第10話 夜が来る

 夕暮れ時にも関わらずオレはまだ家に居た。当初計画していた疎開ができなかったのだ。


 コンビニババアの家からの帰り道、寄り道して駅の様子を見ようとしたら、ホームへ向かう物凄い列が出来ていて、しかも列車は運行停止しているという。道路も信号機の故障によりほとんど動かない状態で、バスでの移動も困難だった。勿論、婆さんを自転車に乗せて長時間走るのも婆さんの体力的にNG。


 途方に暮れながら家へと歩くオレは多江ちゃんと会った。家に居ないから探しにきてくれたらしい。オレは血に濡れたポロシャツを捨て上裸のまま歩いていたから、多江ちゃんは凄く驚いた後で少し興奮していた。


「意外と良い体してますね!」

「いや、そんなことないよ。というか、オレをそういう目で見るな」


 確かに婆さんと二人暮らしだから食事は野菜中心で、歳の割に太ってはいないつもりだが。


「えへへ。ところで、聞いてもいいですか?あの、その傷跡って昔大きな怪我したんですか?なんか前に襟口から見たとき無かった気がしたんですが…」

「ああ、今日ついたやつだ」

「ふふっ、またまた冗談を」

「オレも信じられないが本気だ。変な奴らに絡まれてな。オレはどうやら異世界の王子らしいぞ。名前はタルタルだって」

「あははは。ダサいですね。もうちょっとマシな名前にしないと。せっかく王子って設定なんですから」


 オレも自分自身信じきれていないところがあり、冗談めかして言ったのだが、多江ちゃんも冗談だと思い込み、笑っていた。




 そんなこんなで、家に帰ってきて夜を迎えようとしていた。多江ちゃんも泊まるらしい。帰れと促したが、左手が使えないことを知ると全く聞いてくれなかった。そして、オレは多江ちゃんが晩飯を作ってくれている間、自室で休むことになり、やることもないので窓の外を見ていた。



 夕暮れ。いつもよりもビル街の灯りが弱く、何故だろう少しだけ安らぎみたいなものを感じる。常に動き続け、急かし続けている世界がちょっとだけ止まっているかのようで、休んでもいいよと言っているような。


 しかし、アントニオの言っていた"クゥアンミの門"が視界に入り、急に現実に引き戻される。そう、止まっているのではない。ただ今までのビル街に費やされていた世界の駆動力みたいなものが、コイツに向かっていっただけだ。


 戦争か。

 これからどうなることやら。




 ふと窓の外からウチを見ている人影に気づいた。サーラだ。窓辺のオレに気付いていないようだが、思い詰めた顔をしている。しかし、突然パンパンと頬を叩いて、深くため息を吐いてから、覚悟を決めたような顔で彼女は歩き出した。


 彼女も何らかの役割を負い、それを果たしに行くのだろう。頑張れ、と心の中で応援することにした。

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