第15話




 ライザ王女に散々痛めつけられて、ようやくベッドに横になることを許された。


 仰向けで横になったのだが、女子たちが上半身裸の俺をチラチラと見ていると思うと、なんだか気分が悪かった。


「そんじゃ、一通り診せてもらうぞ」


 セーラ先生が俺の右肩に手を置くと、ほんわかと温もりを感じた。先生が魔力を流しているのだろうか?


患部に魔力を流すことで、体内の損傷や病気を診ることができると聞いたことがある。


「・・・・・・ちょっと、こっちも触るぞ」


 セーラ先生は険しい表情を浮かべ、反対側の左肩にも手を乗せる。あまり良い状態では無いのか、先生の表情は険しさを増していくようだ。


「・・・・・・姫様よぉ、国際問題って知ってっか?」


 険しい表情のまま俺の肩に手を置いていたセーラ先生は、重い口をどうにか開いて言葉を紡いだ。その言葉に、誰もが困惑の表情を浮かべている。


「なんで社会の話?今はタツミ君のケガの話をして欲しいんだけど?」

「ああ、うちのバカ姫様が留学生に、取り返しのつかねえケガをさせたから、国際問題になるっつってるんだよ!」

「取り返しがつかない?治せないってこと?」

「まず肩、こりゃ姫様が制御できてねえ身体強化を使って握りつぶしたんだな。通常なら治療魔法で3日ありゃ治る。だけどなぁ、肩から先の魔力神経が完全に焼き切れてやがる。これのせいで治療魔法がほとんど効果がねえ。どうやったら、魔力神経をこんなズタボロにできるんだよ」

「それはむかふご・・・・・・」


 魔力神経が焼き切れたのはライザ王女のせいではないので否定しようとしたら、なぜか姫様に口を押さえつけられた。


「そのズタボロになった神経は、どのくらいで治せるんですか?」

「はあ?」


 2年前、いくつもの医者を巡った時、俺も同じ質問をした。その時の医者たちも、あんな顔してたなぁ。


『完全に焼き切れてしまった魔力神経は、魔力を流すことができないので、治療の手立てはありません。シールドを張ろうとしても、肩から先は展開することができません。残念ながら、今後闘技を行うことはできないでしょう』


 それが悔しくて、無理矢理肩から先をシールドで包み込む方法を研究したんだった。まさかあんなに魔力消費が激しいとは思わなかったけど。


「で?セーラ先生なら、どれくらいで治せるの?」


 ライザ王女は再び同じ問いを投げかける。セーラ先生はライザ王女を睨み付けながら、何やら計算を行っているようだ。


 その計算が終わったのか、一度目をきつく閉じると、ゆっくりと目を開いて予想外の言葉を口にした。


「3年はかかる」

「は?」


 治せない、という言葉を聞き間違った?幻聴で都合の良い言葉に変換されちゃったか?


「先生、はっきり言ってくださって構いません。今、治せないと言いましたよね」

「いや、治せねえことはねえ。でも、3年はかかる。せっかく競技者の育成学校に入学したってのに、これじゃあ、実技の授業は絶望的だ。進級できるかどうかもわからねえ。進級できたとしても、良い成績なんか残せっこねえ。それほどの大ケガさせたんだから、国際問題だって言ったんだよ!」

「は、ははは」


 喉がカラカラになった気分だ。かすれた笑い声が漏れてしまう。


 俺の腕はもう治らないと思っていた。完全にあきらめていたってのに、この人なら治せるっていうのか?


「せめてシールドの展開ができなきゃ、闘技ができねえ。最悪、退学もあり得るケガなんだが、どうやってこんなことになったんだよ。姫様が無理矢理バカげた量の魔力を流し込みやがったのか?」

「ああ、まあ、そんなところかな」

「っち。どうすんだよ。姫様が責任取って召し上げるか?」

「それ良いねえ。タツミ君には、アタシの騎士になってもらって、一生この国で不自由なく過ごしてもらおっかな」

「はぁ、少しは反省しやがれ、このバカ姫が」


 セーラ先生は、大きくため息を吐くと、俺の顔をじっと見つめた。


「いいか、少年。時間はかかるがケガは絶対に治してやる。この国の威信をかけてってやつだ。それでも、その間は競技者として大きなハンデを抱えてる。いっそ学校は退学して、専門の医療機関で集中治療を受けるか?」

