第13話
「本日の授業は、身体強化の基礎を訓練する」
俺の横に立って教師の話を聞いているのは、この国の第一王女様らしい。
この学年には貴族が数人在籍していると聞いたことがある。
しかし、まさかこの国の頂点たる王族が、昼飯をぼっちで食べているなんて思わないよ。なんで王女様が校舎裏で、購買のパンを一人で囓っているんだ。
「「・・・・・・」」
ライザ王女の自己紹介を受けてから、終始無言の状態が続いている。
入学してまだ数日とはいえ、この国の王女殿下の名前も知らないどころか、同じクラスに通っていたことすら知らなかった。大変無礼なことではなかろうか?
いきなり私はこの国の王女なの、よろしくね。なんて言われて、どのような態度で接すれば良いのか全くわからない。
「それでは、今から各グループにこの眼鏡を配る。これはレンズに特殊な素材が使用されていて、体内の魔力の動きが視認できるようになっている。一人が身体強化を行い、もう一人が魔力の動きを観察し、均等に身体強化できるようにアドバイスをしてやってくれ」
ほうほう。随分と丁寧に身体強化を教えるんだな。
身体強化は、全身に均等に魔力を巡らせることで、体に違和感無く筋力を向上させられる。これが均等を保てていないと、身体のバランスが崩れて上手く体を動かせなかったり、魔力が多く集まった箇所に負担をかけすぎてしまうことになる。
俺が初めて身体強化を師匠から習った時は、水深が50メートルもある湖に放り出されたっけ。
などと考えているうちに、俺たちのところにも眼鏡が届けられた。
「姫様、どっちがどっちをやりますか?」
「学校では身分差は関係ないんだから、姫様はやめてくれないかな。できれば、ライザって呼び捨てにしてもらえると嬉しいんだけど」
それは無理ですね。いくら学生は身分差ではなくランキングでその優劣をつける、と言われていても、他国の平民が安易に姫殿下を呼び捨てなんて。
呼んだ途端に不敬罪で牢屋にぶち込まれそうだよ。
「では、俺が先に眼鏡を使ってもよろしいでしょうか?」
「うん、わかった。あと、敬語も使わなくて良いからね」
無茶言うなよ!こっちは昨日の闘技のせいでただでさえ周りから変な目で見られてんだよ。
そこに追い打ちをかけるように王族への不敬なんて、もうこの国で生活出来なくなっちゃうんじゃないかな。
「それでは、準備ができたところから始めなさい。質問があれば、いつでも声をかけるように」
「じゃあ、始めるよ」
ライザ王女は目を閉じて、体内の魔力を循環させる。その瞬間に、とてつもない量の魔力が解き放たれ、俺のかけていた眼鏡がその魔力を光としてとらえた。
「うぎゃあ!目が!目がああぁ!」
慌てて視線を外したが時すでに遅く、俺の両目は高出力の光によって視界を奪われてしまった。あまりの衝撃で、その場でのたうちまわてしまった。
「あ、ご、ごめんねタツミ君。大丈夫?」
「は、はいぃ。でも、最初は少ない量の魔力で始めていただけたら助かります」
「わ、わかった。やってみるね」
「うぎゃああ!」
それから五回程、このやり取りを繰り返すことになった。視力、落ちてないと良いなあ。
「姫様、いくら何でも魔力を使い過ぎですよ。こんなに一気に強化したら、身体がついて行かないでしょ。それに、こんな量の魔力、長時間の維持は出来ないでしょ?」
「ご、ごめんね。アタシ、ちょっとだけ魔力の操作が苦手なんだ」
ちょっととは?身体強化を繰り返したことで、ライザ王女の魔力はかなり消費されたようで、先ほどから肩で息をしている。
この魔力の使い方は、器に溜まった水をそのままひっくり返してぶちまけているようなものだ。
「少し休まれた方が良いのではないですか?交代しましょうよ」
「大丈夫、もう少し、やらせて?」
「いやいやいや、これ以上やられたら俺の目が持たないから」
「う、うぅ。ご、ごめんなさい」
ついつい本音がポロッと出てしまったが、おかげでこれ以上眼球を焼かれなくてすみそうだ。
「姫様、誰かに身体強化のやり方を習ったことはありますか?」
「近衛騎士団長に少しだけ」
近衛?っていうのはよくわからないけど、騎士団長っていうくらいだから偉い人なんだろう。
騎士は前衛職が多いと聞くし、身体強化なら使い慣れているはずだが、時間をかけて教えてはもらえなかったのだろうか?
「ちょっと俺がやって見せますんで、どれくらいの魔力を込めれば良いのか、よく見ていてください」
ライザ王女が眼鏡をかけたのを確認してから、身体強化を始める。心臓から血液が流れるのと同じように、魔力を全身に巡らせていく。
今はライザ王女にゆっくりと身体強化を見てもらう必要があるから、ゆっくりと魔力を送り出す。
肩まで魔力が巡ったところで、魔力の循環が滞る。これ以上は進ませないと、巨大な壁にせき止められているような不快感がする。
両腕に魔力を巡らせることをあきらめ、頭の天辺へ向けて流れを変える。その次は足のつま先を巡り、最後に心臓へと戻る。
両腕以外の部分が、少し熱を帯びたような感覚が表れ始めた。上手く身体強化ができたようである。
「見えましたか?」
「うん。凄くきれいに魔力が流れていくのがわかった。でも、どうして両腕は身体強化してないの?」
「・・・・・・ケガで、両腕は魔力神経が使えなくなりました。だから、両腕には魔力を流せないんです」
「え、そんな。ごめんなさい」
深々と頭を下げるライザ王女を見て、こちらも心が痛くなる。どうしても今日のメンタルは落ちる一方のようだ。
いつか、『そんなの気にしないでください』と、笑い飛ばせる日が来るだろうか。
「今度は姫様の番ですよ。少しは魔力も回復したでしょ?」
「・・・・・・うん」
ライザ王女と交代した俺は、再び目が眩むほどの光を見せつけられた。
「結局上手く身体強化できなかったなぁ」
授業終了後、教室に戻る道すがらライザ王女がつぶやいた。そのおかげで俺はまだ目がチカチカしてるんだけど。
「ねえ、良かったらまた身体強化を教えてよ。タツミ君の魔力循環、とってもきれいだったから」
「いやぁ、俺なんかより、騎士団長?に教えてもらった方が良いですって」
「それは・・・・・・ちょっと難しいかな」
ここで『なんで?』なんて尋ねれば、面倒事に巻き込まれそうな気がして言葉を変えさなかった。空気の読める俺は、決して他人の事情にずけずけと踏み入ったりしないのだ。
「この国の上層部って、あんまり競技者のことを良く思っていなくてさ・・・・・・」
「ストップストップ!やめて!他国の平民の俺に、国の上層部の話なんてしないで!」
「あれ?話を聞いてくれる体勢に入ったんじゃないの?」
「ちっげえよ!ちょっと踏み込み過ぎたと思って、質問を掘り下げないようにしたんだよ」
「そ、そっかぁ。ごめんね。それで、上層部は騎士団の育成にばかり・・・・・・」
「だから!しなくて良いんだって」
この国のお偉いさんが競技者を疎ましく思っている、なんて噂は結構有名だ。だからって、噂で聞くのと王族から聞くのとじゃ、言葉の信憑性が違い過ぎるって。
この人と関わるのはちょっと危険かもしれない。
明日からの実習では、ライザ姫とペアを組まなくても良いように、部屋に戻ったらリーゼント君に頼んで、明日からペアになってもらおう。
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