異世界からの侵攻〜44歳社畜だが、今更異世界の王子と言われてももう遅い!〜

チン・コロッテ

起 巻き込まれたくない編

第1話 異世界からの侵攻

 この物語は、ただの小市民として暮らしてきた男が世界と異世界に大混乱をもたらす物語である…っ!



 オレは神崎守。44歳の社畜で素人童貞の喪男子だ。趣味はこれといって無く、休日はいつも見たくもないアニメやYouTubeを垂れ流して過ごしている。昔はもっぱらアクションゲームに明け暮れたが、最近は目が疲れやすくて、積みゲーばかり増えていた。だから、次世代機の発表と同時に据え置きのゲーム機を買うのを辞めた。だが、まだ完全引退というわけではない。スマホゲーはやっている。しかし、脳死の状態でただ日課をこなすだけだ。


 そんな生活の何がいいのかって?なんだとこのヤロー。わからん奴め。


 オレは婆さんと猫のタマと三人暮らしをしている。このタマが可愛いし、なんなら婆さんも可愛い。オレはこのタマを撫でている時間が最も幸せなのだ。

 それだけでいい。この小さな幸せを噛み締められる。それが質素な爺さん婆さんと暮らしてきたオレの良いところと言えよう。自分でもなんと効率の良い人間だろうと思うぜ?知人なんてあれやこれやと色々手を付けて、金を使っているようだが、結局いつも疲れた不幸そうや顔をしてやがる。それに比べたら随分幸せな人生だと思える。


 しかし、昔からそうだったわけじゃないぞ。子供の頃は両親が居らず、爺さん婆さんに育てられていることに悩む事もあったのだ。


「えー、マモっちゃん、お母さんいないの?変なのー」

 

 その一言でオレは自分が"変わった人間"なんだと思ってしまい、"普通の人"と接するのが怖くなってしまって、ずっと友達ができなくなった。

 そして、社会人になってみれば、人付き合いが苦手なせいで悪い女にコロッと騙され、貯金五百万円紛失。その上、ライダーチップスかよって感じで、派手にオマケとしてついて来たのは簡単に捨てることのできない女性不信。まさに泣きっ面に蜂。


 それらの降り重なった不幸はオレを暗黒期へと誘い、オレはどうして生きているのか、そんなことに悩むようになった。


 遂には、なけなしのタンス預金…、いや財布に入りきらなくなり、無造作に置いてた小銭の群れさえ無くなり、暗黒期の精神でオレは爺さん婆さんに金を無心せざるを得なくなった。

 大の大人が情け無い。そんな悔しさを噛み締めながら俯くオレに爺さん婆さんは事情を問い、そして叱るではなく一緒に怒ってくれた。抱きしめてくれた。


 オレは思いっきり泣いた。そりゃあ、もうワンワン泣いた。何故ならその頃にはもうオレは戸籍謄本を見る機会があり、爺さん婆さんとは血の繋がりがないことを知っていたんだ。

 


 他人なのにこんなにも優しくしてくれるのか。


 オレはそんな優しさに触れて以来、爺さん婆さんにより深い愛情を抱くようになり、今は沢山の嫌な事も含めて良い人生だった。そう言えるようになった。爺さんはもう死んじまったけど、今では婆さんとタマを看取る事それこそが使命だと思っている。



 その日も、いつも通りの朝を迎えた。

 爺さんが遺した駄菓子屋を婆さんが継いだものの、もう婆さんも九十を超えているから、発注や棚卸しなんていう管理は出来ない。だから、オレが毎朝五時になると在庫を確認したり、ネット発注をしたりしている。なんでこんなに早いかって?聞くな、ばかやろー。歳を取り長く寝られなくなったんだよ。


 そして、さあ、それを終えたらやっと社畜生活のスタート。朝七時に折り畳み式のチャリを漕ぎ出し、零細企業である我が勤め先へ猛ダッシュ。途中、場末のスナックのパンチパーマのババアが店員をしているコンビニでただの炭酸水と梅おにぎり、無糖コーヒーを買って、なぜか舌打ちをされ、古ぼけたテナントビルの二階にある我が社に誰よりも早くゴール。その後は何故か分からんが夜九時まで働き詰めだ。

 

