第11話
寝不足の目をこすりながら、ダウナーな気持ちで寮から出る。
今朝は日課のランニングも鍛錬も出来なかった。せっかくルーティーンになってきたのに、一週間も続けられないとはお恥ずかしい限りだ。
どうにか教室に着くまでに気持ちを整えよう。
「俺は新しい戦い方を見つけられる~・・・・・・俺は世界最強の競技者になれる~・・・・・・」
必死に言葉で自己肯定観を上げて行く。
「あ、あのあの、大丈夫ですか?」
「俺はだいじょ~ぶ・・・・・・俺はだいじょ~ぶ・・・・・・」
「ぜ、全然大丈夫じゃ無いです!しっかりしてください師匠!」
「師匠?」
その単語を聞いて、やっと誰かに話しかけられていたことに気が付いた。目の前には、ちょっと背伸びをして俺の顔を覗き込んでいる、可愛らしい小柄の少女が立っていた。
「ステラ、さん?」
「はい!ソラ君の愛弟子、ステラです。し、師匠なんですから、さんづけなんて不要ですよ?」
師匠ではないので、さん付けは必要だということだな、把握した。
「ちなみに師匠。独り言ぶつぶつ唱えて、どうかしたんですか?さっきから、その、他の人たちから不審がられてます」
「・・・・・・俺はだいじょ~ぶ」
「全然!大丈夫じゃ無いです!」
できればまだステラとは会いたくなかった。せめてもう少しメンタルが回復するまで待って欲しかったんだけどなぁ。
さすがにそんなことを言うわけにもいかず、追い払うわけにもいかなかったので、ステラと教室まで一緒に行くことになった。こういう時に同じクラスだと面倒だ。
まあ、来年になればステラの才能ならAクラスに上がってるかもしれないけど・・・・・・って、ダメだダメだ。落ちるな、俺のテンション。上がれとは言わないから、どうにか普通まで持ち直してくれ。
「あぁ~、噂のソラ君はっけ~ん!」
背後から、間延びしたゆったりとした甘ったるい声に呼び止められる。ああ、なんだか癒しの波動を感じるぞ。
「ねえね~、ソラ君ってさぁ、昨日無抵抗の女の子をボコにしたって~、マジ~?」
この子は同じクラスの女子で、オリエンテーションで最後までリーゼント君と戦っていた人だ。名前は確か、エリナントカさん?
「ちょ~、もしかしてあーしの名前まだ覚えて無いのぉ?エィリーン・シーリング。クラス一緒なんだからぁ、名前ぐらい覚えてよぉ」
「そうそう、エィリーンさん。知ってた知ってた」
「くっひっひ。なぁんそれ、ちょっと雑じゃなぁい?」
この子もステラとは別方向の美少女だよな。身長はステラと俺の間くらいだけど、手足はすらっと伸びてるし、出るとこは出てて引っ込むところは引っ込んでる。
双剣を使ってたから、二の腕辺りはしっかり鍛えられてて素晴らしい。
「そ、ソラ君?エィリーンさんにデレデレし過ぎじゃないですか?」
「ま~?あーしに見惚れちゃったぁ?」
「ふあぁ?」
そんなことは無いぞ。俺は自分の道を見つけるまで、恋愛にうつつを抜かしたりしない。ちょっとエィリーンさんに癒されてただけだ。
この調子なら、今日一日は戦えるかもしれん!
「そんでさぁ、ソラ君の映像、めっちゃバズってるよ~」
「え?バズってる?何が?」
オリエンテーションの時の映像?あの時は特に見せ場なんてなかったぞ。昔の動画だって、アカウントを更新したから俺の名前では引っかからないはずだが?
「ほらぁ、昨日からもう100万再生されてるって~。無抵抗の子どもをフルボッコにする男って、切り抜きも作られてるよ~」
「「え?」」
ステラと顔を見合わせる。昨日からってことはバズってる映像って、昨日のステラとの闘技じゃないの?
