1章

第7話




 学校生活で一度は経験してみたいと思っていたイベント。放課後に女の子から呼び出しを受ける。


 俺は今、そんな重大なイベントに直面していた。


 も、もちろん別の奴が呼び出されている状況に遭遇したわけでは無い。


しっかりと俺の下駄箱に手紙が入っていて、宛名も『ソラ君へ』と、可愛らしい女の子文字で書かれていたから、よくある、隣の人と下駄箱間違えちゃった、という悲しいシチュエーションでも無いはずだ。だよね?


 帰りのホームルームが終わるなり全速力でやって来たので、呼び出し相手が来るまでには多少の時間があるはずだ。この、待っている時間というのはかなり緊張する。


 差出人が不明であったため、誰からの呼び出しかもわからないので、それも相まって緊張はさらに増していく。


 果たしてどんな子が来るのだろうか?同級生?いや、もしかしたら先輩の可能性だって十分にあるぞ。


 俺たちの同級生は、過去に類を見ないほど美少女ばかりだと評判になっている。もし、そんな子に告白などされてしまったら、俺は上手く断ることができるのだろうか?


 俺には目標がある。今はまだ、彼女を作って楽しい学校生活を送る、なんてことはできないのだが・・・・・・めっちゃ俺好みの子がやって来たら、断れるかなぁ?


「お、おま、お待たせしました!」


 そんなことを考えていると、可愛らしい声が聞こえてきた。


「は、ひゃいぃ!」


 反射的に返事をして振り返る。ちょっとかんでしまったのは、ご愛敬というものだろう。


「あ、キミは確か・・・・・・」


 振り返ると、小柄な少女が立っていた。耳まで赤くして、うつむいている彼女に、俺は見覚えがあった。


 先日行われたオリエンテーションで戦った、同じクラスの・・・・・・


「・・・・・・」


 彼女は伏し目がちにこちらを伺うだけで、名乗りはしない。そうだよね、実質二回も俺に自己紹介をしてくれているんだもんね。


 当然俺はキミの名前を知っていると思ってるよね。


「そ、それで?こんなところに呼びだして、なんの用かな?」


 名前を聞くわけにもいかないので、話を進めるしかなかった。だってしょうがないじゃない。人の顔と名前覚えるの苦手なんだもん!


「き、急にお呼び出ししてごめんなさい。実は、ソラ君に、お、お願いが、ありまして」


 よしよし、予定通り話が進んだ。後は、彼女の告白を断るだけだ。


 しかし、護ってあげたくなるような小動物系で、顔立ちも幼いながらに整っていて、文句のつけようのない美少女だ。


 お断りするにはもの凄くもったいないし、将来彼女のような子に告白される機会はやってこないかもしれないけど、お断りしなければ!


「わ、私を・・・・・・」


 彼女は、そこで言葉を句切り、俺に視線を向けてくる。見つめ合った視線からは、彼女の真剣さを読み取ることができた。誠意を持って彼女の想いを聞いてあげなければ、失礼だという気持ちになってくる。


 彼女はゴクリと喉を鳴らした後に、その小さな唇で言葉を紡ぐ。


「私を、ソラ君の弟子にしてください!」

「はいよろこんで!」

「ほ、本当ですか!」

「・・・・・・ちょっと、タイムお願いします」


 緊急でタイムアウトを要求する。思ってたんと違うんだが?


 俺は彼女に告白されると思ってました。


よくよく考えれば、俺は学年主席のグレイ君のようなイケメンでも無ければ、優秀なわけでも無い。


 そんな俺が、知り合ったばかりのこんな可愛い女の子から告白されるわけない。はい、調子に乗ってましたすんません!


 しかもちゃっかり『よろこんで!』とか言っちゃってる俺、何やってんの?どんなに可愛い子が来ても断るって決めてたのに、なんと意思の弱いことか。精進せねば。


 それで?彼女は今なんて言った?弟子にして欲しい?


