第4話 異世界美女、困る!

「お断りします」


 オレの一言の後、場が凍った。静まり返った茶の間でタマがニャ〜と欠伸した。婆さんは耳が遠いからあまり状況が分かっていないようだった。


「まっ、そうよね。突然そんなこと言われても困るわよね」


 目の前の美女の一言は意外なものだった。てっきり食い下がるかと思ったが。物分かりがいいのか、カモにバレたから諦めたのだろうか。



「でも、これを聞いたらどうかしら」


 美女はニヤリと笑みをしたためる。やばい気配を察知したオレは咄嗟にそれを制止した。


「いや、いいです」

「なんでよ!とりあえず一回聞きなさいよ」

「いや、いいです」

「なんでよ!?貴方たち日本人が好きな異世界の話よ!」

「いや、正直時間もないし、そのなんていうか…」

「なんていうか?」


 オレは頭をかく。なんと言ったらなるべく波風立たないかを考えてみるが、答えが見つからない。仕方ない。事実を告げよう。


「正直あなたのこと信用してないんで。早く帰ってほしいなあって」

「グサっ!辛辣ね!」


 その女性はそう言いながらひっくり返った。まるで漫画かお笑い芸人みたいなオーバーリアクション。なかなか面白い反応をするじゃないか。しかし、すぐにむくりと起き上がり頬を膨らます。


「ねえ、なんで?聞きたくないの?異世界の話とか、貴方が王子だとか、エクートの話とか。貴方たち日本人が好きな話でしょ?」


 オレは頬をかく。


「まぁ、日本人って一括りにされても困るかな」

「あら、そうなの?貴方は興味ないってこと?」

「まあ、今は。昔はそれなりに興味あったけど。単純に詐欺師の話を聞くつもりがないんだが、それに加えてもう正直そういうのに食い付く歳でもない」


 美女が首を傾げた。


「んっ、詐欺師って?私のこと?」


 そう言って美女は指を自分に向けた。オレは何故そんなことを聞くのかと首を傾げ返した。


「えっ?ああ、うん。そうですけど。違うんですか?」


 美女が目を見開き、叫んだ。


「違うわよ!私の正体に気付いているんじゃなかったの?」

「詐欺師でしょ?」


「違うわよ!はあ、ちょっと待って。確認させて?さっきの『私の正体に気づいている』って話は、『私が詐欺師』って気付いたって話なのね?」

「ええ」

「違うんですけど!分かった。私のこと気付いているっていうから紹介してなかったけど、自己紹介させて」

「いや、いいです」

「なんでよ!今のは聞く流れでしょうが!なんで話が振り出しに戻るのよ!」

「だって、早く帰って欲しいんで…」

「だから詐欺師じゃないってば!私は王女!聖ノブリス王朝の王女!」

「あっ、その話長くなります?あの、帰って欲しいんですけど」

「どうして信用してくれないのよ!」

「オレ、人間不信なんで」

「深い悩みね…。そんなこと言われたら、なんで言えばいいか分からなくなるじゃない…」

「まあ、そういう反応は慣れてますんで…」

「なんかごめんなさいね」

「えぇ…」

「…」

「…」

「って、ちがーう!今はそれでも話を聞いて欲しいのよ。少しだけでいいから!」


 美女が手を合わせて拝む。なんというか外国人でもこんな日本的な頼み方するんだな、と感心した。そして、オレは答える。


「いや、遠慮します」

「なんでよー!!」

「人間不信なんで…」

「そう…、貴方も色々あったのね…」

「ええ…」

「…」

「…」

「って、同じ流れやないかーい!」


 美女がツッコむ。ビシッと手を横に出したのが婆さんに当たり、婆さんがむせた。慌てながら美女が謝罪して婆さんの介抱をする。一旦落ち着いたところで、改まり、また美女が話を戻した。


「私はサーラ・ダルフ・ネェル。聖ノブリス王朝の」

「あっ、いいです」

「ちょっと!話の途中なんですけど」

「すみません。人間不信なもので…」

「そうよね…。大変ね…ってちがーう!今のは人間不信関係ないでしょ!」

「バレたか…。ただその話、もう良くないですか?というか、なんで帰らないんですか?」

「だ・か・ら!その理由を今話そうとしてるんでしょうが!」

「いや、さっき『クーデターに加担してほしい』という話をされて断ったことで、もう貴方にはここにいる理由はないはずです。今話そうとしていることは、話の本質ではないんじゃないですか?」

「うっ、そうだけど…」

「はい、論破」

「で、でも!事情を知ったら貴方の気持ちも変わるかもしれないじゃない?」

「変わりません。はい、論破」

「ちょっとそれやめてよ!なんかイラってする」

「そのためにやってます。はい、論破」

「だからー!やめてってば!」

「いやです。はい、論破」

「今のは論破してないでしょ!もう、お願い。何でもするから少し話を聞いて」

「んっ…、なんでもする…?」


 美女がハッとしたように口を押さえて、頬を赤らめた。何でもする、それはつまりなんでもするってことだ。そして、日本でそれは、万引きをした人妻又は夫のクビを止めたい人妻のエロ漫画の導入によく使われた古典的な言葉…。つまり、この美女をなんとでもしていいということ。


 オレはニヤリとする。サーラという美女が胸を隠すような動作をして恥じらう。オレは大きく鼻で息を吸い込み、彼女に告げた。


「じゃあ、帰ってください」

「って、エロじゃないんかーい!」

「約束でしょ、帰ってください」

「いやよ!ちょっと、そういうことじゃないから。なんでもするってそういうことじゃなくて、話を聞いて欲しいから、なんか手伝うってことよ。お使いとか」

「やっぱ…人間って信用できない…」

「えっ、あっ、ごめんなさい!そういうつもりじゃなくて…」

「ニンゲン…ウソ…ツク…。オレ…トテモ…カナシイ…」

「ああ、どうしよ。もう、じゃあ一回帰るから!そしたら、話聞いてくれるの?」

「…ウン」

「じゃあ、また夕方くらいになったら来るから。そしたら、話聞いてよ?」

「…ウン」

「もうっ!しょうがないなあ…。あっ、でも、少しだけ待って。まだおばあさんの擦り傷治せてないから、今それだけやらせて?」


 治す?絆創膏を貼るってことか?


「まあ、いいけど」

「ん。じゃあ、おばあさん。手を借りますね。イシュリスの神よ、その力をかしたまえ」


 そう言ってサーラが婆さんの擦り傷に手を当てるとその周りが赤く薄ーく靄のようなものがかかり、それが発光し始めた。なんだこれ!とオレは無言で目を見開く。


 そして、みるみると擦り傷が消えていく。婆さんが驚いて声を上げた。


「まあ!すごい」

「私達に伝わる医術です。"エクート"っていう、ミトコンドリアみたな細胞ってのがあれば誰にでも出来るんです。息子さんも出来ますよ」

「まあな」


 そんなこと出来るんか、オレ!?と思いながらも遂できる感出してしまった。まあ、詐欺師の前で変に驚いて見せるのは良くない。これも多分難易度難しめのマジックなんだろう。多分そもそも擦り傷自体が特殊メイクかなんかで、特殊なペンで消えるとかそんな類の。


 それが終わるとサーラという美女は帰り支度を始めた。婆さんがお礼にオホナミンCを渡す。そして、彼女は玄関に立った。


「じゃ、また夕方くらいに来るわね」


 そう言い残して去った。彼女を見送りたいという婆さんを支えながら、見送りを済ませると、オレは婆さんに一言告げた。



「んじゃ、三時までにここを出るよ」

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