 業務開始から早二時間半。我が社は朝十時頃になり、やっと社員全員揃う。と言っても零細企業。全員で五人しか居ない。しかも、オレ以外全員六時前には帰る。

 競馬新聞を広げてスマホで馬券を買う営業兼社長、前田のおっさん。六十七歳の小柄なじいちゃんで、ザ昭和という感じの酒、ギャンブル、風俗狂い。

「カンちゃーん、そろそろ旅行行きたい。タイがいい。タイが」

「何言ってんすか、エロ社長。まず旅行じゃなくて出張と言いなさい。それにこの前の在庫掃けてないんだからダメです」

「ええー、ケチ」

「本当は買付計画やコストカットもアンタの仕事でしょうが。はあ、行きたいなら、とっとと営業とってきてくださいよ」

「ぬわっ!カカカ、こりゃ一本とられたな」


 と、まあ、社長といってもあまり気遣わなくていいタイプだ。


 次、世間話とお茶出ししかしてないおばちゃん。淑恵さん。最初の社員さんらしいが、何を担当しているかさっぱり分からない。


「あらー、茶柱立ってるわ。いい事ありそうね。そういえば、多江ちゃん!私この前ね…」


 社員三号は経理担当。下の階の弁当屋の娘、多江ちゃん。二十六歳。ポニーテールの、質素な、美人ではなく可愛い系のモテ女。


「神崎さ〜ん、お話ししませんか」

「やだ。今忙しい」


 社員五号は社長が気に入ったからと連れてきた中東系の目鼻立ちのはっきりした顔をしている無口な男。営業担当のアントニオ。


「…」


 コイツも普段何をしてるか分からん。

 そして、社員四号の総務、経理、営業、在庫管理…等々担当不明のオレ。


 輸入品の卸をしている我が社は、皆が来るまでオレが全ての業務を回しているのだ。皆仕事をしてくれないが、まあなんだかんだ心地良さを感じている。明確な役割があり利害関係があるため、人間関係がシンプルになっているのが良いのだと思う。今になってみれば、役割も決まっておらず、力関係も不安定で流動的な学校という場所はなんと恐ろしい場なのだろう。もう絶対行きたいとは思わない場所だ。


「神崎さーん、助けてくださーい!」

 横に座る多江ちゃんが手を挙げる。オレは頭をかきながら眉間に皺を寄せて問う。多江ちゃんは機械音痴なのだ。


「なんだ?」

「パソコン、動かなくなりました!」

「何度目よ…」

「今月に入ってまだ三度目ですよ!成長しましたよね?」

「まだ今月二日しか経ってねぇよ…」

「てへっ」

「はあ…。ちょっとどいて」

「どぞどぞ」


 多江ちゃんが立つなり、オレは多江ちゃんの席に座り、マウスをいじる。多江ちゃんはオレの背越しにパソコンのモニターを覗き見ていた。オレは固まったパソコンが映すブラウザを見て悲鳴を上げた。


「うっわ、ひでぇ。タブ何十個開いてんだよ。ブラクラ引っかかってんじゃん。一体何見てやがったのよ」

「えへへ、内緒です」

「はあ。お盛んなのは仕方ないが、ほどほどにしとけよ」

「えへへ」


 多江ちゃんはこう見えてムッツリ系女子なのだ。オレが盗み見た限り、朝と夕方の帳簿処理の時間を除いて大抵の場合イケオジの裸を見ていた。いつだったか飲み会で本人に問うてみたら、イケオジとのエッチな妄想をするのが好きなのだと白状した。


 そんな平和な日々。その中で、多江ちゃんのブラクラの後処理をしていたとき、事は起こった。



 流しっぱなしのテレビが緊急放送に切り替わった。

 社長が新聞を下げてテレビを見る。「なんだあ?」と言いながらタバコに火をつけ咥えた。「嫌ねぇ」と淑恵が反射的に眉間に皺を寄せる。そんな社長たちをよそに、多江ちゃんがオレにテレビを見つめたまま「なんでしょうか?」と聞いた。オレもテレビに釘付けになりながら、「さあ」と虚ろに答えた。

 テロップには「政府緊急会見」とだけ書いてある。テレビは記者会見場の映像に切り替わって、裏でアナウンサーが注意喚起すべく動揺した風で喋り出した。


「たった今入った情報です。今から政府の緊急記者会見が行われるそうです。総理が現れるまでしばしお待ちください」


 右袖から首相が足早に登壇し、カメラがズームし首相のバストアップとなった。カシャカシャとシャッター音とフラッシュが焚かれる。


「皆さんにお伝えしたいことは、えー、我が国日本国は」


カシャカシャ。


「先ほど正式に」


カシャカシャ


「聖ノブリス王朝より」


カシャカシャ

ん?聖ノブリス王朝?


「えー。宣戦布告を受け、緊急事態宣言を発動いたしました」


カシャカシャカシャカシャ!


 オレたち五人は静寂に包まれた。理解ができなかったのだ。いや、というか普通理解できるか?この平和な日本で戦争?聖ノ…ノー…ノストラダムス?なんだそれ?聞いた事ない。そんな国がアメリカに喧嘩売るってのか?まだ百歩譲って中国なら分からなくもないが、聞いたこともない、つまり世界の片隅にある弱小国が、日本に、いやそのバックにいるアメリカに喧嘩を売るってのか?馬鹿げている。信じられる気がしなかった。


 沈黙に堪えかねてか、いつもの癖なのか淑恵さんが「あら、怖いわねえ」と小さく呟いた。それを皮切りに、社長が「ウィルスとの次は戦争だあ?」とひとりごちて、多江ちゃんがオレに向かって、「どうなっちゃうんでしょう」と尋ねた。

 オレは「さあ?」としか答えようがなかった。アントニオはただ静かにテレビを見つめていた。

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