第16話




 セーラ先生は苦笑しながら、「あきらめな」と言った。


「ここまできてあきらめられるかあああぁ!」


 だって、もう治らないと思っていたケガがだよ。金を払えば治してもらえるって。そんなの、大金詰んだって治してもらいたいに決まってんじゃん!


「金ならいくらでも払います!」

「・・・・・・10億ダリだ」

「10万でも100万でも払いますから!」

「10億ダリだ」

「出世払いで!1000万ダリだってきっと稼いでみせますから!」

「だ・か・ら!10億だって言ってんだろ!そんな額、ポンと稼げる奴なんかいねえよ。だからあきらめな」


 10億ダリ?そんな額をポンと稼げるのは、トップの競技者でもほんの一握りだ。俺の元師匠は、生涯獲得賞金がおおよそ400億ダリだった。何十年と戦って、400億。そのうち半分以上が経費や税金で引かれて、手元に残ったのは半分にも満たなかったらしいけど。


 半分だとしても200億ダリ。それに比べれば10億ダリなんて、大したことないような気がするけど、一般市民の平均年収が300万ダリ。40年働いても1億2000万ダリ?


 そう考えればとんでもない金額だ。


「腕さえ治してもらえれば、きっとトッププロになって治療費は全力でお返しします。だから・・・・・・」

「バカか!億越えの競技者になんかポンポンなれるわけねえだろ。ただでさえ、治療に3年もかけたらプロになるのは絶望的だ。治療が上手く行ったって、少年がそこまでの才能があるかもわかんねえ。そんな奴のために、高額の治療なんかしてやれるかよ」


 ぐうの音も出ない。確かに今の俺には何も無い。多少戦えるけど、シールドに魔力の大半が持っていかれて長時間は戦えないし、魔力を使った攻撃はほとんどできない。


 落ちこぼれ学校とは言え、確かな才能を持った同級生たちを相手に、成績上位をキープすることは困難だろうし、国際大会への参加も難しい。


 卒業してすぐにプロになるのは非常に困難だ。


 それに、腕が治ったとして、昔みたいに戦えるかどうかもわからない。


卒業するまでの3年間で、この体でも戦えるようにするのは急務だ。


そうしなければ、セーラ先生が言ったように、闘技で負けて様々なモノを奪われ続けるかもしれない。


 そもそも俺は、新しい戦い方を模索するためにこの学校に入学したんだ。だったら、無理に高額治療を受けなくても良いのではないか?


 金の工面に頭を悩ませるくらいなら、鍛錬をした方が建設的なんじゃないか?今だって、闘技は出来ているわけだし。


「あ~、ひ、姫様、それズルです」

「えぇ、ズルくないよぉ。だったら、ランダ―さんの名前も書く?」

「は、はい!」


 俺が将来について考えている横で、ライザ王女とステラは何やら騒いでいた。


 話し合いでもしていたのか、上手く話がまとまったようで、満足した顔で二人はこちらにやって来た。


 こっちは真剣に悩んでるのに、お気楽なもんだ。


「セーラ先生。やっぱりタツミ君を治してあげてよ」


 お気楽なんていってごめんなさい王女殿下!そしてセーラ先生を説得してくださいませぇ!


「なんだよ、姫様が金を払ってくれんのか?」

「う~ん、さすがに10億なんて王族だってポンと出せないよ。だから、この契約書を使うのはどう?」

「また、随分と貴重なもんを持ち出してきやがったな」


 ライザ王女が一枚の紙をセーラ先生に見せつける。随分と古い紙だ。植物で作った紙とは違うみたいだな。


「契約ったって、この少年が10億ダリ分の価値があるってのか?」

「アタシにとってはあるよ。おつりがくるくらいあるよ」

「お、おつり分は、わ、私が」


 そう言いながら、二人は俺に古びた用紙を差し出した。内容を確認しろということだろう。




指定契約書契約書


以下の者たちは師弟関係を結び、己の持つ闘技の知識を余すことなく使い、育て上げることを誓うものとする。


 師匠:

 弟子:ライザ・リラ・イザイル  ステラ・ランダ―




 簡潔に書かれたそれは、何とも恐ろしい内容だった。


 俺がライザ王女とステラの師匠?しかも、俺が持つ知識を余すことなく使って育てあげろって、そんなことしてたら、自分の鍛錬の時間が無くなっちゃうよ。


 それに、俺の知識に10億ダリの価値なんかあるんだろうか?


