第10話
強制的に俺に弟子ができた。
見た目は小柄で大変可愛らしい女の子なのだが、とにかくバカ力だ。俺の手を握りつぶそうとした力は、やはり身体強化では無く純粋な彼女自身の握力だった。
彼女の生まれた村では、身体強化だけではなく、魔法を使える人もほんの数人しかいなかったとか。
さすがにシールドの展開は親から習ったが、使う機会が全くなかったので未だに上手く展開できないらしい。
そんな女の子が、よく競技者育成学校に合格できたよ。
それだけ彼女の潜在能力が評価されたってことか?
魔力量も入学生としてはかなり上位になるだろうし、何より素のパワーが魔獣並だ。あの拳が身体強化で威力を上乗せされたら、どれほどの破壊力を持つことになるか。
それはまさに俺が憧れた道であり、俺があきらめた道だった。
「まあ、何が言いたいかというと、俺ではキミを輝くステージに連れて行くことはできないから、どうか別のプロデューサーさんを探してください」
「ステージ、ですか?わ、私は闘技を教えてもらえば、す、ステージ?とかはどうでも良いですよ?」
「ああ、うん。闘技もちょっと、俺たち戦闘スタイルが違いすぎるんじゃ無いかな?」
「そ、そんなことありません。私もソラ君も、拳一つで戦う拳闘士じゃないですか!」
随分と酷なことを言ってくれる。これは、早いうちに俺の事情を説明した方が俺のダメージも少なそうだ。
「魔力のじゅんかんってなんですか?それが出来ないと、どうして拳闘士になれないんですか?」
懇切丁寧に説明したつもりだったが、全く伝わらなかった。そもそも魔力についての理解が無さすぎる。本当にこの子はどんなところで生活していたんでしょうかね?
「とりあえず、実際に説明するから見ててよ」
一番太そうな木の前に立って、腰をゆっくり落とす。身体強化は行わず、純粋に自分の筋力だけを頼りにして、渾身の蹴りを放つ。
ズドンという重い音をあげて、枝を揺らした木からは数枚の葉が落ちてきた。
「す、すごい綺麗なキックでした。さすが師匠!さすししょ!」
「変な略し方しないで。確かに良い感じの蹴りが入ったけど、今のは魔力が全くこもっていません。相手にクリティカルヒットしても、おそらく10~30くらいしか削れません」
もう一度木に向かい合って、腰をゆっくり落とし、今度は身体強化を使って腕以外の全身を強化する。フォームや速度は一切変えずに、再び木に向かって蹴りを放つ。
木は蹴りが当たった部分からヒビが入り、そのまま横倒しになった。
「魔力を使って身体強化をすると、ほらこの通り。この威力なら80くらいはシールドが削れるんじゃないかな?」
実際には、さらに蹴りの速度が上がるため100くらいは削ることが出来ると思う。
「あ、あの。私も、やってみていいですか?」
「いいけど、今ので身体強化がわかった?」
ステラは何も言わずに木の前に立った。彼女は俺と同じように腰をゆっくりと落とし、そのまま拳を突きだした。
見るからに身体強化は行っていないようであったが、拳が当たった部分だけ、ぼっこりと幹がくり抜かれている?
直径50センチはありそうな木の幹に穴が開いて、向こう側が見えるってどういうこと?
「うぅ、ソラ君みたいに木が折れませんでしたぁ」
「いやいやいやいや。木を折るよりすごいでしょこれ。こんなのもらったら、ガードの上からでも致命傷だよ」
学生レベルだったら、一発退場もあり得る威力だ。これが身体強化無し、だと?
「身体強化?っていうのを覚えれば、わ、私もソラ君みたいに、木を折れますかね」
そう言って微笑んだ彼女に、今まで感じていた可愛らしさを感じることは無かった。
「こんな威力出せるんだったら、やっぱり俺に弟子入りする必要なんてないよ。後は実技授業で先生に戦い方を習ってください」
居た堪れない。こんな才能を前に、俺は平静を保っていることなんて出来ない。
彼女が身体強化を覚えたら?魔法を拳に付与できるようになったら?
師匠の技も極められるようになるかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。誰かが師匠の技を使っているのを見るなんて耐えられない。もし使うんなら、俺の知らないところで、俺に知られないようにやってくれよ。
「じゃ、そういうことで!」
「え?ま、待ってくださいソラ君!」
感情が爆発する前に、俺はステラの前から逃げ出した。
このままでは、彼女にひどい暴言でも吐いてしまいそうだったから。彼女を傷つけてしまいそうだったから。
いや、違うな。
自分が傷ついてしまいそうだから逃げたんだ。
どれだけマイナーな育成学校だって、入学してくるのはほんの一握りの才能を持った人間だ。いずれ誰かの才能に嫉妬してしまうこともあると、覚悟してきたつもりだったのに。
覚悟が全然足りていなかった。自分が傷つく覚悟が。
その日は、その後どうやって過ごしたのかはよく覚えていない。
ひどく気持ち悪かったことと、寮の同室のリーゼント君が、風呂上がりにロン毛のイケメン君に変わっていたことくらいしか記憶に無い。
リーゼントって、ちゃんとセットしていたんだなぁ。
入学試験の模擬闘技で俺はリーゼント君に勝ったけど、今では彼は1年生の間で有名人だ。開校初、オリエンテーションで男子寮に勝利をもたらした男として、男子生徒からは羨望の眼差しが向けられている。
彼が女子風呂に突入したおかげで、女子たちのあられもない姿がマギチューブで配信されたからだ。
一応、映像には一部補正がかけられており、肝心なところは見えないように配慮されてはいるが、同級生のそういう姿というのは、想像がはかどる、とは誰が言った言葉だったか。
「俺には、何にもないんだよなぁ」
両腕をケガした日、俺は後悔しなかった。ケガと引き換えに、大事なものを護れたから。
だけどしばらくして、みんなが日常を取り戻して行った時に気付いてしまった。今まで積み上げてきたものが、全て崩れ落ちてしまったんだと。
なんで俺はあの時、師匠の言いつけを護らずに技を使ってしまったのか。もっと他に、やり様があったのではないか。
そして、感情はどんどん薄汚れていった。
どうして俺だけ、こんな思いをしなければいけないのか。どうしてみんなは、俺を置いて修行しているのだろうか。みんなみんな、全部失ってしまえばいいんだ、と。
そんな感情から立ち直り、こうして育成学校に通っているのは奇跡に近い。
でも、そんな奇跡なんて起こらずに、ずっと一人で引き籠っていた方が幸せだったのではないだろうか。
今からでも、学校を辞めて実家で引き籠っていた方が良いのではないか?
結局、その日は陰鬱な考えを繰り返し、一睡もすることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます