第18話 向きあわねばならない

 侵攻の数日前に遡る。聖ノブリス王朝の宮殿で、ナルミアは第二王子の前に跪いていた。


「兄さん、僕に先遣隊をさせてください。僕が兄さんの道を切り拓いてみせます!」

「そうか。ならば、待とう。期待している」

「はい!良き頃にエクートで合図しますので、そしたらお越しください!」

「よかろう。ところで第六王子」

「はい?」

「第七王女と、第一王子を見つけたなら殺しておけ」

「はい!」


 第二王子との約束。しかし…。


 ナルミアの合図を待たずに門は開かれようとしていた。突進の衝撃で少し開いた門に見えた"角"。それは"ノゴール"の角。知性の無い野蛮な生き物の突進に頼ったんだ。兄さんは。そんなもので門を開けようとした。僕よりもそんなものを信用したのだ。


 信じられなかった。




 …いや、本当は



 薄々は分かっていた。


 兄さんは僕の名前を呼んだことがないから。



---


 俯くナルミアにオレは昔話をすることにした。


「オレも昔、お前くらいの頃かな、悪い女に騙されたんだ」


 ナルミアが目線を寄越したのを感じた。


「何気ない出会いさ。彼女がハンカチを落としてオレがそれを拾った」

「絶対詐欺じゃない、それ」


 サーラがドン引きしながらひとりごちた。オレは無視して話を進める。恥ずかしさを堪えつつ。



「でも、それも多分演出だったんだ。彼女には分かっていた。落とせばオレが拾うって。彼女はそういうのが"分かる人"だった。オレの求めていることが、オレすら気付いていない欲望が、よく分かる人だった。だから、つけ込まれた。結果として金をふんだくられ、人間不信になり、そして無為な日々を過ごした。大切なものには気付けたけれど、それは副次的なものだし、それはこの機会じゃなくともいずれ気付くことだった。得たものは…なーんにも無い」


 オレはそこで長いため息をついた。


「それが約二十年前の話。だけど、時々思い出すんだ」


 ナルミアがオレの言葉を待つ。サーラが神妙そうな顔をして、焦れたのかオレに尋ねる。


「何を?」


「…彼女は本当に騙したのか、って」


 オレは遠い目をした。そう、あのとき決着を付けられなかったオレは、未だに"あのとき"を引き摺っている。答えを確認しなかったから、馬鹿馬鹿しく思いながらもまだ信じようとしてしまう自分がいるのだ。


 オレはナルミアに偉そうに語っちゃいるが、自分自身に向き合ってこなかった。だからこそ、思う。二十年もの歳月をこの若者が無駄にする必要はない。そして、本当はあのときどうすべきだったのかというその答えも分かっている。

 オレはナルミアを誘う。



「ナルミア、オレと一緒に来い」



 ナルミアが目を見開いて驚いた。それはかつて第二王子の言った言葉。ただ違うのは、神崎は名前を呼んだこと。


「第二王子って奴に会おう。オレはサーラから聞く限り正直他人を道具にしか思っていないクソ野郎だと思っているが、お前自身で確かめるんだ。そんで利用されていたなら、ぶん殴ってやろうぜ。負けたら負けたでそんときだ」


 オレは顔を少し上げてナルミアにニカッと笑ってやった。今にも溺れそうなガキがいるのなら、それに手を差し伸べ、付き合ってやるのも大人の役割だろう。爺さんがオレにしてくれたみたいに。


 ナルミアは驚いた顔のまま固まっていた。


 一方でサーラが呆れながらため息をついた。





「いや、アンタ何もできないじゃない」



 あっ、そうだった!

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