「ごめん、もう一回言ってもらっても良いかな?」

「そ、ソラ君の、弟子にしてほしいんです!」


 聞き間違いでは無かったらしい。


「ごめん、無理だよ」

「え、ええぇ!」


 人に何かを教えてあげられるほど、俺は何かに熟達しているわけではないし。そもそも、自分が競技者になるためには、やらなければいけないことがたくさんある。


 そんな俺が、誰かの師になるなんて、ひどい冗談だ。


「戦い方なら、嫌というほど学校で習うでしょ?」

「それじゃあ、足りないんです」

「訓練が足りないと思うなら、空いた時間で自主トレとかすれば?」

「そ、そうじゃなくて・・・・・・えっと、戦い方を、教えて欲しいん、です」

「戦い方を?」


 それこそ、実技の時に先生から習えば良い。そもそも、育成学校に入学する生徒は、私塾や道場に通って、小さい頃から戦い方の基礎はしっかりと習うはずだけど?


「実は、私の生まれた村はすごく貧しいところで、近所に戦い方を教えてくれる人は1人もいなかったんです」

「嘘でしょ?じゃあ、どうやってここに入学したの?」


 いくら『落ちこぼれ学校』と呼ばれていても、入試の倍率は3倍位ある。ある程度の実力が無ければ入学試験はパスできない。


しかも彼女は、入試成績順に振り分けられるクラス分けで、俺と同じCクラス。試験ではそこそこの結果を出しているはずだ。


「筆記試験は、1人でも勉強できましたから。村に来た行商のおじさんに参考書をもらって、コツコツ勉強してました。模擬戦はダメダメでしたけど、力だけは人一倍強いので、たぶんそのおかげで合格できたんだと思います」


 確かに、彼女の正拳突きの威力はやばかった。拳圧で壁に拳の跡を残してたし。


「そ、そうなんだ。でもさ、入学できたんだから、これから授業でゆっくり戦い方を習っていけば良いんじゃない?学校生活はまるまる3年もあるわけだし」

「そうかもしれないです。でも、私は少しでも強くなりたくて、できることはなんでもしたいんです!」


 それは誰でもそうだ。育成学校に入学したということは、将来はプロの競技者になるということ。


 世界中にいるプロは、人口の約10%とも言われるほど人数が多い。その中で、生計を立てられるほどに稼げる人は約半数。華やかに活躍できる人間は、本当に一握りしかいない。


 せめて生計を立てられる程度には実力をつけようと、誰しもが必死に学校で研鑽する。彼女が特別なわけでは無い。


「大体、なんで俺なんかに弟子入りしたいの?俺たち同じクラスなんだから、成績だってそんなに変わらないはずだよ?」

「そ、それはぁ・・・・・・」


 そう言いながら、彼女は再び顔を伏せて黙り込む。


 これは、もしかして、やっぱり、この子は俺のことが好き、とか?弟子入りとかは口実で、本当は俺とお付き合いをしたい、とか?


「憧れの人がいて!その人みたいになりたいんです!」


 はいはい、わかってました、わかってましたよ。ただの思春期の妄想ですすいませんでした。


「それに、実家が貧乏で・・・・・・将来は少しでもたくさん稼げるようになって、両親に楽させてあげたくて」

「そう、なんだ」


 ああ、もういやだ早く帰りたい。早く帰って自主トレに勤しみたい。入学早々にこんな居たたまれない気持ちになるなんて思わなかった。


 ここ数年、まともに人と関わっていない弊害がこんなところで出てしまうとは。


「それじゃ、俺は帰るよ」


 そう言い残して、男子寮に向かって歩き出す。勘違い男子らしく、哀愁を漂わせて帰るとしよう。


「ま、待ってください」

「いや、待たないよ」

「さ、さっきは『よろこんで』って言ってくれたじゃないですか」

「そ、それは・・・・・・」


 さすがに、告白されたと思って返事しました、なんて、恥ずかしすぎて言えない。


「じゃあ、わかりました」

「わかってくれたか」


 安堵して振り返ると、なぜか彼女は、俺に向かって拳を突き出していた。


「闘技してください!私が勝ったら、弟子にしてもらいますから!」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る