第11話 追憶

 サーラは聖ノブリス王の"実子"として生まれた。


 エクートが多く、そのときは王位継承権第五位の王女として。聖ノブリス王の実子で王位継承権を持っているのは私だけだった。他の子らは皆、エクート量が規定に及ばず、王子にも王女にもなれず、普通の人として街中で暮らしていたの。


 でも、そんな私でも父の目には留まらなかった。

 物心ついた頃、いつも多忙で会えない父とすれ違ったとき、私は理解した。それは言語化できなかったけど、ただ本能的に理解していた。父の失望の目を、"求めているものが手に入らなかった"という失敗作を見るかのような一瞥を。当時はまだ幼いし、深く傷付いたわ。そして、何を求めていたのかも当然わからなかった。でも、十歳の頃に知ることになったの。第一王子の存在を。


 その頃にはもう父は狂い始めていた。闘争を求めて異世界の聖ノブリス王朝以外の国を攻め滅ぼしていた。

 聖ノブリス王朝以外の国が亡くなると今度は内部に敵を求めて、敵を作り上げて、そして葬った。


 私は父を止めたいと思っていたけど、想いだけで実力が伴っていなかった。ナルミアが登場したことで、私の王位継承権は第七位となっていたし、後一位落ちたら王位継承権を失うような有様。

 時間がないと焦った私と第四王子は国を憂いて王に直訴しようとした。でも、第二王子の派閥に阻まれて、その渦中で第四王子は命を落とした。私も命の危機を感じ、逃げることにした。私にとっての"異世界"に。生き延びて父を止める。それが私の使命だから。



 唯一、父にも勝てるかもしれない第一王子を探して。



---


 ナルミアは貧困街で、ストリートチルドレンとして生きていた。いや、ほぼ死にかけていた。なんとかおこぼれに与り、生きながらえる日々。

 そんな中、ナルミアが四歳になる頃、全身麻のマントを纏った男が現れた。全身が隠れていても漂う気品からナルミアは住む世界の違う人と本能的に分かった。

 男は低く、人の心の芯を打つ声でナルミアに呼びかけた。



「私と一緒に来い。お前が必要だ」



 男がナルミアに白く美しい手を差し伸べた。ナルミアは自分を必要としてくれたことを嬉しく思った。美しき手を持つ彼をこの世に降りてきた神のように思った。宮廷で見たこともない豪華な食事をし、入浴し、身なりを整えられた。そうして第二王子に従い王子になった。



「お前は品がない。まずは倫理を覚えることだ」


 それから、ナルミアは第二王子の指名した家庭教師の元で教育を受けた。ルールのない世界で生きてきたナルミアは、特に最初は騎士道を教えられた。"兄"の期待に応えられるように必死に覚えて、必死に教えられたルールに従った。その意味も理解しないまま。ナルミアにとっては「そんなことをしてたら僕の街では生きていけない」という思いが常にあったが、"兄"の言うことは絶対で、兄が言うことなら間違いないと信じきっていた。


 戦いにおいて公平を期すこともその一つだった。なのに、その兄の教えを自分は破ってしまった。無防備のままのタルタルさんを…。



 足元にボロボロになった佐久間零士が伏していた。佐久間は苦笑いを浮かべて喋り出した。


「いやー…参ったね…。イルクート使えるから日本の中じゃ僕も相当強いはずなんだがね。まっ、探偵が本業なんだけど。ところで、君は…何位なの?」


 ナルミアは遠くに心を置いたまま、無機質に応えた。


「六位」

「六位かぁ…。じゃあ、もう日本はダメだな。勝てっこない。おーい、君たちも無駄なことをせずに、諦めて帰んなさい。君たちじゃ勝てないよ」


 佐久間は薄っぺらい笑顔で、手を蚊でも払うかのように振り、佐久間とナルミアを取り囲む自衛隊員に呼び掛けた。アサルトライフルを装備し、その銃口をナルミアに向けている。見えはしないが、遠隔でスナイパーライフルも狙っている。



 釈迦由美子は管制室で叫んでいた。


「防衛省は何やってんのよ!弾を無駄にするだけよ!その弾、一発何万円するか分かってるの!?予算の無駄だわ!本当に、頭脳筋あたまのうきんで金遣い粗いんだから!何やってんのよ!早く防衛省の山岸司令補に繋いで」


 インカムでそれを聞いていた佐久間はぷっと吹き出してこっそり笑った。ナルミアは自分を取り囲む自衛隊員を一通り見回したあと、心ここにないまま語り出した。


「君たちのそれ、"銃"ってんでしょ?人を殺すためのやつなんだよね。君たちは武装して僕を殺そうとしている。じゃあ、僕がエクートを使ってもズルじゃないね」


 瞬間自衛隊のリーダーが合図し、隊員達の銃口が発光した。閑静な住宅街に銃声が響いた。それは何発も続いたが、すぐに聞こえなくなった。





 そして、夕暮れを迎える頃、そこに残されていたのは自衛隊員たちの死体だけだった。

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