第20話




 目が覚めると、目の前には白い双丘がそびえ立っていた。


 高くもなく、低くもない。そんな印象だ。


 そんな丘が、一定のリズムで揺れているのだが、地震でも起きているのだろうか?


 触ったら崩れてしまいそうなほど柔らかそうな二つの丘に触れてみようかと考えたが、丘の向こう側に、目を閉じているステラの顔が見えたので、直前で手を引っ込めた。


 ステラさん、見かけによらず結構胸があったんですね。


「あれ?腕が上がる?」


 先ほどまで全く動かせなかった右腕が、自然に動かせることができた。


「やっと起きたか。んじゃ、左肩もやっちまうか」

「うぎゃあ!」


 ステラの脇からこちらをのぞき込んできたセーラ先生を見て、思わず悲鳴が漏れた。


「んだよ。人の顔見て叫びやがって」

「ちょっと、生理的に・・・・・・」

「そりゃいくらなんでも失礼だろ」


 セーラ先生は、不機嫌そうに頬を膨らませながらこちらを見ている。その表情を見て、なぜかドキドキしてしまう。この気持ちは一体なんなのだろう。


「ほれ、いい加減起きろ」


 そう言って差し出された手に、戸惑いながら自分の右手を伸ばす。彼女の手を触れる寸前で、心臓が大きく飛び跳ねた。


「ほれよ」

「うっぎゃあああ!」


 セーラ先生の手に触れた瞬間に、右肩の激痛がフラッシュバックした。


 なんで忘れていたのか。きっと俺のこころが防衛本能は働かせたのだろう。危うくトラウマを抱えることになるところだった。


 そんなトラウマを与えかけた人は、俺の悲鳴を聞いて耳を塞ぎながら、こちらを睨み付けている。


「元気そうだし、とっとと左肩やんぞ?」

「いやいやいやいや、なに気軽に次行こうとしてるんですか。治療の説明とかあんなに痛いとか聞いてないんですけどインフォームドコンセントどうなってんすか!」

「あーあーうっせーなー。だから言ったろ?治さなくてもいいだろって。それをお前が、国の威信にかけて治すんじゃなかったんすか~、なんて煽りやがるから。こっちも本気で治療してやったんだろうが」

