかぁ?』
おおう。早速俺の日程が崩れたよ。ここは一応男子寮なんだから、女子がホイホイ来ちゃダメだろ。
とりあえず外で待たせておくのはまずいな。まだ登校する生徒もいるはずだ。
「起きてるよ。鍵は開いてるから、入って・・・・・・」
言いかけて、考える。さすがに男子の部屋に女子を迎え入れるのはどうだろうか。国が違い文化が違うとは言っても、こういうのは世界共通でよろしくないのではないか?
「し、失礼、します」
なんて思っているうちに、ステラは躊躇なく部屋に入ってきた。この国ではそういうのはあまり気にしないらしい。
「お、おはようございます」
「ああ、おはようえ?」
入室して来たステラは、なぜか昨日と同じ格好をしていた。
「どこからその格好で来ちゃったの?」
ステラは、昨日保健室に放り出してきた時と同じ、水着姿でやって来た。女子寮からこの格好で歩いて来たとかだったら大問題だ。
「えっと、女子寮から、ですけど。ダメ、でした?」
むしろどこが大丈夫だと思ったのか?年頃の女の子が、水着で校内をうろつくとかおかしいでしょ。エィリーンさん辺りが止めてくれなかったんだろうか。
「ちなみに、着替えは?」
「あ!」
「女子寮に取りに行くなら、せめて上からこれ着てってよ」
さすがに水着でもう一往復させるわけにはいかないので、ステラにジャージの上下を投げ渡す。
「あ、ありがとうございます」
ジャージに袖を通し始めたステラを見て、そっと視線をそらした。着替えをしている女子の姿を見るわけにはいかないからね。
「ふふ、ソラ君、けっこう大きいんですね」
なぜダボダボの袖を振りながら楽しそうにしているのかはわからないが、ステラにはかなりサイズが大きかったようだ。
ステラは袖をめくり、裾を折り返す。他人のジャージを着ていますという感じが全面に出た装いになってしまったが、水着姿で歩かせるよりはマシだと思いたい。
「ステラは自分の部屋に行って着替えとか用意して、昨日と同じプールに向かっててくれ。俺も準備したら行くから」
「わかりました」
飛び出して行ったステラの後ろ姿を見送って、俺も制服に袖を通すことにした。
「まずは、昨日の復習をします」
「はい!」
元気に返事をしたステラは、そのまま入水して水面に浮かび上がる。ほとんど沈むことはなく全身にシールドを展開した。
昨日に比べれば、格段にシールドの展開速度が向上している。
「よし、それじゃあ次の段階に進むぞ」
「つ、次の段階、ですか?」
全身を魔力で覆う。これはこの世界で生きる全ての人ができる技術だ。しかし、その状態を維持し続けることは非常に難しい。
その難しいことが、今のステラにはできるようになった。しかも、全身に均等に魔力を張り巡らせることができる。
「次の段階は、体内で魔力を循環させる訓練だ。ぶっちゃけ、昨日のはこの訓練をするための練習。本番はここからだよ」
俺の言葉を聞いて、無駄な力が入ったのか、ステラはボチャンと水の中に沈んでいった。
「っぷは!こ、これからが本番なんですか?」
「昨日の十倍は厳しい。やめるなら今だよ」
その言葉を聞いて、ステラは俯いてしまう。できればここからの修行はやりたくない。時間をかければ、辛い思いをしなくてもいずれできるようになるだろう。
「無理しなくても、ゆっくり時間をかけて強くなれば・・・・・・」
「やります!少しでも早く強くなりたいって言ったのは、わ、私ですから!」
なら、仕方が無いだろう。厳しくする代わりに、確実に強くしてやろうじゃないか。元師匠に教わった、一日で身体強化を身につける方法を使って。
「死なないように、気をつけるからね」
そう言って笑った俺は、ステラにどのように映っただろうか?俺が元師匠にそう言われたときは、悪魔か魔王が笑っているように見えたものだ。
「さて、ステラは身体強化を使ったことがないって言ってたね」
プールから上がってきたステラに、タオルを渡しながら尋ねる。
「は、はい。この間の実技でも、全然ダメでした」
「体内で魔力の循環はできた?」
「循環させようとしたんですけど、流す魔力が、お、多くなったり少なくなったりして」
あ~、これは鍛え甲斐がありそうですね~。
「じゃあ、まずは均等に魔力を循環させる練習をしようか」
「は、はい」
「あ、ちょっと待って」
プールに入ろうとしたステラを慌てて止める。
「ど、どうしました?」
「場所、移動するよ」
だってここのプール、ステラの足がつくんだもん。これじゃあ、修行にならない。
「ここを使うよ。このプールは、水深10メートルあるから安心だ」
「えっと、私、足がつかないですけど」
「そうだね。だからちょうど良いんだよ。それじゃ、いってらっしゃい」
「え?ま、え?ええええええ!」
ステラのお尻を優しく蹴り上げると、彼女の体はふわりと飛び上がり、きれいな放物線を描いてプールの真ん中へと着水した。ナイスショット!
「うわっぷ、そ、ソラく・・・たすけ、助けて!」
「ステラ、まずは体の力を抜いて。自然体でいれば体は浮くから」
ステラの救援要請は聞かなかったことにして、アドバイスを送る。最初はバチャバチャと必死に水面を叩いていたが、あきらめたのか体の力を抜き、水面に浮かび上がってきた。
「そこから体内に魔力を循環させろ!」
ステラはゆっくりと目を閉じて、そのまま水の中へと沈んでいく。昨日はしばらくしたら浮かび上がってきたが、今日はどうだろうか。
ぷくぷくと、水面には小さな気泡が上がってくるが、ステラの体は上がってこない。
「・・・・・・」
しばらくして、水面に上がってくる小さな気泡が途絶える。
「・・・・・・ぼこぼこぼこ」
大量の気泡が飛び出した直後に、ステラの背中が水面から顔を出した。
「ステラァアアアアアアア!」
やばい!出だしでいきなり無理するとは思わなかった。あれは完全に溺れてる。
なんで俺は制服なんぞを着てきたのかと後悔しながら、大慌てでプールに飛び込んでステラを救出する。
プールサイドに横にしたところ、どうやら呼吸はしているようだ。最序盤で人工呼吸のフラグとか踏まなくて良かったと心底安心する。
「・・・っけっほ、げっほ・・・・・・う、うぅ」
むせ返って水を吐き出し、どうにか意識を取り戻したらしいステラは、うめきながらも体を重そうに起き上がらせた。
「ステラ、大丈夫?」
「ゲホ、ゲホ・・・はい、どうにか」
「それじゃ、次いってみようか」
「へ?ふわああああああ!」
ボチャンと、ステラの体は再びプールへと飛んで行った。
この日、ステラが仰向けで浮かび上がってくることはなかった。
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