第17話 神崎は語りかける

「神崎さんは…」


 多江ちゃんは茶の間で湯呑みを両手で包みながら、湯呑みから発つ湯気をそれとなく見つめて佐久間に語りかける。


 「私が就職活動に失敗して父の弁当屋でバイトしていた時に声をかけてくれたんです。『ウチで働いてみるか?』って。当時私は弁当屋になりたくなくて、大学も出たし、事務とかで働きたいと思っていました。だから、当時の私はすごく暗くて。後から聞いたら本当は神崎さん何の権限も無かったらしいんですけど、『何かあったらオレが責任をとる』って社長を説得してくれたみたいで。働いてみたら、正直事務も面白くないし、経理も学べたので、いつかお弁当屋に戻ろうと思っているんですけど。だから、経験できて良かったなと思っているんです。きっとあのままなら私ずっと自分に満足できなかったから。こんなこと言うのもあれですけど、私も含めてあそこの社員はみんなあまり社会で上手くやっていけない人たちなんだと思うんです。だけど、神崎さんはそれもひっくるめて、会社をうまく回してくれています。嫌な顔はしますけど、なんだかんだいつも尻拭いしてくれて。時々なんでそんなに頑張ってくれるのかなって思うんですけど、私だんだん分かってきて、きっと彼はそういう人なんです」



 多江ちゃんは遠い目をして、一息置いた。そして、たっぷりの好意を込めて呟いた。



「困っている人を見捨てられない、優しい人」


 佐久間はそれを冷たい拳銃を撫でながら無表情に聞いていた。時計の針は進み続ける。


---


 殴り飛ばされた拍子に携帯電話がポケットから飛び出してカラカラと転がり、液晶が砕けた。

 オレは何㍍か飛ばされて地面を転がり、そのまま寝転んだ。うっ、動けん…。


 「守!」


 そう叫んで心配したサーラが駆け寄ってこようとした。しかし、オレは片手を上げて、それを制止する。


「だ、大丈夫だ…」

「どこがよ?!」


 

「よっわ」


 落胆したナルミアが吐き捨てる。オレは痛みを堪えつつ寝転んだままでナルミアに話しかけた。すぐに追撃として襲いかかってこなかったのは幸いだった。これなら少し話すことができる。


「少年、さっきはどうしてオレを助けた」

「はっ?助けてなんかねぇし」

「なら、言い方を変えよう。なぜ見逃した」


 ナルミアがピクリと反応する。そう、先程オレが斬られたとき、サーラはボロボロだったにも関わらず、コンビニババアの台詞によれば「嬢ちゃんが助けた」ということだ。つまり、ナルミアの自発的もしくは非自発的協力が必要なのだ。最低限見逃すという。


「それは…。なんとなくだよ」

「お前はショックを受けていた。そして、固まっていた。お前は次どうすべきか分からなかったんじゃないか?」

「!」

「さっき言ったよな。"卑怯者になってはいけない"というルール。それから斬る前に言ってた『兄にとって邪魔だからオレを消す』という、"兄のために自分が行動する"というルール。それが矛盾したんだろ。二律背反。結果としてどうすべきか分からなくなった。それは受動型の人間によくあるやつだ。本人は自分で動いているつもりでも、実はその裏で"動かされている"やつのな」


「そんな事ねぇよ!」


 ナルミアは強く否定するために叫んだ。しかし、その顔には動揺が浮かんでいる。オレは続ける。


「お前の気持ち、わかるよ」

「分かるもんか!違うって言ってんだろ!」

「なら、どうしてそんな顔をしているんだ」

「っ!?」


 ナルミアがひどく動揺する。


「昼間のお前は目的があった。曇り無い顔をしていた。でも、今は違うよな。迷いがある。その顔は"信じている者に裏切られた"って顔だ」


 そう、オレは"この目"を知っているのだ。オレも同じことを経験したのだから。


 少年は何故一人で聖ノブリス王朝から先駆けて来たのか。それは功を焦ったのだろう。"誰か"に褒められたかったのだ。そして、その誰かは誰か。



「お前にとって、今起こっている開門への動きは予想外だったんだろう?作戦を指揮する"第二王子"とお前が交わした約束があって、それが果たされた後に開門の予定だったんだろ?オレを始末する約束か、はたまた開門の約束か。だが、第二王子はお前が約束を果たすよりも自分で開けることを選んだ。お前は信用されていなかったと、今気づいてしまったんだ」


「うるさい!」


 ナルミアは疑念を振り払うように大きく腕を振り、叫んだ。ナルミアの脳裏に先ほどの光景が浮かぶ。


 それは、出陣前の聖ノブリス王朝でのこと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る