「そりゃありがたいですけど、あんなに痛いんなら、事前に説明とか、魔酔とか、なんかあったでしょ!せめて気持ちの準備くらいさせてくださいよ」

「ああん?言っただろ、これからちょっと痛いぞって」

「言う前から十分痛かったですけど!」


 ぜえぜえとお互いに肩で息をしながら一休み。つい熱くなってしまったけど、まだ左肩の治療が残ってるから引くに引けない。


 一瞬で右肩の治療がすんだのはありがたいが、同じ治療は断固として拒否したい。すんげえ痛かったし。


「だって2週間後のランキング戦に出れるようにしろって言ったじゃん。チマチマやってたら間に合わねえぞ」

「あんな思いするんなら、ランキング戦は欠場で良いです!」

「はあ?だったら始めっからそう言えよ!右肩の治療にいくらかかったと思ってんだ!」

「え、えっとぉ。二人とも、大丈夫ですか?」


 背後から、恐る恐るといった感じの声がかけられる。


 セーラ先生が大きな声を出すから、せっかく寝ていたステラが起きてしまったらしい。


「ソラ君、えっと、もう、大丈夫ですか?」

「う、うん。ステラのおかげで」


 ステラの膝枕があったからこそ、右肩が完治したと言っても過言ではないはずだ。もう一回してもらったら、知らないうちに左肩が治ってたりしないかな。


「はぁ、ったく。そんで?本当にどうすんだよ、ランキング戦」

「痛くない治療法ってないんですか?」

「魔力神経が焼き切れるなんて、症例が少ないからなんとも言えん。痛みなんて個人の感覚だからな」


 そりゃそうだ。痛みを感じにくい人もいれば敏感な人もいるし、痛みが苦手な人もいれば、逆も又しかり。


 敏感かどうかはわからないが、俺は痛みを快感に変えられるわけではない。


「とりあえず、少し時間はかかるが患者に負担の少ない治療法と、少し時間はかかるが金の負担が少ない治療法がある。こっちとしては金の負担が少ない治療法を・・・・・・」

「患者に負担の少ない治療法で!」

「ここで安くあげとけば、魔力神経の治療にも金が回せるかもしんねえぞ」


 ぼそりとそんなことつぶやくんだもんな。大人ってずるい。


「なるたけ、痛くしないでくださいよ」

「安くはあげてやるよ」


 それを聞いて、顔を引きつらせることしかできなかった。








 結局、その後左肩の治療を受ける勇気がなく、明日の放課後から治療を再開してもらうことにした。


 もうまもなく午前中の授業が終わるといった頃合いだったが、この後どうしたものか?


「学食行って、限定メニューとか頼んじゃう?」


 そう隣を歩く少女に声をかけたのだが、なぜか先ほどまでの元気は無く、ステラはうつむいていた。


「あ、あの、ソラ君。これからは、あんまり私に、か、関わらない方が良いですよ」

「なんで?」


 突然そんなことを言われても、ちょっと意味がわからない。そっちから無理矢理関わりを持とうとしてきたくせに、いきなり突き放されてはどう対応して良いのかわからん。


 俺は2年間もひきこもっていたわけで、人とのコミュニケーション能力はだいぶ退化してしまったのだ。


「まさか、膝枕してもらってるときに、何か失礼なことでもした?」


 寝ぼけて太ももをなで回したとか、スカートの中に手を突っ込んだとか、無意識のうちにしてたらもったいな・・・・・・申し訳ない。


「い、いえ。そ、そんなに変なことは、されてません」


 それ、ちょっとはしたってことじゃん!いかんぞ、修行不足でこころが浮ついている!


「そうじゃなくて!私と関わると、今日みたいに、お貴族様に嫌がらせをされるかもしれません」

「はあ」


 でも、あのお坊ちゃん、弱かったよね。


「ソラ君には、嫌な思いはして欲しくないんです」


 そりゃ俺だって嫌な思いはしたくない。あと、くっそ痛い思いもしたくない。


「だから、もう、私には近づかないでください!」

「なんかいきなりフラれた!」

「え!いや、あの・・・・・・フッたとかフラれたの話じゃなくて。ソラ君が平穏な学校生活を送れるように・・・・・・」

「つまり、今の状態じゃステラは平穏な学校生活が送れないわけだ?」

「でも、私はカルバモニスの領民で、ザニス様は領主の一族だから」


 いじめられ、傷つけられ、辱められ、搾取されるのは仕方が無いと?


「あのお坊ちゃん、領主の一族だか何だか知らないけど、弱いよね?」

「た、確かに強くは無いかもしれないですけど・・・・・・」

「だったら、ぶっ飛ばせばいいじゃん!」

「え!」


 だって、意見が合わなければ、戦いで、闘技で決着をつけるのが世界の常識だ。


 領主一族の命令が気に食わなければ、闘技で勝って黙らせれば良い。


「ステラが、あのお坊ちゃんに闘技で勝てば良いんだよ」

「え?ふえええぇ!そ、そんな。むむむむ、無理ですよ!」

「おあつらえ向きに、ランキング戦が開催される。そこでステラの力を見せつけてやろうぜ」


 ステラには身体強化を使わなくても大地を砕くだけの怪力がある。


 この力を、身体強化で高めて技に昇華させられれば、学年でも上位のランキングになれるだろう。


「どうせ俺は欠場だし。セーラ先生の治療の時間以外は、俺が徹底的に鍛えてやるよ」


 俺もこの国のお貴族様の考え方ってやつが頭に来てたんだ。ステラを鍛えて、人を物や駒のように扱う貴族たちに、目に物見せてやる。


 未だに涙を瞳一杯に溜めて「ふえええ」とうめいているステラに向かって、右手の拳を突きだした。


「これからよろしくな。弟子一号」

「ふぇ、で、弟子?私が?」


 突き出した拳は、所在なくひっこめるしかなかった。






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