第18話




 突然上空から姿を現したリーゼント君を見て、お坊ちゃまたちは同様を隠せていない。取り巻きたちがわちゃわちゃと慌てながら、リーダーであるお坊ちゃまの元へと駆けつけたため、ステラを取り囲んでいた包囲は完全に崩れ去ってしまう。


「よっと」


 俺も窓から飛び出して、魔力で足場を作り出しながら下へと降りていく。さすがにこの肩だと、ゆっくり降りないと衝撃に肩が悲鳴を上げそうだしね。


「ステラ、こっちこっち」


 こっそりと降り立った俺は、木陰に隠れながらステラに声をかける。


「う、うえぇん、ソラく~ぷひゃ!」


感極まって泣きながらこちらに突っ込んできたステラをひょいっと躱す。結果として顔面から地面に突っ込んでいったが仕方ないよね。


受け止めようものなら間違いなくケガが悪化するからな。


「い、いたいでぷ~!」

「ごめんって。それより、今のうちに少し離れよう」

「は、はい」


 ステラは鼻をさすりながら後についてきている。顔についた土埃を取ってやりたい衝動に駆られるが、腕が上がらない俺には無理なので断念する。


 先ほど着地した木陰から少し離れた木陰にステラと二人で身を隠す頃には、あちらも動きがあったようだ。


「バッツ・リーゼン君対Eクラス6名による闘技を受理いたしました。ルールは殲滅戦。チームメイトが全員退場したチームが負けです。よろしいですか?」

「おうよ!女に手をあげるようなカスは、まとめてボッコボコにシバキ回してやるぜ!」

「ま、待て!私たちは・・・・・・」

「それでは闘技を開始します。フィールド・オン!」


 お坊ちゃんが何かを言いかけだが、それは遮られて虹色の膜が彼らの周辺を包み込む。


 7人の競技者が入場するにはやや狭いフィールドだが、男子寮から中庭に続く通路だったため致し方ないだろう。


 円形と言うよりは、縦に伸びた楕円形といった風だ。人数の多いEクラスの男子たちが前衛と後衛にしっかりと分ける事が出来れば、有利に戦うこともできそうだ。


「全競技者のシールド展開を確認。ステータス・オープン!」


 神官の宣言により、全員の頭上にシールド残量が表示される。



バッツ・リーゼン シールド残量

428


ザニス・カルバモニス シールド残量

98



「はあ?」


 お坊ちゃんの頭上を確認して、思わずひっくり返りそうになってしまった。


 シールド残量98って、下手すりゃうちの近所のガキどもより低いぞ。


「あんな奴がよくもこの学校に入学できたもんだ」

「まあ、コネなんだけどね~」

「コネかよ、このご時世に特権階級気取りやがって・・・・・・どうしてこんなところにいるんですか、姫様?」


 何してんのこの人?どう考えてもステラが絡まれてるところ見てたよね、ライザ王女。


「これが、この国の現状なんだよねぇ」

「これって?」

「ステラさん、カルバモニス子爵領の領民なんだって」


 ライザ王女によると、ステラはあのお坊ちゃんのパパが治める領地の領民らしい。この国の貴族は、領民のことを自分たちの所有物だと思っているクソ野郎ばかりで、カルバモニス家もその例に漏れない。


 何が言いたいかというと、ステラは俺の所有物なんだから、俺の世話をするのが当然で、他国の平民を甲斐甲斐しく世話するとは何事か!


