第3話



「・・・・・・どうしよう」


 イザイル王国第一王女、ライザ・リラ・イザイルは困っていた。


 今回のオリエンテーション、なぜほぼ全ての戦力が最前線に集結しているのかと言えば、ライザのためだ。


 ライザは遠距離型の魔法職。接近されれば自衛はほぼ不可能。


『この国の第一王女殿下に護衛がつかないとはどういうことですか!少なくとも30人は姫様の警護に充てるべきです!』


 総勢50人の女子寮チームの内、30人を護衛につけて戦闘の無い場所で待機させろというシスティナの提案は、さすがに誰も聞き入れてはくれなかった。


 そのため、伝統的な陣形を崩して、ほぼ全員が最前線に出てライザを警護しながら戦う、という作戦に落ち着いたわけだが。


『姫様が前線に立たれるのであれば、露払いは私の務め。姫様はどうぞ、後方で待機していてください』


 そう言って、魔法職のくせに最前線に飛び出して行ったシスティナは、先ほど退場してしまった。


 そして、開戦直後から隣にいてくれた女子寮チーム最強のキャロリアは、いつの間にか学年主席のグレイと斬り結んでいる。


 そのせいで陣形は大きく崩れ、女子寮チームに大量の退場者を出してしまった。


 自分がいたせいで陣形を変えさせたというのに、今の自分には何もすることができない。


 それどころか、王族の権力を使ってチームを従わせてしまったかのような現状は、自分の目的を果たすためには喜ばしいことではない。


「今の私に、出来ることは・・・・・・」





「次席はグレイに任せて突っ込むぞ!」

「「「うおおおぉ!」」」


 システィナが退場し、キャロリアが押さえ込まれた今、前線の戦力が急激に低下していた。


女子寮チーム退場者12名。男子寮チーム退場者18名。


戦力が低下したのは男子寮の方が深刻なのだが、勢いだけで女子寮チームを押しはじめている。


 過去一度も勝利したことがないという雪辱を、今年こそ注いでやろうと躍起になっているのだろう。どんな状況だろうと勝ちをあきらめない。これこそが競技者のあるべき姿なのだろうと、賞賛してしまう。


「ぜってーミレイちゃんを落としてやるぜー!」

「ぐへへ、オイラはラナちゃんを倒すんだな」

「今年は特にかわいい娘が多いからなぁ。誰の裸が拝めても眼福だわ」


 否。邪な感情で戦っているだけだった。


 自分の好みの女子を退場させ、良いモノを見たい。ただその一点にのみ情熱を燃やしているアホが大半だった。


「きゃあぁ!」

「男子のバカ、ヘンタ~イ!」

『ミレイ・サライリー、ラナ・ミットルーダ、退場~』


 ただし、そのアホの情熱が、あまりにも強すぎた。例年以上に男子たちのやる気は高く、女子も美少女が多かったのが拍車をかけている。


何せ今年は侯爵令嬢だけでなく、王女殿下までいるのだ。それも、現国王に「娘の美貌のせいで国が滅びるかもしれない」と言わしめたほどの魅力を持った姫君だ。


 劣情が爆発しないわけがない。


「お、王女殿下のにゅ、入浴シーン!」

「姫様の下着ドロップは俺のもんだ~!」


 前線にできた穴をついて、ライザがいる後衛にまで男子の一団が突入してきた。この人たち、本当に気持ち悪い。なんて言葉をぐっと飲み込んで、ライザは杖を構える。


「ライゼン流・雷槍!」

「輝け!ファンシースターライト♡」

「土の壁、出ろ~!」


 幸い、突入してきた男子の数はそこまで多くない。どうにか退場させてしまえば、陣形を整えて、チーム全体の立て直しを図れる。


 ただ、その指示を誰が出してくれるのだろうか?


