第21話




 さて、ちゃっかり数量限定の学食ランチを食べた俺たちは、昼休みを十分に取ってから校内に併設されているプールへとやって来た。もちろん午後の実技は欠席である。


「あ、あのぉ、なんでプールなんでしょうか?」


 内股の姿勢のまま、両腕で胸元を覆い隠すステラは、当然水着である。学校指定の競技用(闘技のような激しい動きにも余裕で耐えられる)水着なため、露出は低いのだが、どうやら恥ずかしいらしい。


 さすがに制服や体操服のまま着水させるのは、生命の危機的な意味合いで危険なので、安全策として水着になってもらった。


「わ、私、水着なんて初めてで・・・・・・恥ずかしいですぅ」

「大丈夫だよ。似合ってるから」

「はうぅ」


 フォローしたつもりだが、なぜかステラはさらに顔を赤くしてしまった。これからしばらくはプールで修行するつもりなのだが、風邪とかじゃないよな?


「それじゃ、仰向けになって寝てもらおうか」

「ここで?」


 ステラの質問に、俺はプールの中央を指さして応える。


「水に浸かって力を抜くと、ぷっかりと体が浮かぶだろ?」

「は、はい」

「とりあえずそれをやってみてくれる?」


 わけもわからずと言った表情で、ステラはプールの浸水していった。室内の温水施設のためそこまで寒くはないと思うが、つま先が水に触れた瞬間にぶるりと体を震わせたのが可愛らしかった。


「うっぷ、ど、どうでふかぁ」


 どう、と言われてなんと表現したものか。思惑通りしっかり体は浮かんでいる。


しかし、仰向けという状態がよろしくなかった。正面からではわからなかったが、水面からやや慎ましく主張している二つの丘が見え隠れしている。そこにさらに、頬を赤く染めたステラが顔を出しているわけで。


 これをどう表現すれば良いというのか。


「エロイ、とか?」

「うきゃっぷ!」


 表現がお気に召さなかったらしく、ステラはぶくぶくと泡を出しながら沈んでいった。指導って難しいんだな。


「そ、ソラ君!」


 水面から顔を出したステラは、首元まで赤くしながらこちらにやってくる。何やら怒っているようだ?


「い、いきなり変なこと言わないでください!わ、私のどこが・・・その、え、エッチだって言うんですか!」

「低身長で童顔なのに意外と胸の大きいステラが、顔を真っ赤にして必死に浮いている顔が胸の間から見えている様がとても・・・・・・」

「せ、説明しないで!そんな細かいところまで聞きたくなかったです!」


 だってどこがエロイかって聞いたから。こういうのは真面目に答えようとしなくても良いのかな?