エィリーンが見せてくれた端末には、間違えなく俺の姿が映っていた。大量のコメントと共に。
『幼女虐待現場と聞いて』
『通報しますた』
『美少女をなぶる現場はここですか?』
『無抵抗な女の子を殴り続けるとか』
『クズですね』
その後も罵詈雑言のコメントが続き、俺が幼い子供を無理矢理闘技に参加させて痛めつけるクソ野郎にされてしまった。こんな映像が世界100万人の人が見ている、だと?
エィリーンに癒されたメンタルが急降下していくぅ。
「そ、ソラ君すごいですよ!100万再生ってことは、少なく見積もっても視聴料が10万ダリ?分配が勝者に6割だから、わ、私にも4万ダリも入りますよお!うぅ、これでしばらく学食でお昼が食べられますぅ」
ステラはなぜかテンションマックスだ。幼女とか言われてたけど、全く気にしたそぶりは無い。
まあ、悪役は俺だからね。幼女をフルボッコにするしか取り柄の無い、最底辺のクソ野郎だもんね。
「ははは、はぁ」
もう乾いた笑いとため息しか出なかった。
教室にたどり着くまでの間、エィリーンにはからかわれ続け、ステラは一人ではしゃいでいた。そんな俺たちを、他の生徒は冷たい目で見ていた気がした。
当然俺のテンションは持ち直すことは無く、むしろ今朝よりも落ち込んだのは言うまでも無い。
「ソラよお、てめえ、随分噂になってんじゃねえかよ、ああん?」
「あ~、そっすね~」
教室に入って早々、リーゼント君に絡まれる。寮で同室なのだから、わざわざ教室でも絡んでこないで欲しい。
「んで?そっちがソラに負けて嫁になったって奴か?ダチの俺に紹介くらいしろや、ああん?」
「よ、嫁?」
結局教室に到着するまでにメンタルが回復できなかった。むしろ悪化した。クラスメイトから向けられる視線のせいで、シールドが削られるより高速でメンタルが削られていく。
もう、無になって何も考えないようにしよう。
「あ~、そっすね~」
話しかけられても、適当に返事をするだけで済ませる。俺は無だ。大した意見を求められることは無いはずだ。
「そ、そ、ソラ君!た、確かにソラ君の勝利条件は聞いてませんでしたけど、わ、私をソラ君のお嫁さんにするつもりだったんですか?」
「あ~、そっすね~」
無~。
「くひひ。そうなん?じゃ~、ステラちゃんをお嫁さんにしたくてぇ、あんなに一生懸命だったってこと~」
「あ~、そっすね~」
「きゃ~、すっご~い!」
無無~(ああ、エィリーンさんの声、癒やされるわ~)。
「おうおう、俺ぁソラのダチのバッツ・リーゼンってんだ。よろしく頼むぜ、嫁さんよお」
「は、はひぃ。わ、私は、えっと、ステラです。お、奥さんってことは、ステラ・タツミって名乗った方が良いでしょうかぁ?」
「あ~、そっすね~」
「わ、私の家、すっごく貧乏なんですけど、い、良いんですか?両親とか兄弟に、し、仕送りとかも、しないといけないですよ?」
「あ~、そっすね~」
「じゃあよ、俺らは邪魔みたいだからもう行くわ、嫁さん泣かすなよ、ああん?」
「くっひっひ。面白い話聞いちゃったなぁ。みんなにも~、教えてあげよ~っと」
おや、リーゼント君とエィリーンさんがいつの間にかいなくなってしまった。ステラは残っているようだが、なんだから顔が真っ赤だ。
「ステラ、顔赤いけど、風邪でもひいた?」
「だ、だだ、だいじょう、ぶ、ですぅ」
その後、ステラは俺の隣で授業を受けていた。ずっと顔を真っ赤にしたままプルプル震えていたので、何度か保健室へ行くように言ったのだが、「ほ、保健室で、な、何するつもりなんですか?」と、意味不明な返答が返ってくるだけだった。
ステラが隣に座ってくれたおかげか、クラスメイトたちから冷たい視線を向けられることは無かったのだが、午前の座学が終わる頃には、なぜか生暖かい視線を向けられるようになったのは、気のせいだろうか?
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