第27話 君を待つ

 オレは鹿で有名な奈良公園に来ていた。鹿がオレのポケットを探っている。


 そう、オレは奈良と聞いて、修学旅行でやってきたここしか思い浮かばなかった。オレは林満寺という寺を知らない。だから、結果としてここに送られてきたようだ。


 近くの観光客が少しざわついた。


「なんかあの人突然現れなかった?」

「気のせいじゃね?」

「えっ?」「あの男の人、今急に…」


 なんて声がする。オレは旅行者っぽい近くのお兄ちゃんに話しかける。


「ちょっと悪いんだけど、奈良の林満寺ってたこ検索してくれない?スマホなくしちゃってさ」

「えっ、あぁ、いいっすよ」

「ありがとう」


 そして、場所を教えてもらったオレはまた転移装置のボタンを押した。



---


 エクートの差が開いている勝負はボクサーと素人が戦うのに似ている。攻撃は避けられ、かつその隙にブローなど一発入れられる。身体能力と動体視力の差はそれだけ直接的に結果に結び付く。


 第三王女が全ての攻撃をひらひらとかわしながら笑う。

「あははは、やっぱ弱いね。サーラ?」

「お褒め頂きどうもありがとうユンフお姉様」


 サーラは必死にダガーを振るが、決して当たる事はない。その間に一発二発と打撃を喰らわせられる。エクートが強力な者にとって武器は必要ない。むしろそのスピードに耐えられない武具は足枷にすらなる。第三王女も第五王子も武器は身に纏わず、その身自体を武器としていた。


 一方、ユライハムは第五王子に殴られて、壁に衝突した。追撃をかけようとした第五王子に、遠くに位置取っていた自衛隊のスナイパーが遠隔射撃をする。弾は特製のものが使われており、既に一撃を受けていた第五王子はひらりとかわして、スナイパーの方を睨みながらひとりごちた。

 


「…うっざ」


 そこにユライハムがまた突撃する。ユライハムが現世で身に付けたマーシャルアーツやブラジリアン柔術は第五王子にとっては奇妙で予見しづらいものだった。徒手で少し応酬をする。


「…本当にうざい」


 第五王子は苛立ち一振りすると、防御体勢を取ったもののユライハムは吹き飛ばされた。地面を転がり、ボロボロになりながらもユライハムは立ち上がる。そして、口から滴る血を拭き、笑う。


「すみませんね。そういう約束なもので」



 その間、釈迦はスマホで佐久間に呼びかけたが反応は無く、このやり取りにはついて来れないであろうことは分かりつつも自衛隊の増援を要請した。釈迦は視界の隅に、ナルミアを見た。事情は知らないが、あちらの国の少年らしい。そして、何やらあの少女の一言で傷つき泣いているらしい。事情は大体察しが付いた。


 釈迦はナルミアの前に仁王立ちした。


「貴方、ちょっと目障りなのよね」


 ナルミアは黒目だけ動かして釈迦を無言で見つめた。


「信じてた人に裏切られたのでしょう。言っとくけど、そんなの大人になれば何回も経験するから。そんなことに一々悲しんでなんていられないのよ。そうやって殻にこもっていたところでいい事なんてない。ほら、立って」


 そう言うと、釈迦はナルミアの腕を引っ張り、無理矢理立たせた。


「ほら、行ってきなさい。身体を動かした方がまだましよ。それに、あの女私も気に食わないから。ちょっと痛い目見せてやりなさいよ」

「いや…」


 ナルミアが渋るのを無視して、釈迦が第三王女に向かって叫ぶ。


「おーい。この子が貴方の悪口言ってたわよー。ブスで性格が悪いって」


「はぁ!?」


 第三王女が切れて、ナルミアを睨んだ。慌てるナルミアの背を釈迦が押し出す。


「やられっぱなしなんて気に食わないでしょう。やってやりなさいよ、男でしょ」



 ナルミアは数歩つとつとと前に出ると、そこに第三王女が突撃してきた。剣で受けたナルミアに、第三王女が怒りに満ちた引き攣った笑顔で呟く。


「ほんとバカな犬みたい。昔っから嫌いなのよ、あなたのこと」


 ナルミアは第三王女の言葉に胸を痛める。そこにサーラが第三王女目掛けてやってきて、第三王女は後方に跳んだ。

 サーラは第三王女を睨んだまま告げる。


「ナルミア、貴方は下がってなさい。戦えないのでしょ?」


 そして、また第三王女に向かって跳んでいった。一人残されたナルミアが剣を握る手に力を込める。




 どいつもこいつも勝手なこと言いやがって…



「アンタたち皆んな大っ嫌いだ!」


 ナルミアは思いっきり叫んだ。予想外に胸の膿んだものがすっとなるのを感じ、ナルミアははにかむ。もうどうとでもなれ。大人は皆んな勝手なことを言う。どうせみんなそうなのだ。


 戦場に零点コンマ数秒にも満たない小さな一瞬の間が生まれ、その瞬間みんながナルミアを見ていた。


「第三王女、第五王子。アンタたち僕を騙していたってことでいいんだよね?」

「はぁ?まあそうだけど」


 ナルミアが笑う。その目は狩人のものと化していた。サーラは安心したように微笑んだ。第三王女、第五王子は不快そうに顔を顰めた。

 ナルミアは狂ったように戦場に告げる。


「気に入らないよ。気に入らないよ、アンタたち。とりあえずさ、どうすれば心のモヤモヤが晴れるのかも分かんないし、タルタルさんの言った通り、ユンフもテキーラも兄さんも…」



「全員ぶっ飛ばしてみるよ!」

「イシュリスの神よ。力をかしたまえ!」


 ナルミアが紅い靄に包まれた。

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