 ということで突っかかっていたらしい。


「アホらしい」

「ホント、いつまでもそんな古い考えだから周りからドンドン置いていかれちゃうんだよ」


 そんなことをポンポン言ってて良いのだろうかこの姫様は。


 しかし、広く人権問題などとりだたされている現代で、領民が自分の所有物などと、よく人権団体などから叩かれないものだとは思う。


「うちは留学生として他国からやってくる人は多いけど、基本的に、育成学校に王国の貴族は入学しないから」

「王女がご入学しているのですが?」

「あ~、うん。アタシには入学する理由があったから。でも、ザニスは間違いなくアタシのせいでここに入学したよね。あと、システィナも」


 システィナっていうのが誰だかわからないけど、あのお坊ちゃんはライザ王女のせいで入学した?政治とか貴族の権力争いとかはよくわからないから、あまり詮索しない方が良さそうだ。


 今大事なのは、あのお坊ちゃんをどうするか。それだけだ。


「いっそリーゼン君にボコボコにやられて、学校から逃げ出しちゃえば良いのにね」


 ニヤリと口元をつり上げたライザ王女は、普段の様子とは随分と違って見えた。これ、悪役とかの笑い方だ。やべー奴じゃん。


 俺は密かに、この姫様とは余り関わらないように心に誓った。


「ぶっ飛べボケがあぁ!」

「がひゅっ!」


 そうこうしている間に、お坊ちゃまはソッコーで退場してしまったようだ。あのシールド残量では、まともに一発もらえば耐えられないだろうけど。


 残りの取り巻きたちも、あれよあれよと言う間に退場し、闘技は終了していた。


「勝者、バッツ・リーゼン君」


 神官が勝者を告げると、フィールドが解除される。退場していたお坊ちゃまたちは不機嫌さを隠しもせずに神官の元へとやって来た。


「私は闘技の了承などしていない!」

「そうだ!無理矢理戦わせるなんて、闘技を使ったハラスメントだ」

「「「そーだそーだ!」」」


 もめ事を起こした時点で、闘技を拒否することはできない。相手と対立したのであれば、闘技で解決するのが世界の常識なのだから。


子どもの喧嘩だって闘技で決着をつけるのが当たり前だってのに、なんでそんなことも知らないんだ?


「貴族は領民に命じるだけだから、領地にいれば意見が対立することなんてほとんど無いんだよ。だから、貴族の子どもたちは闘技についてほとんど知らない」


つまりは箱入りってこと?世界の常識から隔離されて育って、自分の中の小さな常識しか知らないなんて・・・・・・


「貴族ってのは、どこの国でもこんな感じなんですか?」

「まさか。この国が特別なんだよ。闘技なんてただの見世物。野蛮な下民のお遊び。そんな考えの貴族ばっかり。・・・・・・だから、周りから奪われるんだ」


 だからこの国の競技者人口は極めて低い。学校を卒業しても、この国で競技者を続けてもメリットは少ないから、優秀な競技者はどんどん他国に流れていく。


入学希望者も他国と比べて格段に低いから、自国の育成学校に入学できなかった「落ちこぼれ」たちが集まる。だから「落ちこぼれ学校」。


 俺みたいな人間にはありがたいことだが、自分の国のことだから、ライザ王女にも思うところはあるんだろう。これ以上は踏み込んで聞いたりは絶対にしないけど。


「それでは、Eクラスの6名は直ちにここを立ち去ってください」

「ふざけるな!あれは私の領民で、私の所有物だぞ!わざわざ私から出向いたのに・・・・・・」

「敗者に文句を言う資格はありません。直ちに立ち去りなさい。これは神々の御意志です」

「うぐっ・・・・・・っく!」


 神々しさとは対になるようなオーラを放つ神官に、お坊ちゃまたちは完全に気圧されて逃げていった。


 敗北後に神官にたてつくあたり、本当に闘技や競技者について知らないのだなと思う。


神の使いに逆らうべからず。座学でも、当たり前すぎて教えない世界の常識だよ?


「おーうソラ!終わったぞコラ」


 リーゼント君が金属バットを肩に担ぎながらやってくる。ぼわんぼわんと揺れるリーゼントが面白すぎて、かける言葉が思い浮かばない。


「あ、あの!助けていただいて、あ、ありがとうございます!」


 ステラは闘技の最中終始無言で俺の後ろに隠れていたが、どうにか落ち着きを取り戻したようだ。いつもの調子でペコペコと頭を下げている。


「落ち着いたなら、何があったか聞いても大丈夫かな?」


 声をかけられたステラは、表情を曇らせて再びうつむいてしまった。




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