第6話 異世界人、…から逃げる!

 膨大な量の"エクート"は、他人にも"エクート"を与える。


 故に、聖ノブリス王朝(王の名前を国名に冠するため王が替われば国の名は変わる)では、"エクート"の総量により王位が決められる。王たるもの、民に力を与えるものでなければならない。だから、他人に"エクート"を与えられるような膨大な量の"エクート"が評価基準になっている。


 そのおかげで、私は彼を探し出せた。"クゥアンミの門"が現れた時、無意識に彼のおばあさんは"エクート"を使用した。とても小さい反応だったし、傷を治すような何か分かるような変化ではなく、少しだけ力を強化するような使い方だから、きっとおばあさんも気づいてはいないだろうけど。でも、それが私のセンサーに届いた。


 奇跡のように思ったわ。

 だって、この三年ずっと探し続けていたんだもの。彼のことを。でも見つからなかった。諦めてネカフェに入り浸ったりもした。そのせいで随分と日本の風習に詳しくなったし、まだ続きを読みたい漫画や本が沢山ある。

 だけど…-


「カハッ」


 サーラは血を吐いた。ナルミアが剣をサーラの喉元に突き立てる。


「はぁはぁ…。だから、言ったじゃん。姐さんじゃ僕に敵わないって」


 サーラは衝撃で窪んだ道路の中心にボロ雑巾のように横たわっていた。その側でサーラの右手を踏みつけながらナルミアが立つ。彼の持つ剣先はサーラに突きつけられている。辺りは彼らの戦闘により十数軒もの家がボロボロになり、戦地の様相と化している。


 二人の人間の仕業には到底思えないが、本来医術として使われる"エクート"を応用して、身体強化に使った結果だった。


「姉さん。貴方に恨みはないけどさ、タルタルさんと一緒に姉さんも始末したら、きっと兄さんが喜ぶから、だから死んで」


 ナルミアが笑顔で頬を伝う汗を拭う。サーラは静かに目を閉じた。ナルミアの剣が空に振り上げられる。サーラは死に際に少し後悔した。


 (あーぁ、『ポメットライフ』の八巻読みたかったなあ…)


 ナルミアが柄を握る指に力を込めた。そして、剣が風を切る音がしたその瞬間。

 



 自転車のブレーキ音が響いた。サーラは目を開けて、そちらを見た。ナルミアも自転車の方を向いていた。


 二人の視線の先にいたのは---


 自転車に跨る神崎守だった。眉間に皺を寄せて、とても怖い顔をしていた。サーラは驚くと同時に何故か嬉しく思った。力を振り絞り、神崎に問いかける。


「な…なんで貴方がここに…?」


 神崎はすぐには答えなかった。目が遠くを見ていた。神崎の髪が強い風に揺れている。神崎は少し間を空けてから無機質な声で答えた。



「まあ…野暮用…でな」


 そう言って神崎は自転車を降りた。その様はまるで遅れて駆けつけたヒーローのようだった---。



---


 黒塗りの車に一人の男が乗り、電話をしていた。かつてアントニオと呼ばれた彼の本当の名は、ハロルド・ベーコン。いや、それすら本当の名か定かではない。

 電話口の声がハロルドに無機質に告げる。


〈計画通りのようだな、ハロルド〉

「イエス、マイボス」

〈どうした?計画が始まったのに、嬉しくなさそうだな〉

「そんなことありませんよ。まだ気を抜く訳にはいかないだけです」

〈フフフ…相変わらず真面目な男だな。だが、それでこそ私の右腕と言える〉

「ありがたきお言葉です」

〈フフフ…オッとそろそろ時間だ。傍受されるわけにはいかん。では、引き続き励みたまえ〉

「イエス、マイボス」


 ツー。ツー。


 ハロルドは深くため息を吐き、シートに身体を預けた。そして、遠くを見つめながら煙草をふかした。黒い車に煙が揺蕩い、紫煙の中でハロルドは目を閉じた。


---


 ゆっくりと多江ちゃんを追っていたところ、オレはまた例のサーラという女と出会った。


 追い風の中チャリを漕いでいたら、酷い土煙に包まれた。薄目を開け、俯いてゆっくり進みながらやり過ごし、土煙が掃けたところで顔を正面に向けると、なんと住宅街がボロボロになっているではないか。

 なんだこれは!と唖然としながらチャリを漕ぎ進めると、今度はなんと血だらけの女と剣を持った男がいた。



 世紀末っ!



 オレは心の中でそう叫んだ。破壊された街並みに、おそらく殺し合いをした男女。漫画だ。漫画の世界だ。オレは生唾を飲んだ。さきほどの門といい、もしかしたら本当にやばい奴らが日本に来てしまっているのか…?


 オレは息を潜めて彼らに気付かれぬように引き返そうと考えていたら、ふとその女に見覚えがあることに気付いたのだ。



 サーラだ。



 オレは呆れた。やれやれ、異世界(を騙る)詐欺師のお前か。ということは、これもなんらかの仕掛けに違いない。流石に異世界詐欺師といえ、ただのマジシャンにさっき会社から帰る時には綺麗だった家々を壊せるとは思えんし、まあ大方衝撃波の影響でガス爆発でも起こったところに陣取ったと言ったところか。もしくは、混乱に乗じてわざとガス爆発でも起こしたか…?


 しかし、その執念には恐れ入る。こんなにたくさんの家を壊してしまったら、もしオレが詐欺に引っかかったとしても流石に元を取れんだろ。オレも貯金は一千万あり、多い方だと思うが、流石に家一軒にも満たない。金勘定もできない馬鹿なのだろうか。


 まあ、いい。オレには関係ない。オレはこっそりと別の道に逃げる。カモが来るのを待ち望んで、そのままそこに寝転んでいるがいいさ。



 オレはその執念を馬鹿馬鹿しいと切り捨てながも、少し腹を立てていた。そのせいで注意力が鈍り、砕けたアスファルトにタイヤを取られ、ブレーキを引いてしまった。


 キキーッ。


 やっちまった。

 オレは恐る恐るサーラの方をみる。サーラがこちらに向いた。…ダメだ。やっぱりブレーキ音で気付かれた。いや、まだ距離はある。ワンチャンオレだと気付かれない可能性も…。


 サーラがオレの方にわざとらしく弱った感じで顔を向け、たどたどしくオレに問いかけた。


「な…なんで貴方がここに…?」


 

 いや、演技がすぎるわ。この状況、この演技よ。もし、初見だったならオレはコロっと騙されて異世界人だと信じていたに違いない。それくらい迫真の、熱のこもった演技だった。しかし、オレは彼女が詐欺師だと知ったいる。


 危なかった。いわゆる、間一髪というやつか。今回はなんとか間に合った。あの日を思い出す。悪い女に騙されたあの日々を。



 十数年前、オレは東京で---。


 って違う違う。いけない、いけない。今はそんな遠い昔に思い馳せてる場合じゃない。変な奴らに絡まれているのだ。さっさと帰ろう。

 オレは話を切り上げるため、簡潔に答えた。


「まあ…(多江ちゃんに)野暮用…でな」


 じゃ、急ぐから。そう言わなかった。自然なフェードアウト狙い。じゃなきゃ、呼び止めようとするに違いない。距離は十分にあるし、相手は徒歩。さりげなく来た道に戻る準備をし、気付かれたら全力ダッシュ。追いつかれることはないはず。よし、それでいこう。




 オレはこっそりと道を引き返すための準備のため、一旦自転車を降りた。この一連の行動が酷い勘違いを生むとも知らずに。


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