第29話 絶望がやってくる

 エクートを使用した戦闘の本領は、痛みを恐れない狂気から生まれる。まさしくエクートによる超回復により肉を断たせて骨を断つという戦法が人の常識を超え、相手を凌駕することに繋がる。

 しかし、その点ナルミアは生存本能が強過ぎた。ストリートチルドレン時代の「生きたい」という渇望。それがナルミアの足枷となり、第六王子としては低い戦闘力の原因になっていた。


 だが、今。ナルミアは自暴自棄により足枷が取れた状態にあった。それは戦闘力を爆発的に高めた。


 サーラも神崎から浴びたエクートによりエクート量が増えていた。エクートは他者にエクートを与える。それにより戦闘力が高まっていた。三年前とは違う。




 しかし。




 ナルミアもサーラも地面にひれ伏していた。戦闘開始から十一分。五分でユライハムは戦闘不能となり、自然と力量差からナルミア対第三王女、サーラ対第五王子の図となった。


 が、それでも圧倒的なエクートの差を埋めるには至らなかった。



 月を背にした第三王女がナルミアの頭に足を乗せて、口から垂れた血を拭い、本性を露わにして吐き捨てる。


「いってぇな…クソが」


 そこに第五王子が飛んできて、「こっちも終わったよ」と報告した。最早為す術はない。



 第三王女が倒れるナルミアをまた蹴飛ばしたとき、今日一番の音を立てて、門が開かれた。大仏は高速で飛ばされて、一瞬で県境すら越えた。



 門からトカゲのような鼻先が現れる。

 徐々に姿を現したのはノゴールと呼ばれる巨大なトカゲのような三匹の化け物。その生物は地上に存在するあらゆる生き物より大きく、全てを飲み込める口を持っていた。


 その獰猛な野獣は「キシャーーー」と甲高い悲鳴にも似た雄叫びをあげると、我先に駆け出して前脚を出したくらいで、同時に門に引っ掛かった。それぞれが暴れて、徐々に門から這い出てくる。鼻先に触れたものは容赦無く噛み砕き、ビルは粉塵と轟音を立てて崩れ、飛ばされた巨大な石片は民家を容易に潰した。


 火の手が上がり、黒煙が街を包む。


 地獄から現れた終末をもたらす三匹の化け物。人々はそう思い、それは戦争を甘く見ていた人々を絶望に突き落とした。


「どけろよ!」「助けて!」

「いやー!押さないで」

「えまちゃん?えまちゃん!どこなの?」


 駅前では悲鳴を上げながら人々が逃げ惑う。他人を思いやる事なく、押し除け踏みつけられ、死人も出ていた。あの化け物が出てくる前に逃げ出したい。誰もがそう思い、そしてこれから門から出てくる存在も、そういう存在であると思い込んでいた。




 だがしかし、次に出てきたのは、地獄とは程遠い存在だった。



 人々はその姿に目を奪われた。

 紅い靄を纏い、白いマントをはためかせ、白いターバンに金の長髪、青い瞳、透き通るような白い肌。その顔は女性のように美しく、そして天使のように神々しい。青白い月がよく似合った。彼はどんな原理か不明だが空に浮いていた。まさしく畏敬の対象となるそんなカリスマ的存在が門より出てきた。いつの間にか、先ほどの化け物三頭も、彼に畏怖し、静かになっていた。

 だが、それ故に人々は感じ取った。



 もうここは現世じゃない---。




 彼は目を閉じてゆっくりと体の前に両手を掲げた。少しの間のあと、目を開き、重く冷たく芯を打つ声で全ての存在に呼び掛けた。




「さぁ、始めよう」



 その一言で、彼から延びていた紅い靄が地面を砕き、三頭の化け物は駆け出して街を喰らい、その後に聖ノブリス王朝の歩兵達が続いた。遠くからは蟻のように見えるが、その列が途絶えることはなく、街全体に拡がっていく。



 釈迦由美子はそれを眺めつつ思う。私は先祖との約束を守れなかった。しかし、今なら彼らが何故門から入れるなと言ったのか分かる気がした。私もシュメールの末裔。エクートが少しばかり使え、感じ取れる。そんな私ですら分かる。彼は異次元。こんなちっぽけな存在ですら感じ取れるのだ。それくらいに彼は強くて、彼は程遠い。今では全てが無駄だったと分かる。


 思い浮かぶ言葉は終焉。そして…




 私が今初めて知るこの感情は…







 絶望。



 紅い靄が辺りを包み、街は門の近くから徐々に崩壊していく。

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