第39話





 試合を終えたソラ君は、堂々とした足取りで通路まで歩いてきます。


 シールドを解除してからも、ソラ君の様子は変わることなく、穏やかな表情をしているので、腕輪の反動?っていうのは大丈夫のようです。


「たいしたもんだ。あれが競技者ってやつなんだろうな。おい、もうちょっと下がるぞ。少年の迷惑になる」


 セーラ先生に手を引かれて、通路の奥に引っ張られて行きます。どうしてこんな奥まで下がらないといけないの?


できれば、ソラ君に勝利のハグを・・・・・・ありがとうを伝えたいです!


 そうこうしている間に、ソラ君は外からは姿が見えなくなるくらいの位置までやってきて、急に倒れてしまいました。


「無理しやがって」


 こうなることがわかっていたかのように、セーラ先生は呆れたような表情で、倒れてしまったソラ君に声をかけています。


 どうして?さっきまであんなに平気そうな顔をしてたのに。急に腕輪の反動が?それとも、ミシリガント様に何かされたの?


 突然のことに、私はわけがわからなくなってしまいました。


「そ、ソラ君?え?セーラ先生、ソラ君、どうしちゃったんですか?」

「ステラ?目が、覚めたんだ」

「わ、私のことなんかどうでも良いです。そ、ソラ君こそ、大丈夫なんですか?」


 この状況で、どうして他人の心配なんかしているの?私なんかより、ソラ君の方がよっぽど重症に見えるのに。


「ちょっと、離れてろ」


 セーラ先生に言われて、私はソラ君から離れることしかできなかった。それがすごく悔しかった。


だって、ソラ君がこんなにボロボロになったのは、私のせいなんだから。


 何もできない私に変わって、セーラ先生はソラ君の体に魔力を流して、診察を始めていました。


「魔力神経は無事みたいだな。これなら、回復魔法で治せる」

「よ、良かったぁ」


 その言葉に、すごくほっとしました。もし、障害が残ることにでもなったら、私が一生ソラ君のお世話をするところ・・・・・・それはそれで良いかも知れません。


 でも、やっぱりソラ君の闘技をしているところが観られなくなるのは嫌です。


また一緒に修行もしたいし、授業にも一緒に出たい。他にもまだまだ、ソラ君と一緒にしたいことはたくさんあるので、早く良くなってください。


「それじゃ、とっとと少年を保健室に運ぶか。頼んだぞ、お弟子ちゃん?」

「は、はいぃ!」


 セーラ先生にそう言われて、ソラ君の体を眺めます。うつ伏せに倒れている彼を、どうやって保健室まで運びましょうか。


 肩に担ぐ?おんぶ?それとも、お、お姫様抱っことか、しちゃっても良いんでしょうか?


「クソ平民風情が!よくもやってくれたな!」

「み、ミシリガント、様?」


 ソラ君の体の上でワキワキしながら手を動かしていたら、よりにもよってミシリガント様がやって来ました。


 私がもう少し早く、ソラ君をお姫様抱っこする決断ができていれば、こんな邪魔が入らなかったのに!


 なぜかミシリガント様を前にしても、恐怖を感じることはありませんでした。


ソラ君が闘技をすることになったのは私のせいですが、ミシリガント様のせいでもある。


 そもそも闘技に負けたくせに、ミシリガント様を使って私を傷つけようとしたザニス様が一番悪い。


 そう思うと、恐怖なんかはどこかへいって、胸の奥から怒りがふつふつとわき上がってきました。


 何より、せっかくソラ君をお姫様抱っこする機会を邪魔したことは、絶対に許せません!


