閑話・和泉の国にて





 和泉の国、国営武蔵競技者育成学校。


訓練場での夜の稽古を終えて、私、百地咲夜ももちさくやは女子寮の自室に戻ってきた。まだ入学式が終わったばかりだというのに、訓練場が使えたのは助かった。


 自室のシャワーで汗を流して着替えをすませ、ベッドに身を投げる。実家では布団を使っていたので、ベッドで寝るのを楽しみにしていたのだが、ただ木の板の上に布団を敷いているのと変わらないので、ひどくガッカリした。


 昔、蒼空そら君が世界大会に出場したときに止まったホテルのベッドは、すっごくふかふかだったって言ってたから期待していたのに、思いっきりベッドに飛び込んだら鼻を打った。


「蒼空君、どうしてるでしょう」


 不意に彼のことを思い出してしまう。


 2年前、私たちを護ってくれた彼のことを。そして、私たちのせいで全てを失ってしまった彼のことを。


「ダメダメ。私たちは、蒼空君の分も強くならなきゃいけないのですから。落ち込んでいる暇などありません」


 そう言いながら、端末を取り出してマギチューブの動画を見ようとするのだから、我ながら未練がましい。


 気分が落ちそうなときは、蒼空君の動画を見ると元気になれる。


私たちを護ってケガをする前の。


 世界最強になることを本気で目標にしていた頃の彼の生き生きとした表情を見ると、私も元気になれた。


「え?」


 思わず声が出てしまった。


 いつも通り、お気に入りの動画リストを再生しようとしたのに、リストが表示されなかった。


 違う。リストは表示されているけど、動画が削除されているんだ。


「動画だけではなく、アカウントまで無くなっている?」


 もしかしてと思い、蒼空君のアカウントを検索したが、見つからなかった。動画の削除だけならたまにあることだが、アカウントが削除されることなんて、ほとんどない。競技者を引退したプロだって、アカウントは残っている。


 削除されるということは、アカウントが不要になったときだけ。


「も、もしかして、し、ししし」


 最悪の可能性が頭を巡り、思わず蒼空君のお母様に通信をつなげた。


『もしもし、どうしたの咲夜ちゃん。もうホームシックかしら?でも、そうだったら私のところじゃ無くて、輝夜かぐやさんのところに通信をつなげてあげた方が良いんじゃないかしら?』


 なんとも落ち着いた口調で、蒼空君のお母様の声が聞こえてきた。少なくとも、お母様は蒼空君が亡くなったとは思っていないようだ。


「あ、あの。蒼空君は、その、お元気ですか?ちゃんとお食事は取られていますか?最近、お顔を見たりはしましたか?」


 自室で孤独死、なんて可能性もある。だって彼は、ケガをしてから2年間、ひきこもっているんだから。


『あ~、蒼空はねぇ。今家にいないのよぉ~』

「い、家にいない?ど、どこに行ったのですか!」

『う~ん、本人に言うなって言われてるからねぇ。でも大丈夫よ、今さっきも通信があって、元気そうにしていたから』


 家にはいないけど、元気にしている?どこかに出かけているの?しかも、通信で連絡を取り合うようなほど遠くに?


「もしかして、蒼空君はどこかの国の育成学校に留学を・・・・・・」

『あ~、ごめんなさいね。お鍋がふきそうだから、通信を切るわね』


 わざとらしく、通信を切られてしまった。


「ということは、今の話は当たっていると言うことですね?」


 表情が柔らかくなっているのが自覚できるほど、今の私は嬉しいようだ。


 だって、あの蒼空君が再び競技者を目指そうとしている。魔力神経が焼き切れて、シールドすらまともに展開できなくなってしまった彼が、まだあきらめていなかった。


 その事実に、胸が熱くなる。


「待ってください。だったらどうして、アカウントが削除されているのでしょうか?」


 競技者を目指すのなら、アカウントは必要不可欠。闘技を生業とするならば、収入源の一つなのだから。


「もしかして、新しいアカウントを作ったのですか?」


 あり得ないことではある。


2年前とは言え、蒼空君は史上最年少のU15世界大会の優勝者だ。未だに彼の動画の再生数はかなりの数で、お小遣いよりもよほど多い金額が教会から振り込まれているはず。


 そのアカウントを削除して、新しいアカウントを発行してもらったというの?


