第5話 異世界人、戦闘す

 昼頃になると、多江ちゃんが自転車に乗ってやってきた。


「今日店閉めるからってお父さんが。神崎さん、まだお昼食べてませんよね?一緒に食べませんか?あと、社長がしばらく会社は休みにするって」


 そう言ってやってきた多江ちゃんと婆さんと三人で多江ちゃん家の弁当を茶の間で食べていた。


「もぐもぐ…。神崎さん、この荷物。どこかお出掛けするんですか?」

「ん、いや。婆さんが足腰弱いからさ、こんな激震地には居られないと思って、しばらく疎開しとこうかなって。それになんか家に着いたら、まあ色々あってな」

「へぇー…。じゃあ、しばらく会えないんですか?」

「いや、まあ、どうかは分からんよ。もう少し情報が出回ってからの判断だな、日数は」

「寂しくなりますね」

「そんなことないっしょ。みんないるんだろ?」

「あっ、そう言えばアントニオさんは神崎さん出ていった後、すぐに『国に帰ります』って言って仕事辞めちゃいましたよ」

「えっ!?そうなの?でも、それが正解かもな。もしかしたら、ミサイルとかあの門に飛んで行ったりするかもしれないし、危ないかもな。多江ちゃんも早めに疎開した方がいいかもしれないぜ?」

「あっ、その手がありましたか!神崎さん、私荷物まとめてくるんで、出発待ってもらっていいですか?私も行きます!」

「いや、なんでそうなるよ!」


 多江ちゃんは弁当の残りをかき込むと、「じゃ、私行ってきます。すぐ戻りますから。待っててくださいね」と言い残して爆速で去った。


「あー、三時までに出るって言い損なったな、多江ちゃんに」


 オレはポリポリと頬をかいた。


---



 見晴らしのいいビルの屋上に、先ほど"クゥアンミの門"から落ちてきた、限りなく黒に近い緑のマントに紅の腕章の、浅黒の肌に黒髪の少年が手をおでこに当てて、遠くのものを探すような素振りをしている。


「聞いた限りじゃ、超すげー"エクート"の量って話だったけど、なんだよー。全然居ねえじゃん。それとも隠してる?すぐ見つけられると思ったんだけどなー。どこだー?タルタル第一王子〜」


 そのとき彼の耳元に機械音声が鳴った。


〈南南方に"エクート"の使用を感知。対象者をマーキングしました〉


「みぃ〜っけ」


 少年は悪魔のように笑い、そして蛙のように丸まり力んだ。


「イシュリスの神よ。その力をかしたまえ」


 そういうと、少年は消えた。否、高速で飛んだ。蛙が水面に逃げるかのように、地面を蹴って、目的地に向かい飛び跳ねたのだ。その速度は人の域を超えていた。


---


「はぁ〜」


 サーラは大きなため息を吐いた。


「それにしてもなんというか…、思ったのと違うわね。"エクート"の量が多い人って漏れなく変人なのかしら。はあ…。それにしても、どうしたものかしらね」


 サーラは"クゥアンミの門"の大仏を見つめる。

 あれは後どれほど持つのかしら。それによっては間に合わないかもしれない。今のノブリス王を止める術はない。だから、クーデターを起こして誰かが王になるしか無い。そのためには、昔居なくなった"第一王子"が必要なのだ。第七位の私には"第二王子"に適う術がない。"エクート"にしろ、智略にしろ。

 しかし、私に彼を説得することが出来るだろうか。



 …前途多難ね。

 まあ、いいわ。夕方になるまでネカフェで漫画の続き読もうっと。



 その時、サーラの耳元に機械音声が鳴った。


〈"エクート"反応感知。急速接近〉



 そして、サーラの目の前に隕石のように何かが降ってきた。咄嗟に顔を覆うように腕を構えたサーラの前で粉塵が飛び散り、えぐれたアスファルトの中心に、"クゥアンミの門"から落ちてきた少年の姿があった。



 土煙がはけて、その少年の姿を見たサーラが呟く。


「ナルミア…」


 少年はその声を聞き、驚いた顔をした。


「姉さん!?サーラ姉さんか!」

「ナルミア。どうして…、貴方がここに」


 埃を払いながら興味を無くしてつまらなそうに立ち上がるナルミアに対して、サーラは冷や汗を垂らして、敵対するかのように緊張していた。ナルミアはサーラを見ることもなく返した。


「門がちょっとだけ開いたからね。なんとか潜り込んだんよ。あー、しかし、サーラ姉さんかあ。タルタルさんじゃねえのかよ、チェッ。早くタルタルさん殺して、兄さんのところに帰りたいのに」


 そう言ってナルミアは近くの石を蹴った。軽く蹴ったはずなのに、石が飛んだ先の壁は穴が空いた。


「あー、それよりさ」


 ナルミアが後頭部に手を組みながらサーラに向き直る。


「そういえば、サーラ姉さんこそ何でここにいんの?てか、あれ、何年ぶりだっけ?」

「三年よ」


 なんの感傷もなく、ただ無機質にサーラは答える。ナルミアもなんの感動もなさそうにまた続けた。


「そっかー。三年かあー。久しぶりだね。あれ、そういえば、なんで三年前からこっちに来てたんだっけ?」


 サーラは答えなかった。しばらく間が空いた後、ナルミアがハッとして声を上げた。


「ああーっ!」


 サーラは強張った。そして、ナルミアはニヤリと笑った。


「そうだったね、姉さん」



「姉さんは自分が弱すぎるから、タルタルさんを探しに来たんだった!」


 そう言ってナルミアは手を叩いて笑った。


「あははは、まじウケる!」


 サーラは悔しさを噛み締めながらも否定することができず俯いた。ナルミアは笑顔で続ける。


「あははは。いやー、でも、無駄だよ、姉さん。どうせ兄さんに勝ってっこないんだから」

「分かってるわよ」

「いや、『姉さんが』じゃなくて、タルタルさんも。兄さんは"エクート"だけじゃない。全てが凄いんだぜ?」

「知ってるわ。それでも」

「いやいや。もう諦めなって。だって、ノブリス王や兄さんならたとえ使ってなくても"エクート"の反応出るじゃん。でも、ここではそれが無い。つまり、"エクート"の量が兄さんにも勝てないってことじゃん。もう無理っしょ。見つかったところでタルタルさんは第二王子、そして兄さんが第一王子になる。まっ、その前に僕がタルタルさんは殺すけど。兄さんに褒めてもらうために」


 それを聞いてサーラは力を振り絞り、ナルミアに叫んだ。そう、この三年間私もずっと不安だった。本当にタルタル第一王子は生きているのかって。でも、ようやく見つけたんだ。彼を。今は断られてしまったけど…


「…それでも、まだ希望はある!」


 しんとなった後で、ナルミアが目を細める。沈黙が続く。そして、ナルミアは「へぇー…」と静かに口角を上げて、顎をさすった。


「なーんだ、もう見つけたんだね、姉さん。タルタルさんを」

「!」


 サーラはしまったと思ったが、時すでに遅し。ナルミアは辺りを見回して、「どこだろ」と探す動作をした。そして、サーラが来た道を見てニヤリと笑った。


 そらに気づいたサーラは戦闘態勢を取って、ナルミアに告げた。


「行かせはしない」

「姉さんが僕に敵うわけないでしょ?」



 そして、ナルミアとサーラは同時に唱えた。


「イシュリスの神よ。力をかしたまえ」


 こうして住宅街で異世界人同士の、第七位の王女と第六位の王子の戦闘が始まった。

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