「何のようですか!それ以上、ソラ君や私たちに近寄らないでください」

「何を生意気なことを!誰を相手にしているのかわかっているのか!」


 ソラ君は、ミシリガント様の身分を剥奪するって言った。つまり、この人はもう騎士様じゃなくて、私と同じ平民ってことだ。


 だったら、怯えることなんて何も無い。


「誰を相手にしてるか、ですか?私の師匠に闘技で負けて、平民に成り下がった元騎士様に、ですけど?」

「おうおう、お弟子ちゃんも言うねえ」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ。貴様らのせいだ!せっかく築き上げてきた国防の騎士という地位を、こんなガキのままごとで奪われるなど。私は選ばれた人間だぞおおおおぉ!」


 双剣を振りかぶって、斬り下ろしてくる。


 その動きが見えた私は、身体強化を施した後、右手に込められるだけの魔力を注ぎ込んで、一心に振り抜いた。


「げ!」


 2本の剣がちょうど交わったところにぶつかった拳は、双剣を粉々に砕きました。


 勢いのついた拳は、それだけでは威力がおさまることはなく、ミシリガント様の顔面に直撃しました。


 シールドが展開されていない、生身の人間を殴ったのは生まれて初めてです。


 骨の砕ける感覚や、何かが潰れるような感覚が拳に伝わって来て、非常に気持ち悪かった。


 この男は、村の人たちにこんなことをして喜んでいたのかと思うと、正気を疑ってしまいます。


 いいえ、きっとこの人に正気なんてものは無かったんでしょう。


 なんでこんな人が、選ばれた人間だなんて、誰が思うんでしょう。少なくとも、私はそう思いません。


 ソラ君みたいに、闘技を心から楽しめて、鍛錬を欠かさずに少しでも強くなろうとする人こそが、神々に選ばれた人間、なんじゃないかな?


「さ、セーラ先生。早くソラ君を保健室に運んであげましょ?」


 そう言ってセーラ先生の方を振り返ると、なぜか先生は青い顔をして震えていました。も、もしかして私の拳を見て、驚いちゃったんじゃないですか!


「先生、私の拳、すごかったですか?ソラ君の弟子っぽかったですか?」

「あ、ああ。嬢ちゃんの攻撃はすさまじかった。なんせ、国に伝わる双魔剣を砕いちまったんだからな」


 そうまけん?私が砕いた剣は、何かすごい物だったんでしょうか?


「この双魔剣は、国防の騎士に伝えられた、古くから伝わるイザイル王国最強の魔剣の一つ。それをぶっ壊したとなると、どうなるんだろうなぁ」

「え?え?最強の?ど、どどどどど、どうしましょおおおおおぉ!」

「どうしようもねえ。あたしとしては、とっとと逃げることをおすすめするな」


 そ、そんなこと言ったって、どこに逃げればいいんでしょう。


「そ、そうだ。この柄の部分をどっかに隠しちゃえば、私が魔剣を砕いたってわからないんじゃ・・・・・・」


 そこまで言って、視界の端にこちらに向かって走ってくる人の姿が見えた。その人が誰だかわかった瞬間に、私の涙腺からほんのりと雫が漏れ出してきました。


「ひ、姫様!こ、これは違うんですうぅ!」


 姫様の視線が倒れているミシリガント様に向き、私に向き、最後に私が両手で握っている魔剣の柄に向けられて、視線は完全に止まってしまいました。


「す、ステラさん?その、両手で持っているのは何?」

「・・・・・・柄です」

「剣の柄だよね?それ以外に柄なんてないし。かなり凝った装飾の柄だけど、剣の部分はどこにいったのかな?」

「えっと・・・・・・そこら辺に、転がってます」

「あ、あ~、そうなんだ。わかったわかった。ちょ~っとアタシに時間をちょうだい。理解はしているんだ、理解は。あとは現実を受け入れるだけだからぁ」


 姫様は、遠いところを見上げたまま何かをぶつぶつとつぶやき始めました。時折聞こえてくる「ミシリガントに罪をきせて」とか、「ザニス諸共焼き払っちゃえば」とか、物騒な言葉を、私は必死で聞かないようにしました。


 どうか神様、私が明日も無事に生きていられますように!





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