「少年に弟子入りだあ?そんなもんのために、国庫から10億ダリも持ち出すってのかよ。学校で負ったケガの治療費ならまだしも、私的にケガを治すのに予算なんか割いてもらえんのか?うちの国じゃ、競技者のために許可なんか出さねえぞ」

「だから、セーラ先生には見逃してもらいたいんだぁ。ちゃんと元は取るから、訓練中のケガってことにしてよ」

「・・・・・・確証がねえよ」


 俺にそこまでする価値があるのか、証明してみせろってことらしい。とは言われても、どうやれば俺に10億の価値があると証明できるんだか。


「んっふっふ~。タツミ君は絶対将来有名になるよ。なんたって、U15ワールドトーナメントを14歳で優勝したんだから」

「はあ?」

「・・・・・・なんでライザ王女がそれを知ってるんだよ」


 セーラ先生は驚きの声をあげたが、俺はそこまで驚いたりはしなかった。いくらぼっち飯の現場を目撃されたからといって、あそこまで俺に近づく意味が解らなかったからな。


ぼっち仲間が欲しかったにしても、いきなりあそこまで積極的に友達アピールなんかしない。


 俺の素性を知らなければ。


「あったりまえだよ!留学生の情報は、国の情報部が徹底的に調べてるもん。もちろん、シドー・イスズの一番弟子だってこともね」

「シドー・イスズ?あの無敗の絶対王者?」


 だからこそ、無理やり俺との縁を結ぼうとしたんだろう。もっと強大な力を手に入れるために。


「悪いけど、俺はもうシドー師匠の弟子じゃない。このケガのせいで、師匠の流派で戦えなくなったから、2年前に師匠の元を離れた。それ以来一度も会ってないよ」


 正確には、逃げ出したって言うのが正しいけど。




 俺が憧れた闘技者こそ、元師匠、シドー・イスズだ。


 拳一つで降り注ぐ魔法の雨や剣戟の嵐を全て打ち破る。常勝にして無敗。様々なタイトルを総なめにし、引退まで防衛し続けた鉄壁のタイトルホルダー。至上最強と謳われたワールドチャンピオン。


 シドー師匠が俺と同郷で、しかも俺の実家の隣がシドー師匠の実家だったことは、彼が引退して帰郷してから知った。


 まさか憧れの競技者がお隣さんだと知らなかった俺は、毎日彼の元に通って、弟子入りを志願した。


 弟子は取ったことが無いから勝手がわからない。孫とゆっくり過ごしたい。


 そう言って断るシドー師匠が首を縦に振るまでに、半年もかかった。最終的には孫娘と一緒に頼み込んで、二人で修行をつけてもらうことになったのだ。


 10歳から4年間修行をつけてもらったが、俺が師匠の言いつけを守らずケガをした。そのせいで、師匠にも、師匠の孫娘にも、村の幼馴染みたちにも合わせる顔が無くなって、俺はひきこもった。




 それでも競技者になる夢をあきらめきれずに、両親以外の誰にも話をせず、このイザイル王国に留学してきたわけだ。


 だから、今の俺にシドー・イスズとの接点は何一つ無い。


「俺の弟子になったところで、シドー・イスズは手に入らないよ」


 必死に笑みを作りながらそう告げると、なぜかライザ王女とステラはきょとんとした表情をした。


「別に、シドー・イスズが欲しいわけじゃないけど?」

「そ、そうです。わ、わわ、私は、ソラ君に弟子入りしたいです」


 そう言いながら、二人の少女は微笑んだ。





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