「・・・・・・学校は、辞めません」


 そうはっきりと告げる。セーラ先生は驚いたように大きく目を見開いた。


「わかってんのか?もうすぐランキング戦が始まんだぞ。シールドが展開できなきゃ、戦えない。戦えねえ奴は、全て奪われるぞ」

「大丈夫です・・・・・・シールド展開」

「は?」


 全身に展開されたシールドを見て、セーラ先生は口を開けて驚いている。


「どうですか?」

「嘘だろ?魔力神経は焼き切れてんだぞ。魔力は通りっこねえのに・・・・・・」


 セーラ先生はペタペタと俺の腕に触れながら、シールドを確認している。


「腕の周辺を無理矢理シールドで囲ってるのか?維持するだけでとんでもねえ魔力消費だろうに。こんなの、一朝一夕じゃできっこねえ」


 そうだろうとも。この技術は一年以上の歳月をかけて習得したんだ。その努力が褒められたようで、嬉しくなってついつい胸を張ってしまう。


「・・・・・・姫様よう、こりゃ、本当に姫様が負わせたケガなのか?」

「え!あ、そ、そう言ったじゃん?アタシのせいだよ、アタシの」


 視線を彷徨わせながら答えるライザ王女を、じっとりとした視線でセーラ先生は見つめる。


 俺が調子に乗ったばっかりに、怪しまれたらしい。


 そもそも、こんなことで嘘を言う必要なんか無いんじゃないか?


「腕のケガは、姫様のせいじゃもがもが!」


 再びライザ王女に口を塞がれる。なぜかこの人は、俺のケガを自分のせいにしたいらしい。


 わざわざ汚名を着る意味が解らん。そういう性癖なの?


「もう一度聞くぞ、姫様。こいつのケガは、姫様がやったんだな?」

「ひゃい!アタシがやりました!」


 セーラ先生にすごまれて、ライザ王女はかなりビビっている。自分より背丈の低い少女に脅される第一王女って、なかなかレアなもんを見れたな。


「嘘だったら、国王陛下に姫様はぼっちで便所飯してるって報告するからな?」

「ぎゃあ~~!ちょっと待って、まだそこまでは行ってないもん!ちゃんと校舎裏でぼっち飯してるもん!」


 ああ、ぼっち飯はしてるんだ。知ってたけど。便所飯はしてなくて、本当に良かったと思うよ。


「へ~、校舎裏でぼっち飯か。そりゃ、陛下もさぞお心を痛めるだろうな」

「う、ぐぬぬぬぬ。ちゃんと本当のこと言うから、パパには報告しないで」


 確かに、親にぼっち飯してるのがバレるのって、精神的に辛いよね。


 ライザ王女はあきらめたように、俺のケガについて話始める。俺も捕捉するように、自分がケガをした時のことを端的に話した。


「んじゃ、アタイが治療してやる義務はねえな。シールドも展開できるようだし、肩の骨折だけ治療するか」

「も~!そうなるから、アタシがやったことにしようと思ったのに!良いじゃんセーラ先生。タツミ君の腕、治してあげてよ」


 なぜか治療してもらえ流れがやって来た?


 いやいやいや!ここまで来てそんなお預けは無しだって!せっかく治療できる人を見つけたっていうのに、どんだけ俺のガラスハートを弄ぶんだよ!


「先生!治せるんなら、お願いします!俺の腕を治してください」


 俺の国に古くから伝わる、最上級の懇願のポーズ、土下座を敢行する。腕が自由に動かないから不格好ではあるが、必死に床に頭をこすりつける。


「おいおい、なんだよ怖えよそのポーズ、やめろやめろ」

「治してくれると言っていただけまで、下座り続けます!」


 俺の熱意が通じたのか、先生は大きくため息を吐いて、俺の両肩に小さな手を乗せた。


「いいか、少年。この治療、とんでもなく金がかかるんだよ」






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