前線のリーダーであったシスティナはもういないし、キャロリアはそもそもチームを統率することには向いていない。


「もしかして、アタシが指示を出すの?」


 学校には貴族や平民といった身分差はいっさい無い、というのが世界共通の認識だ。選民主義を持つイザイル王国においてもそれは同様。まあ、イザイル王国の貴族は競技者養成学校に入学することは基本的に無いのだが・・・・・・


自国の姫だからと、優遇されるわけでもなければ成績に下駄を履かせてもらえることもない。


 実際、ライザは試験の結果Cクラスになっている。A~Eまであるクラスのちょうど中間。エリートでも無ければ劣等生でも無い、というクラスだ。


 結局のところ、普通の成績のライザがなぜこの状況で指示役になるのかと言えば、単純に立ち位置の問題だ。


 集団戦においては、戦況が見渡せる最後方の人間が指示を出すのが好ましいと言われている。


 そして現在、最後方に一人で佇んでいるのがライザだった。


 男子の勢いに押され、次々と衣服と装備を残して消えていく女子たちの姿も。衣類に群がろうとする醜悪な男子の姿も、この位置からはしっかりと見ることができた。


「みんな、中央の防御が薄くなってる。左翼から何人か、援軍に回って!」

「りょーかい、姫様!」


 システィナのようにはできないが、これでも一国の姫だ。人の動かし方なら、ある程度学んでいる。幸い、女子は素直に指示に従ってくれた。


崩れかかった戦線をどうにか立て直そうと指示を飛ばし、陣形を整える。


「野郎ども!ここを抜ければ王女殿下と侯爵令嬢のあられもない姿が拝めるんだ!気合い入れろよ!」

「「「うっほほおおおお!」」」


 陣形はある程度整え、前衛と後衛の役割も機能しはじめた。しかし、陣形も定石も無い男子寮チームは、ただただエロパワーだけで防衛網を突破しようとする。


「残り時間、後5分を切った」


 ライザは杖を握る手に力を込めて、迫り来る獣たちを睨み付ける。


 残り時間はわずかしかない。もう男子チームに勝ちは無いだろう。だったら、最後くらい自分も好きにして良いだろう。


 女子の入浴姿をのぞこうとする不届き者。残された下着をさも自分の物として持ち帰ろうとする愚か者。


 よりにもよって、自分にその劣情が向けられていたら、許せるわけが無い!


「今より紡ぐは氷雪の詩」


 ライザの魔法の弱点。それは詠唱が必要なこと。現代では様々な流派が存在するが、詠唱魔法は極めて希少。


 その理由は一つ。隙が大きくなること。


 1対1の闘技において、詠唱中はまさに的。多人数での闘技や、魔獣の討伐くらいしか使いどころが無いため、人気はそれほど高くない。


 それでも詠唱魔法が廃れていないのは、弱点があっても使いたがる者が一定数いるためだ。その理由は、超火力。


「吹きすさぶ風は吹雪となって世界を白へと染め上げる。凍てつく海は何物も育むこと無く。凍てつく大地は何物から命を奪う。閉ざされし終焉の世界は、ただただ白く氷に沈む!」


 ライザが詩を紡ぐように歌い始めると、周囲に突風が吹き荒れる。風はライザを中心に舞い上がり、徐々に白んで吹雪へと変わる。


「欲情にまみれし獣たちに、永久凍土の罰を与えよ。暴風雪の終焉世界スノーストーム・ワールドエンド!」


 ライザの詠唱が成った。


 その刹那、ライザの周辺に居た人間は突風に巻き上げられて上空へと吹き飛ばされていく。上空へと舞い上がったその体は、例外無く凍りついていた。


 徐々にシールドへスリップダメージが入り、一人、また一人と氷の中から退場していった。


 吹雪が治まり視界が戻る頃には、その場に誰もいなくなっていた。


 暴風の中心点には、先ほどまでライザが使用していた装備一式が残っていた。


 最後に吹いた一陣の風は、ハニーゴールドのパンツと共にどこかへと消えて行った。




 このオリエンテーション終了後、学校内の男子生徒が血眼になって探すことになったのだが、どれだけの時間をかけても、誰一人見つけることができなかったとか?




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