第30話 さぁ、いざゆかん

 人気の無くなった聖ノブリス王朝の玉座に彼は座っていた。虚な目は、焦点が合うこともなく、ただ一点を見つめ、動くこともなく、話を聞いているのかすら分からない。

 白髪に白濁した瞳、白く張りのない肌。まるで老人の蝋人形にも見えるそれの指先がピクリと動き、目に血が通う。そして十数年ぶりに自らの力で立ち上がった。


 彼は笑い、一人高らかに叫んだ。



「遂に来たか!」




 彼の白髪が逆立ち、茶色に変わり、その見た目は壮年の頃のように若返った。


 彼に唯一残された反応"闘争"。求めていた物に遂に出逢えた身体が、そしてエクートが喜んでいた。



---


 サーラやナルミアの倒れる地帯に第二王子の発する紅い靄が迫っていた。それは街を呑み込み、飲み込んだものを徐々に灰に変えていく。



 そのとき、水平線がきらりと光った。星ではない一瞬の発光。見間違いにすら思える一瞬の煌めき。



 次の瞬間、そこからオーロラのような靄がビームのように高速でやってきて、サーラたちの目の前の紅い靄に衝突して弾け飛んだ。第三王女、第五王子はオーロラ色の靄を避けて、紅い靄の中に飛んでいた。


「なんだ、こりゃあ」

「…なんか加齢臭がする」


 本性のまま話す第三王女と、苛立った様子の第五王子が思い思いの言葉で反応する。オーロラ色の靄は高層ビルを丸々一棟を飲み込めるほどの直径を持っており、それが途切れる事なく放射され、徐々に紅い靄を押し返していく。



 そして、彼はやってきた。

 オーロラを纏いながら高速でやってきて、サーラ達のそばの道路に着地すると、その衝撃で半径十㍍の範囲のアスファルトが地面から剥がれて宙に飛んだ。



「待たせたな」




 カッコつけてそう告げた神崎の周りには誰も居なかった。衝撃波で飛ばされたババアが雑居ビルの一階のパン屋の中で、倒れた商品棚やパンにまぎれながら愚痴る。


「ふ…ふざけんなよ…てめぇ…」


 オレは頭に手をやり、舌を出した。


「てへっ、ごめぴょ。近すぎちゃった。でも、大丈夫。くらえ、ヒール!」



 そう言ってオレは両手を広げた。より濃くなったオーロラ色の波が辺りに広がっていく。それはサーラやナルミアたち皆んなを包み込み、傷を治していく。

 意識を取り戻したサーラが体を起こして笑う。


「遅かったじゃない。やっと来たのね。本当にいつも予想外のことばっかりしてくれるじゃない」


 瓦礫の中からユライハムが起き上がって、頭の埃を払った。


「神崎さんはいつも最後は助けてくれますね。多江ちゃんも喜んでますよ」

「へへっ。わりいなアントニオ。時間掛かっちまった」

「いいんですよ。それよりも貴方はやる事があるでしょう?」

「あぁ」



 オレは既に立ち上がっていたナルミアを見る。


「よっ。あの生意気な女の子たちは殴れたか?」

「あぁ、でも負けたよ」

「そうか。でも、それなら後はあの金髪イケメンだけだな」

「…兄さんは強いよ?やれんの?」

「任せとけ。なんとかするさ。オレが呼んだら来いよ?殴らせてやるから」

「へっ、タルタルさんの癖に生意気だね」

「約束を果たしたらその変な名前やめろよ」


 そう言ってオレは手の関節を鳴らした。ナルミアが口角を上げた。



 さぁ、いざゆかん。

 






 と思いながら、一歩を踏み出したところ、オレの前に第三王女達が立ちはだかった。第三王女がオレに向かって話し出した。


「アンタ、なに…」


 オレは彼女らが認識するより早く顔面を鷲掴みし、二人の頭を地面に埋めた。彼女らは自分がやられたことを認識することもなく、夢の世界に飛び立った。

 オレは彼女らに一瞥することもなく、言い捨てる。



「三下の出る幕じゃねぇよ」



 オレの目は第二王子だけを見つめている。それは第二王子も同じだった。オレはサーラたちに伝える。


「サーラ、アントニオ、ナルミア。そこら辺の雑魚は頼んだぞ」

「雑魚って…。あれでも聖ノブリス王朝では災害級の危険度のモンスターなんですけど」


 サーラが愚痴る。でも、そこに不安はなく、笑っている。オレもそこに発破をかける。


「でも、やれるんだろ?」

「もち!」


 サーラが拳を掌に打って音を鳴らした。オレのエクートでみんなを強化した。大丈夫、あの程度なら負けはしない。

 オレは肺に空気をいっぱいに吸い込んで叫んだ。



「おっしゃ、いくぞ!」

「どこに?」


 こっちに来てまもないナルミアが首を傾げた。そして、皆んなで笑った。オレは意味をナルミアに伝えて、再度叫ぶ。


「いくぞ!」

「おう!」


 

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