 思わず指が震えてしまうのは、どうしてだろうか?


 必死に指の震えに抗いながら、端末を操作して蒼空君の新しいアカウントを検索する。


『辰己蒼空 該当無し』

『たつみそら 該当無し』

『タツミソラ 該当無し』


 ダメだ。全然ヒットしない。それにしても、和泉の国は文字の形が多すぎて嫌になる。言語は世界共通語で統一されているのに、どうして名文字だけは表記がこんなに多いのだろう。


「名文字が違う?もし留学しているのであれば、世界共通語の文字で名前を登録している。でも、タツミソラではヒットしなかった。それなら・・・・・・」


『ソラ・タツミ 該当1件』

「見つけた!」


 検索結果に、思わず歓喜の声をあげてしまった。しかし、それほど嬉しかったのだから仕方が無い。


 やっと見つけたアカウントをタップして、動画を表示させる。公開されている動画は、たったの1件だった。


 再生される動画に、蒼空君が映し出されて思わず涙がこぼれてしまった。


 本物だ。顔つきは少し大人っぽくなっているけど、見間違えるはずもない。私の大切な幼馴染みの蒼空君だ。


 蒼空君は、見慣れない制服に身を包んで、一人の少女と相対していた。


「ステラ・ランダー?同級生なのでしょうか」


 概要欄のところに、闘技の内容が表示されていた。


『ステラ・ランダーが勝利した場合、ソラ・タツミが彼女を弟子とすること』


 それを読んだ瞬間に、思わず手に力が入りすぎてしまった。危うく壊してしまうところだ。


「蒼空君のことも知らないで、いきなり弟子入りなんて、失礼な方ですね」


 そんなことを考えているうちに、闘技が開始される。


 蒼空君のシールド残量の多さに、感嘆してしまう。同年代で20000を超える人なんて、彼以外いないだろう。相手の女の方も700を超えているので、それなりに優秀なようだが、この差を覆すのは難しいだろう。


 そう思っていたのだが、女の方が攻撃をする度に、蒼空君のシールド残量がぐんぐんと減っていく。


 見事なまでの回避で、飛んでくる小石一つ当たっていないのに、なぜなのだろう。




 闘技は蒼空君の勝利で幕を閉じた。内容的にも圧勝といっていい。でも、シールドの残量だけを見ると、接戦だった。


 むしろ、シールド残量が同数であれば、蒼空君は20回以上敗北していた。


「やっぱり、腕のケガは完治したわけではないのですね」


 おそらく無理矢理シールドを展開しているから、魔力消費が激しいのだろう。


それに、魔拳での攻撃が一切無かった。いや、五十鈴流の技を、無理矢理足で使用していた。


 腕に魔力が流せないから。


 やっぱり、私たちが彼から奪ってしまったものは大きかった。


 あれほど憧れていた師の技を。あれほど修行を繰り返して会得した技を。彼は使えなくなってしまった。


 それでも彼は、あきらめずに努力を続けていた。競技者としては致命的なハンデを抱えることになったのに。


 まだ彼は、世界最強になることをあきらめてはいなかった。


 だったら私も、蒼空君に負けないように努力しよう。


 いつか闘技場で再会したときに、恥ずかしくないように。







 数週間後


 ソラとステラ、ライザの闘技を動画で見つけた咲夜が発狂したのは、また別のお話である。






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天空の競技者~最強を目指すつもりが、なぜか美少女育ててます マグ @mag3627

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