第7話 異世界人、勘違いする


  聖ノブリス王朝の王宮。その薄暗い廊下にカツン…カツン…と足音が響く。そこに二人の男女の影があった。


「ねえ、兄上。扉開かないけど、どうするの?」


 二十代前半に思える可愛らしい女の声。それに三十代と思しき、感情を感じない冷たく重厚な男の声が応じる。


「開けるだけだ」

「ええ、開けられそうなの?てっきり足踏みかと思ったよ」

「扉が閉じる前に、高速で接近するエクートを感じた。閉じているのは、未知の力ではない」


 そう言った男の金色の長髪が風になびく。女はうっとりとその髪が流れるのを見つめながら尋ねる。


「つまり?」

「物理だ。圧倒的な衝突でそれは開く」

「ほほう。それで?」

「"ノゴール"をぶつける」

「"ノゴール"?!」


 ノゴール。コモドオオトカゲにサイの角が生えたような全長二百メートルになる大型モンスター。目の前の物を全て噛み砕き壊しきるまで満足しない性格で、獰猛で知能の低い性質から、聖ノブリス王朝においては時折"街が一つ消える"ことがあり、"災害"に近い扱いをされている。

 飼い慣らすことなどできず、扉の前に連れてくるには相当な被害を覚悟せねばならない。



「へぇ…。ねえ、それって相当大変なことになるんじゃない?」


 女の問いに、男は冷静に女を見ることもなく答えた。



「私がいれば問題ない。それにもう…」

「もう?」




「作戦は開始している」


 驚いた女が口笛を鳴らす。




 ノゴールの前には、扉に向かって人の列が並んでおり、ノゴールはただそれを食いちぎりながら走っていた。そして、走り続けるノゴールはもう、扉が見える範囲まで来ていた。




「そういえば、ナルミアって先陣任されてたんだって?ナルミアが扉閉まる前に出てったって聞いたけど。もしかしたら、ナルミーが開けてくれるかもよ?」

「第六王子か」

「うん」

「彼には最初から…」





「期待していない」


---


「ねぇ、アンタがタルタルさん?なんか結構ダサいね」


 マントを着た少年がサーラの近くに佇み、少し落胆した声でオレに告げた。オレは流石に少しムッとした。見ず知らずの少年に馬鹿にされるのは気持ちの良いものではない。


「違う。オレは松陰寺 類しょういんじ るい。一人で"S4"と呼ばれる男だ」

「んー、ちょっと難しくて覚えらんないや。僕コッチに来たばかりだからさ」

「そうか、すまん」

「うん」


 滑った。滅茶苦茶恥ずかしいな。これがジェネレーションギャップってやつか。


「…違うと思うわ」とサーラがツッコむ。


「まあいいや。タルタルさん、アンタ姉さんから話は聞いてるんでしょ?」

「ああ」

「いや、話してないわよ。聞いてくれなかったじゃない」

「姉さんは黙っててよ。今、タルタルさんと話してるんだから」


 そう言って少年はサーラの顔を蹴った。サーラが血を吐きむせる。オレはドン引きした。

 いやー、流石に詐欺の演技にしても今のは痛くねえか…?ちょっとエグいな。灰汁抜きミスったゴボウを食った気分だ。


「タルタルさん。僕は聖ノブリス王朝で六番目に強いんだ。そして、アンタは一番目ってことになってる。ねぇ、それを聞いてアンタはどう思う?」

「興味ないな」

「ふーん…そう」

「うん。まじで」

「…でもさ」

(でも?)


「僕は興味あるんだ。だから、殺し合おうよ!」


 そう言うと少年は神崎に向かって剣を振った。二、三十メートル離れているであろう神崎の横を剣風が通り過ぎる。その後で地面には綺麗な一文字の切れ目が入り、地面が爆ぜた。

 一般人の神崎には何が起こったか見えなかった。しかし。


「へえー、まさか全く動かないなんて、結構肝座ってんね。やっぱりアンタ只者じゃないんだね」



 いや、どういうトリックよ。お前らの方が只者じゃねえわ。詐欺なんかせずに、マジックで生きていけよ。

 オレは驚きを隠すために、大人ぶってみせた。


「ふっ…良い"技"だな。(マジックの)世界でも通用するレベルだ」

「ははっ、ありがとう。じゃあさ、代わりにアンタの技も見せてよ。ずぅーっと隠してるみたいだけどさ、早くその伝説になってるエクートを見せてよ。アンタが本当に兄さんの脅威になるのか、僕が確かめておかないと」


「それは出来ない。(本気で)」


「ふーん」


 少年は露骨に不機嫌になった。


「あんた、嘘吐きだね」

「えっ?」


 その通りだが、なぜバレた?


「歴代最強のエクートを持つと云われる現聖ノブリス王。それを凌ぐと言われながら行方不明になった王位継承権第一位のタルタル・オーロラ・フレンチ王子。そんな奴ができない?」


「…ああ」

「嘘吐き」


 そう言った瞬間、少年の顔が目の前に来た。キスできそうなくらい近い。オレは反応できずに固まった。肩にひやりと冷たい物が触れる。剣先が肩に少し食い込んでいた。


「ねえ?これでもまだエクート出さないの?本当に僕と殺る気ないわけ?」

「…ああ」

「ふーん。でも、アンタは第一王子。兄さんの邪魔になるかもしれない。だから、僕はアンタを消したい。アンタは姉さんを助けに来た。なら、僕らは殺り合う運命だと思わない?」


「…思わんな」


 だって、オレはマジシャンじゃないから君の兄さんとも競合することなんてないし、姉さんを助けに来たわけでもないのだから。

 それに…。


「さっきから誰の話をしている」

「えっ?」



「オレはタルタルソースではない」

「?」



「松陰寺類だ」



「それ以上でもそれ以下でもない」



 その瞬間、オレの肩から鮮血が飛んだ。

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