「と、とりあえず続きをやろ?俺もステラの胸にはあまり視線を向けないようにするから」

「ちょっと心の準備をさせてください。それから、む、胸には、あんまりじゃなくて絶対視線を向けないでください」

「それは了承しかねる!」


 だって、全身を見ないと指導のしようがないからね。




 いきなり休憩を取ることになったが、精神的に落ち着きを取り戻したステラは、再びプールの水で体を浮かせ始めた。


 一応言っておくが、これはあくまで全身の力を抜くための訓練であり、変な下心があるわけではない。


「ステラ、そこで全身にシールドを展開して!」

「へ、はひぶがぶが」


 急に体に力が入ってしまったステラの体は、再び沈没していった。


「ぷは!ご、ごめんなさい。急に言われたので、上手くできなくて」


 まあそうだろう。何事もいきなり上手くできるなんてことはない。特に、ステラは魔力の使い方が苦手みたいだからな。


「今度は、ステラのペースで良いから、体を浮かべたらシールドを展開してみて」

「わ、わかりました」


 ゆっくりと水面に浮かんでいるステラは、目を閉じて大きく息を吸った。その拍子に、体は水の中に沈んでいく。


 ゴポゴポと小さな水泡が浮かび上がってくるだけで、しばらくステラの体は浮かび上がってこない。


「・・・・・・」


 今何秒経った?ついさっき沈んで行ったばかりだから、早々溺れることは無いだろうけど、無性に心配になってしまう。


 そわそわしながら水面を注視していると、やっとステラの体が浮かび上がって来た。


「大丈夫か?」


 返事はしないが、一度大きく瞬きをして合図を送って来た。きっと大丈夫だと言いたいはず。


 水中に沈んで慌てるかと思ったけど、どうやら無事にシールドを展開できたらしい。ただ、気を抜くと沈みそうなので返事は出来ないといったところか。


 闘技中は一度シールドを展開すれば、神々のご加護で決着が着くまで無意識に維持できるが、日常では常に意識しなければ解除されてしまう。


 魔力操作が苦手だと、維持し続けるのも大変だ。


「今日はそのままシールドを全身に展開し続ける練習だ。なるべく長く維持できるように頑張ってくれ!」

「はぶぶぶぶぶ」


 俺のセリフが言い終わるのとほぼ同時に、ステラは水没していった。




「ふぇ・・・ふぇ・・・疲れ、ましたぁ」


 1時間ほどこれを繰り返して、ステラは魔力がすっからかんになってしまったようだ。プールサイドで仰向けのまま倒れてしまった。


「よく頑張ったな」

「うぅ、結局、1分も維持できませんでしたぁ」


 そうは言っても、最初は2~3秒ほどで沈んで行ったんだから急成長だ。これを続けて行けば、すぐに魔力の扱いにもなれるだろう。


「まずは10分、シールドを展開したまま浮いていられるようになろう」

「が、がんばります」


 握り拳を作って空に掲げるが、それはすぐに力を失ってぺたりとプールサイドに落ちていった。


「すぅ・・・すぅ・・・」


 よほど疲れたようで、ステラは可愛い寝息をたてて眠ってしまったようだ。


「・・・・・・」


 寝ちゃダメじゃん!いくら空調が聞いているといっても、びしょ濡れの女の子をプールサイドで寝かせておくわけにはいかない。


 ほっといたら風邪ひいちゃうし。


 とは言え、ステラは水着を着ているわけで。


 さすがに水着を脱がせるわけにはいかないし、着替えだって女子の更衣室にある。バスタオルをかける?


 根本的な解決にはならないよな。


「やっぱりここは、俺が制服に着替えさせてやるしかないか?」

「どう考えてもダメでしょ!」

「うひゃ!」


 ステラの水着に手をかけようとした瞬間、背後から突然声をかけられた。思わず飛び上がってしまったわけだが、俺はやましいことなんてしていないぞ!


「って、なんだ姫様か」


 なぜか腰に手を当てて怒っているライザ王女がいた。


 なんでこの人こんなところにいるんだ?まだ午後の授業中だと思うんだけど。


「まさか、実技でペアになってくれる人がいないから、授業から逃げ出しちゃったとか?」

「そ、そんなことありませんけど?」


 そんな明後日の方向を見ながら答えられても、全く信じられませんけどね。


「俺とステラが欠席しただけなら、あぶれる心配ないでしょ?」


 生徒の人数は偶数だからね。あぶれて先生とペアになってお手本という名の公開処刑にはされないはずだけど。


「えっと、毎回最後まであぶれているのが恥ずかしくて。一応、この国の王女なんだよ、アタシ」

「・・・・・・強く生きてください」


 半日以上時間が空いたおかげで、俺の頭も相当冷えたようで、嫌味が飛び出すことはなかった。


「それじゃあ姫様、俺はステラを着替えさせないといけないので失礼します。しばらくは誰も来ないと思うんで、その・・・・・・ゆっくりしていってくださいね」


 なるたけ自然に、憐みが表に出てしまわないように注意しながら笑みを向けた。


「ち、違うよ。一人になれる場所を探してたわけじゃないし?友達が出来なくて悔しいからって、こんなところで泣いたりしないし?」

「大丈夫ですよ。わかってますから」

「ほ、本当に違うから!アタシは、タツミ君に話があったの!」


 え?なんで?






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