第28話 林満寺での出来事

「いってぇ!」


 オレは空中から落ちた。下は砂利のようで、どこかの庭のようだ。…ついでに一本なんかの枝を折っちまった。まあ、仕方ない。そう思い、周りを見渡す。枯山水の良い庭のようだ。つまり俺が居るところは、その水の模様を描いた部分、人が入っちゃいけないところ。


 気付いたが遅し、縁側に老僧の姿があった。怒りでプルプル震えている。あれ?オレやっちゃいました?


「よ、よく来たな」


 老僧は怒りを押し殺してオレに語りかけた。オレも気まずいながらも、一応挨拶をする。


「すみません…。悪気はなかったんですけど…。あの…大体事情って分かります?」

「…コロス」

「えっ?」

「いや、何でもない」

「そうですか?なんか今『コロス』って聞こえた気が…」

「気のせいだ。事情は大体分かっておる。イルクートを使えるようになりたいのだろう?」

「…!」「そう、その通りです」

「ならば、こっちは来い」

「はい!」

「コロス」

「はい?なんか言いました」

「いいや、床のきしみだろう」

「そうですかね…」


 そうしてオレは老僧に本堂へ案内された。仏像の前で胡座を組み座らせられた。仏像を背に老僧がオレと対面する形で正座した。



「ワシも古代シュメールの末裔。古代シュメールの末裔は何人もあるが、自分がそうであると分かって生きている者は少ない。すると、彼等はイルクートの存在に気付かずに生き、イルクートの力に目覚める事もない。だが、最近は国の者らが何人ものシュメールの末裔を連れてきて、イルクートを使えるように頼まれた。本人も望むならそうしてやった。ワシの一族に伝わる秘術でな」

「それを教えてください!時間がないんです。今も仲間が戦っている。早く戻らないと」

「通常の方法なら三十分かかる」

「えっ!それじゃあ、間に合いませんよ!」

「イルクートを持つ者がいるなら別なのだが、喜一きいちも行ってしまったからな。無理じゃ」

「喜一?」

「門を閉じている大仏を操作しているこの村のお祭り男だよ。国に見そめられあれに乗ることになった」


 オレは門の大仏を思い浮かべてそこに少し戦友のような絆を感じたが、それは今はどうでもいい話だ。とりあえず続きを促す。


「他にはいませんか」

「おらん。末裔はおるが、結局覚醒させてからお主をやることになる。ただの時間の無駄となろう」

「そんな…」


 三十分。それは勝負が決するのに十分過ぎる時間だった。さっきまでのオレの感知力で言うと保って十五分。早いと五分で勝負は決する。エクートの"共鳴"が弱まってきた今、東京の彼らの状況を察することは困難。


 間に合わない。あんなにカッコつけて期待させたのに。オレは拳を強く握りしめた。



 そのとき、「おしょうさーん!」と悲鳴じみた声で叫ぶ少年がお堂に駆け込んできた。


「和尚さん、じいちゃんを。じいちゃんを何で!」


 オレを払い除けて和尚に掴み掛かった。おいおい、随分だなと思いながらも事情を察して黙っておく。制服を着ていることから、なんとなく学校帰りで自宅で何らかのじいちゃんの話を聞いたのだろうと察しが付いた。


「落ち着け、喜介きすけ。喜一は自分でお前たちを守るために志願したのだ」

「そんな…。そんなひどい話ありますか!じいちゃんじゃなくても良かったでしょう。じいちゃんは癌なんですよ!あと少しばあちゃんと一緒に過ごさせてやったって良かったでしょう…」


 少年が泣き始めた。老僧は悲哀に満ちた目を少年に投げかけ、背中を撫でてやる。


「喜介…」

「僕のせいだ…」

「そんなことを言うな。お前のせいではない。お前のためだよ、喜介」


 お堂を重く粘度の高い空気が充していく。それぞれにそれぞれの事情がある。だが、オレは少年の発言の何かが引っ掛かった。和尚に尋ねる。


「あの…もう一度聞きますが、本当にこの村にエクー…イルクートを使える者はいないんですよね?」

「ああ。そうだが?」

「喜介くん…だっけ?」


 喜介が初めて気付いたかのように嗚咽混じりにこちらを見た。


「オジサンは神崎守。今、東京の"変な門"の前からやってきた。ところで、ねぇ、君は何故今『じいちゃんじゃなくてもいいでしょう』と言ったんだい?」


 喜介が目を見開いた。


「もしかして、君は…」




 



「イルクートが使えることを隠していたんじゃないか?」



 

 オレは目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。そう、違和感の正体である「他にイルクートを使える者を知っていて」、「僕のせい」に繋がるミッシングリング。彼自身がエクートを使えたからこそ、今彼は後悔している。名乗りをあげるべきは自分だったのではないかと。

 オレは彼の両肩をぎゅっと握り、その意志を伝える。




「力を貸してくれ。じいちゃんを助けられるかもしれないんだ」



 お堂に沈黙が降りて、灯りに群がる虫たちがお堂にゆらゆらと揺らしてみせた。暗闇の中でオレの肩からほのかに紅い靄が立ち登る。少年が触れたところから。


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