承 巻き込まれる編
第9話 変わる世界
目の前に綺麗な気の強そうな女が現れて、彼の人生は一変した。釈迦由美子。彼女は彼が古代シュメール人の末裔であることを教え、スカウトした。
そして、今。
喜一は奈良の大仏の中にいる。
「ふはっはっはっ!日本の為、孫の為!この門を開けさせはせんのや!見とけや、日本男児の心意気をー!」
彼が力尽きるとき、奈良の大仏を形取る"駆動金属"はそのエネルギー源を失い、崩壊する。彼がその崩落から逃れ、生き延びる術はない。片道切符の行程を彼は楽しむ。孫の写真をその手に握り。
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探偵
佐久間も薄くはあるが古代シュメールの血を引く者で、"イルクート"--サーラたちのいうところのエクートが使えた。二十五歳で旧帝国大学大学院を出て、今は探偵をしている。松田優作を意識して、似合わないパーマのロン毛にスーツを着ている。
「間に合わなかったかー。まっ、こっからがオレの領分ってことで。さっ、"神崎守"の痕跡を探しましょ」
そう言う佐久間の後ろに音もなく一人の少年が現れる。佐久間は気付かれぬようにチラリと後ろを覗き見た。
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目が覚めると、目の前には合板の木目調の天井が見えた。イテテと思いながら身体を起こすと、窓枠に腰掛け煙草を吸うコンビニのババアの姿があった。
「うげっ、地獄に来ちまった」
オレは思わず呟いた。逆光の中、顰めっ面をするババアは鬼にしか見えなかった。しかし、怒ったババアはデコピンで煙草を弾丸のように打ち出し、オレのデコに直撃させた。「イデっ!」と言いながらオレはまた倒れた。ババアが舌打ちしてからまた煙草を咥えつつオレに告げる。
「大人しくしてな。ったく、そういうところも気に入らねえんだ」
カチッカチッと何度か百円ライターの火打石を鳴らして、やっと煙草に火を付けると、ババアはオレに視線で横を見るように促した。
「てめえが今生きてんのは、その嬢ちゃんのお陰だ。感謝しな」
横を見ると隣に寝ていたのはサーラだった。築五十五年にもなろうかという風呂も便所もないボロアパートの六畳間で、オレたち二人は同じ布団に寝かせられていたようだった。
驚いてオレは慌てて布団から這い出た。
「まだ傷は癒えてねぇぞ。梅コーヒー」
梅コーヒー?あっ、朝買ってるメニューか。梅おにぎりとコーヒー。あと、炭酸水な。それをあだ名にしてやがったのかこのババア。
ババアは続ける。
「嬢ちゃん達がエクートと呼ぶそれは、細胞本来の力を引き出すに過ぎない。自己治癒力を向上させただけだ。つまり、梅コーヒーの血が出る量より早く血を生み、傷を治しただけさ」
「ふーん」
流石にこんな目にあった後だ。最早、彼らの力を信じるより他になかろう。言われてみれば、斬られた傷跡が残ったままで、左手も動かなくなっている。
「左手が動かん」
「時間を巻き戻すような回復術じゃない。切れた細胞が新しくなったんだ。神経細胞も繋がってはいるだろうが、ゼロからのやり直しさ」
「面倒なことになったな…」
これでは仕事ができないじゃないか。ババアは煙草をふかしながら、オレについでに聞いてきた。
「梅コーヒー、あんたはまた"あの少年"と出会うことになる。彼に勝てるような力が欲しいか?」
ババアの顔は特になんの感情もこもっていないように見えた。オレは即答した。
「いや、要らない」
「なんでだい?」
「なんでかな…。まあ、オレは今の生活に満足しているからかもな」
「ふーん。だが、力がなければその生活も奪われるかもしれんぞ」
「守るための力か。いや、でも要らない」
「ふーん」
「過ぎたるは及ばざるが如し。婆さんとタマのそばに居られればいい。二人を看取ることがオレの役割なんだ。だから、力なんて要らないし、多分持て余すさ」
「ちっ。気に入らない男だねえ」
ババアが煙を吐き切る。
オレは手足の感覚を確認してから立ち上がった。
「じゃ、世話になったな。また明日」
「ちょっと待ちな。助けてもらったんだ。嬢ちゃんが起きるまで待ってやったらどうなんだい」
「あー、うん。そうだな」
そう言ってオレは笑顔でババアの部屋を出た。まあ、別にお互い話すべきこともないだろう。
残されたババアが呆れながらひとりごちた。
「ちっ。そういうところも気に入らないねぇ」
「言葉を素直に受け取りやがれよ、まったく。自己治癒力高まったからと言って、普通の人間が二三時間で快復する訳がないだろうが。あんたは他人とは違うんだ。気付きなさいよ、全く。自分の"
そう言って煙草を窓からぺっと吐き捨てて、また新しい煙草を咥えた。
「嬢ちゃん、起きてんだろ?あんたはいいのかい」
「気付いていたのですね」
サーラがパチリと目を開けた。サーラは少し残念そうに答える。
「彼は死んでいたと皆には言います。あそこまで言われたら流石に連れていけませんよ」
「ふーん。だが、あんたの望みは叶わず人は死ぬよ。それも沢山の人々がね」
「なんとかします。そのために考えます。ところで…」
「なんだい?」
「貴方は何者なんですか?」
ババアはニヤリとして煙草をふかした。十分な間を開けてから遠くを見つめて、ボソリと呟いた。
「ただの世捨て人さ」
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